砂まんだら猫
昼下がり、実験室に入った電話で研究室に呼び出された
「明日葉です。どうされました?」
「おお! 早いな! 入ってくれ!」
いつもどおりの元気な声に続き、
にあぁぉん。
と、思わずドアノブを回す手を止まる愛らしい鳴き声が聞こえた。猫だ。間違いなく。子猫ではなく、成猫。声質からするとふっくら系。
――いや、なぜ?
猫好きの明日葉は一瞬、どんな猫かに注意を奪われていたが、すぐに気を取り直してドアノブを回した。
「うわ」
にあ。
頓狂な鳴き声、でいいのだろうか。開いた扉のすぐ足元に猫がいた。入室前に想像していた通り、ふっくら系の毛並みを持つ茶色い猫だった。肩の辺りから腹にかけて薄っすらと茶のグラデーションで縞模様めいて見えなくもない。
明日葉はじっと猫を観察し、猫もまた明日葉を観察するように左前足を小さく挙げた状態で固まっていた。
研究室で唯一動いているのは教授で、あちこちの紙束や本の山をひっくり返して一冊を手に取ったかと思うと急にバリバリと引き裂きながら振り向いた。
「部屋の鍵が見つからないんだよ」
「……部屋というと、ここのですか?」
明日葉は猫と見つめ合ったまま尋ねた。猫は〇.二倍速のスローモーションで左足を床に下ろす。
教授は破り取った本のページを小脇に抱え、赤ペンを耳に挟みつつ振り向いた。
「申し訳ないが、授業が終わるまで部屋にいてくれんかね」
「……構いませんが」
どのみち実験室にいても論文を読むか後輩をイジるか部屋に鍵をかけて先輩と――にゃおぉぉぉぉぉん。
言わせねぇよ、とばかりに猫が鳴いた。
「……教授。この猫は」
「ああ。うちの砂まんだら猫だよ。このあと病院に――と、まずいな。コーヒーは好きに淹れて飲んでいいから。よろしくね」
「分かりました――けど、名前……は……」
ぱたん、と扉が閉じ、白猫が、んなぁ、と鳴いた。
明日葉は教授愛用の古めかしいコーヒーメーカーの蓋を開き豆のカスを豆のカス箱に投じ、新たなコーヒー豆をセットして水を入れ、
――白猫!?
と振り向いた。
そこに白黒の縞模様の猫はいた。
「……え。白黒!?」
んにゃ?
と、尋ねんばかりに猫が小首を傾げた。
明日葉は両目を擦る。寝不足か。記憶がヤバイか。脳出血か。
ふたたび見ると、横っ腹に白い渦巻き模様をもつ白手袋の猫がいた。
なるほど。砂まんだら猫。
明日葉は妙に感心した。
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