探偵は何度でも死ぬ

 喉に食い込むピアノ線を引っ掻いた。指が入る隙間はない。息はすぐに途切れ意識が朦朧としてきた。早く、早く振りほどかなくては、ならないはずが、私の思考はいったい誰がどうやってという方向に飛んだ。

 館の客間の鍵は一部屋につき二本で、一本は利用者が、もう一本は管理人がもっている。その管理人は隣のかささぎの間だ。入るのを目にしたし、ひどく大きな音を立てる錠前は一度も鳴らなかった。

 いったい、誰が。

 私は意識が遠のいていくなか、ランプシェードに映る人影を見た。


「ばか、な……なぜ、きみ……が……っ」


 意識はそこで途切れた。

 深く落ち込んでいく感覚が

 遠くに悲鳴。意識が目覚めていくのを感じる。


「はっ!」

 

 と瞼を開けると、私は珍妙な格好で見知らぬ部屋の揺り椅子に座っていた。見たところ、服装は遥か昔の主に似せたらしい。また椅子の下には館の紋章が血で描いてあった。夥しい量だ。おそらく、私の血で描いたのだろう。

 私は紋章を踏まないように注意しながら部屋を出た。館の三階、執事の部屋だった。悲鳴が聞こえたのは階下だ。

 私は大急ぎで馳せ参じ、食堂の戸に躰を叩きつけるようにして飛び込んだ。部屋にいた四人の視線が一斉に私に向き、一拍。


「ひっひぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁ!!」


 娘さんが絶叫した。悲鳴につられ、息子さんと管理人、客として来ていた高嗣さんも青い顔をして尻もちをついた。

 人差し指を立て、ぶるぶると震える腕でこちらに向けて、言った。


「い、い、い、生きてる……!?」


 うむ。と私は咳払いをして答えた。


「左様。生きております」

「な、なんで……だって、たしかに、脈が……!」


 看護師の経験がある娘さんが私の死亡確認をしたのだろう。

 私は皆を落ち着かせるべく、さも当然とばかりに頷き返した。


「左様。私は、つい先程まで死んでおりました」

「……は、はぁ?」


 わかります、わかります。

 と、私は襟元を緩め、一礼した。


「名乗り遅れました。私、死なず探偵、黄泉よみワタルと申します」

「……はぁ!?」

「驚かれるのも無理からん。ですが今はお訊きしたい。私は、どのように死んでおりましたかな?」

「ど、どのようにって……」

「なにしろ死ぬ直前と死んでいる間は意識がありませんからなぁ。困った力でございます。ですが、ご安心を。私を完全に殺すことはできぬゆえ、必ず、犯人だけは挙げてみせましょうぞ」


 さあ、ゲームの始まりですぞ。

 すくみ上がる容疑者四名に、私は笑顔を見せつけた。

 

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