ドラゴンキラー

 山岳の頂にあるオーランド公国は、かつて空を焼き大地を割ったという竜と共に戦うという。それも他国の竜騎士団と違い、人よりも完全な人語を話す竜だとされる。

 人にも竜にも厳しい土地だ。竜が従うのではなく、人が従うのでもない。

 互いが互いのために得意をやる必要があった。

 たとえば、そう――ブラッシングとか。

 アルクの十六にしては筋張った手が、メロウの長い首を撫で擦る。都度、竜の眦が微かに震え、前足の爪が土を掻いた。


「……メロウさん。あんまり掘られると埋めるのが……」


 アルクが申し訳無さそうに言うと、メロウは深い鼻息をついた。


「後でやる。それよりも、だ」


 メロウは非難がましい目をして口先でアルクの脇腹を小突く。


「触り方。どうにかならんか」

「えぇー? またですか?」

「また? まただと? こっちの台詞だ!」


 フゴッと夏場の風のような熱気を吹くと、メロウは喉を開くも、


「……だ、誰にでもこうするのか!?」


 と音を出し渋り、誤魔化すように熱風をぶつけた。アルクは乱れた髪を整えながら手のひらを見、首を傾げ、メロウの頬へと伸ばす。

 彼女は悔しげに手を見つめ、やがて鱗に触れられると、諦めたように目を閉じる。


「なんていやらしいッ……!」


 と切なげに言われても、アルクは苦笑するしかない。ブラッシングは竜にとって重要な娯楽だ。世話人は竜たちの話し合いで数名の男女が選ばれ、基準は人の理解の外にある。触り方がやらしいと言われてもアルクにはさっぱりである。

 彼は繊細なメロウのためにと、常によりよい撫で方を模索しているのだが、


「このッ……! また新しいやり方でッ……!」


 と、却って悩ませてしまう。


「私はもう四百歳だぞ!? 私をどうしたいんだ!?」

「できればリラックスを……」

「できるか痴れ者! うあっ、やめんか!」

「はーい、もう終わりますー」


 さらりとアルクがそう言うと、びしりとメロウが身を固くした。


「僕、次はナーギュリさんのブラッシングに――」

「な……待て! 私は!? 生殺しだぞ!」

「生……? えと……次は明後日ですね」

「あさっ……お前ッ! アルクッ!」


 思わず吹いた熱気にアルクがよろめく。

 と、メロウは慌てて口を閉じ、恨めしそうに尻尾を巻いた。


「……この、竜殺しドラゴンキラーめッ!」


 その声は満更でもなさそうで。事実、ブラッシング担当のアルクは、本人こそまったく知らないでいるが、公国の雌竜たちの間で『百年に一人のドラゴンこまし』と恐れられ、また愛されていた。

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