面白さ保存の法則

 タマキから届いた今月、七度目となる大発見の報告に、私はいささか辟易としながら家を出た。正直、小説はよく分からないのだが、私が友人と呼べるのはタマキしかいなく、本人も楽しそうなので、ため息まじりに付き合うことにしていた。


「で、今度はどんな発見?」

「ふっふっふ……そう慌てるなまえ」

「慌てる名前?」

「ん? 慌て……たまうな? ちがう。慌てたまわれ……あれ?」

 

 一瞬いい顔したタマキは眉を曲げ、アホな呟きを続ける。日本語がちょっと残念なのだ。文法を勉強したらどうかと提案したこともあるが、日本人だから大丈夫とか作話に文法はいらないとか言っていた。

 バカだけど可愛いなあと見ているのもいいが、それでは観察だけで日が暮れる。


「何を発見したの?」

「ふぇ!? あ、あ、そう! これ! コレ見て!」


 タマキは慌てて紙束を出した。珍しい。


「書いたんだ」


 むふぅ、とタマキがふんぞり返った。


「まあ、読んでみてたまわれ」

「……へりくだってる?」

「ん?」

「なんでもない」


 すぐ既視感に気づいた。


「……盗作?」

「違う! 私は発見したのだよ! 面白さは保存されると!」


 また、とびきりアホなことを。


「昨日、大学の学食で、味噌汁を飲んだ学生君が言ってたのだ」


 タマキが迫真の大根役者っぷりを晒して言った。


「ぐわっ! しょっぺぇ!」

「……」

「そしたら友達が、体に悪いから薄めて飲めと」

「……うん?」


 タマキも学生なのに学生君って。

 

「薄めたって塩分量は同じなのに!」

「……だから?」

「面白さも加水された小説だ!」


 味噌汁と小説がごっちゃになってて目眩がしそうだった。論理の飛躍どころか、タマキの論理は行くあてのない渡り鳥になっている。


「それは私が加水した星新一のショートショートなのだ!」

「……ほう」


 何のためにとは尋ねまい。


「読めば分かるが面白さは変わらん!」


 自信満々のタマキ。

 マジか、と私は作家志望の珍妙な愛玩動物を見つめる。


「私自身で試した。どんなに水増ししても読み切ったときに感じる面白みの総量はショートショートと同じになる」


 それは星新一氏が凄いのか、タマキの感受性がアホなのか。

 分かりきった問を立て精神の均衡を維持する私に、タマキが決然と言った。


「星新一、存外ショボいぞ」


 正気か。


「これならば、私にも書ける」

「……どれならば」


 思わず、内言が口から垂れた。


「長い本を煮詰めて、私は星新一に勝つ」


 早く良くなりますように、と私はタマキの頭を撫でた。

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