入ってこない
「セントーン・バレンタイン・デーとか、大っ嫌いなんだわ」
あまりにモテなさすぎて、とうとうコウがぶっ壊れてしまった、とヨーは思った。
「どしたよ、らしくねーじゃん。フラれた?」
「誰がフランケンだよ」
「いや言ってねーよ」
「言ったも同じなんだよ」
「……どういうことだよ」
「だからチョコとか、嫌いなんだよ」
なんだコイツ。と、ヨーは眉を寄せる。
コウがバレンタインデーに言及するのは初めてのことだった。普段からいつも一緒にいたために、ヨーがチョコを受け取る姿を何度も目にしてきたはずだった。
しかし、そのことについて何か言われたことはない。
――言われなかっただけで、ずっと腹立たしく思っていたとでも言うのか。
ヨーは息苦しさをおぼえネクタイを緩める。
「先に確認していいか」
「なんだよ」
「バレンタインデーが気に入らねーの? それともチョコ?」
「どっちもだよ。セントーン・バレンタイン・デーも、チョコも、嫌いなんだよ」
「……いや初めて聞いたって。なんでだよ」
言ってから、ヨーはしまったと思った。これは誘導だ。いままでヨーが受け取ってきたチョコの大部分は裏でコウの手に渡っている。さすがにもらったその場で流すような真似はしてこなかったが、チョコは食べられてきたのだ。
食べられないから嫌い、なら分かる。
これまで食べてきたのに嫌いで、バレンタインデーも合わせて嫌うとすれば、理由はひとつだ。
「もらえねーからだよ」
ふてくされたようにコウが言う。
ヨーはシャツのボタンをひとつ外した。
「いや、いつもくれてやってんだろ」
「ヨーがもらったやつをな」
耳を垂らす犬のような気配。マジか。ヨーは人差し指の爪をいじりながら答える。
「犬にチョコはくれらんねー」
「犬じゃねーよ」
「犬みてーなもんだろ」
口中に溢れる唾を飲み、ヨーは言う。
「あとセントーンじゃなくてセントな。セントーンじゃプロレス技になっちまう」
「知ってるよ」
「……どういうことだよ」
思わず顔を向けると、コウは似合いもしないカッコつけた笑みを浮かべていた。
「やっとこっち見たな」
ディック東郷のダイビング・セントーンがチラついて、なんも言えなかった。
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