入ってこない


「セントーン・バレンタイン・デーとか、大っ嫌いなんだわ」


 あまりにモテなさすぎて、とうとうコウがぶっ壊れてしまった、とヨーは思った。小学ショーガクの頃から続く腐れた縁で気づけば相棒化し、もう六年ちかくも一緒にいるが、バレンタインデーを前にやさぐれるのを見るのは初めてだ。


「どしたよ、らしくねーじゃん。フラれた?」

「誰がフランケンだよ」

「いや言ってねーよ」

「言ったも同じなんだよ」

「……どういうことだよ」

「だからチョコとか、嫌いなんだよ」


 なんだコイツ。と、ヨーは眉を寄せる。

 コウがバレンタインデーに言及するのは初めてのことだった。普段からいつも一緒にいたために、ヨーがチョコを受け取る姿を何度も目にしてきたはずだった。

 しかし、そのことについて何か言われたことはない。

 ――言われなかっただけで、ずっと腹立たしく思っていたとでも言うのか。

 ヨーは息苦しさをおぼえネクタイを緩める。


「先に確認していいか」

「なんだよ」

「バレンタインデーが気に入らねーの? それともチョコ?」

「どっちもだよ。セントーン・バレンタイン・デーも、チョコも、嫌いなんだよ」

「……いや初めて聞いたって。なんでだよ」


 言ってから、ヨーはしまったと思った。これは誘導だ。いままでヨーが受け取ってきたチョコの大部分は裏でコウの手に渡っている。さすがにもらったその場で流すような真似はしてこなかったが、チョコは食べられてきたのだ。

 食べられないから嫌い、なら分かる。

 これまで食べてきたのに嫌いで、バレンタインデーも合わせて嫌うとすれば、理由はひとつだ。


「もらえねーからだよ」


 ふてくされたようにコウが言う。

 ヨーはシャツのボタンをひとつ外した。


「いや、いつもくれてやってんだろ」

「ヨーがもらったやつをな」


 耳を垂らす犬のような気配。マジか。ヨーは人差し指の爪をいじりながら答える。


「犬にチョコはくれらんねー」

「犬じゃねーよ」

「犬みてーなもんだろ」


 口中に溢れる唾を飲み、ヨーは言う。


「あとセントーンじゃなくてセントな。セントーンじゃプロレス技になっちまう」

「知ってるよ」

「……どういうことだよ」


 思わず顔を向けると、コウは似合いもしないカッコつけた笑みを浮かべていた。


「やっとこっち見たな」

 

 ディック東郷のダイビング・セントーンがチラついて、なんも言えなかった。

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