第20話 効かない投薬②
「まあ、落雷も暗殺者も、運が良ければ遭わないよね。運はどうにもできないけど、きみが自力で良い方向に持っていけるモノがある。それは、きみが送ってる普段の生活だ。きみに意識してもらいたいのは、今の生活を続けていたら、常に過労死寸前状態で、リラックスなんて夢のまた夢だってこと! 自ら意識して、せめて睡眠だけは定期的に取れるように意識改革していってほしいんだ」
有沢が再び椅子に腰掛けた。
「どんな超人にもね、脳の休息は大切なの。特に、現代では、鬱病や睡眠不足による脳の機能障害などが、取りざたされているんだ。僕が所属する組織は、『体が限界なのに研究を止めない
強引って自覚、あったのか。しかも、やり方が恐怖だぞ。普段フル回転の脳を、特殊な薬で無理矢理ゆるめて、ぼーっとさせるなんて。
「僕らが調合した特殊な睡眠薬で、すっきり目覚めてもらったり、本人の好みに合ったスタジオで、それっぽい演出や動画を見せたり、普段使っている箇所とは別の脳の部位を使ってもらうゲームをするなど、やり方は千差万別ね。とにかく、天才たちを、無理やり休ませるんだ」
いい迷惑だ。人が一生に使える時間は有限なんだぞ。俺はこんなことしてる場合じゃないんだ。有沢の話は、いつまで続くんだ? まさか、これもゲームなのか?
「理系に文系の問題を解いてもらったりとかー、その人の好きそうなシチュエーション、もしくは、以前からこんなことがやりたいなぁ、とか、じつは子供の頃の夢は今とは違う職業だった、とか、いろんな情報をもとに作ったシチュエーションが、この物語となります」
俺が縛られてるのも、物語の演出か?
「なんと、きみは雷にドハマリする以前は、山に登ったり、脱出ゲームモノにハマったりと、普通の大学生のお兄さんだった。それが、雷に取り憑かれてからは、一日も休まず研究に没頭。今までの入院記録も拝見させてもらったけどさ、今どき栄養失調で何度も倒れたり、二十代半ばで胃潰瘍の跡がたくさんできてるそうじゃない? 以前からきみを知る人たちが、心配するわけだよ。運動量も、ぜんぜん足りてないし」
「耳が痛いが、俺は実験中は走り回ってるぞ」
「落雷しかねない危険地帯をでしょ? 後輩くんたちが気の毒だね」
……ぐうの音も出ないから、何も言わないことにした。第三者の有沢から指摘されると、けっこう恥ずかしい大人だな、俺。
「まあ、僕も偉そうなこと言えないけどね。きみのこと、どうにもしてあげられなかったし……」
有沢が椅子の上で、少し前のめりに姿勢を崩した。そうやってると、年相応に子供っぽく見えるな。
「今回のプログラムはね、僕にとっての、初仕事だったんだ。で、きみが僕にとっての、初めての患者さん。投与した薬の量はちょうど良かったはずなのに、なんでかきみの体質には、効かない種類だったみたい。スタッフさんがきみを探偵の衣装に着替えさせる前に、きみは全裸で脱走して橋の上で見つかるっていう大失敗もしちゃったし、ほんと、さんざん」
むしろ俺のほうが、さんざんでは?
「雷の研究、したいんでしょ? ごめんね、未熟な僕が担当しちゃって」
「そうと聞いたら、ますます探偵ごっこに戻らないとな」
「ん? どうして、張り切ってるの?」
「お前のプロジェクトは今、敵対勢力によって頓挫しようとしてるんだよな。そいつらは俺に休憩してほしくない、つまり、俺に過労死してほしい連中なのかもしれん」
「過労死を待つなんて、そんな時間をかけなくても、直接きみを撃ち殺しに来ちゃうかもよ」
「だったら、とっくに撃たれてるはずだ。あのピエロ女は、劇鉄を鳴らしてた。あのとき撃とうと思えば撃てたはずだ」
「弾が一発しかなかったんじゃない?」
「だったら、ガラスなんて撃って威嚇せずに、車から降りる俺の頭を狙えば良かっただろ」
しかも実弾を使ったピエロ女を、スタッフは誰も止めに入らなかった。これは深刻な事態だぞ。有沢たちの味方スタッフが、機能していないっていうことだろ。
「ヤツらは散々俺に研究させて、俺をぽっくり過労死させたら、研究を乗っ取るつもりかもしれない」
「あ、そういうパターンもあるね」
「頼む。俺はこれからは自発的に休むようにするから、こんな暗がりで放置しないでくれ」
そしてヘリポートがある場所まで、俺を連れてってくれ! 届け〜、この思い!
隠しカメラとかマイクとか警戒してなかったら、有沢と会話して作戦が練られるのにな……めんどくさい。
「…………じゃあ、今のきみは、死にたくないんだね?」
有沢がちょっと遠慮がちに尋ねてきた。
「当たり前だろ。俺は落雷による感電死以外は願い下げだ」
「ふふっ、天才って呼ばれてる人は、よくわからないこと言うね」
そうか? これになら殺されてもいいってモノが、人生の中にあるのは、幸せなことなんじゃないのか?
「僕のお母さんも、天才なんだよ」
「はぐらかすな。こうしている間にも、俺を過労死させたいやつらが動いてるんだぞ」
「……この先に行ったら、ほんとに銃で撃たれちゃうかもよ?」
「大丈夫だ。俺の憶測が正しければ、ヤツらの狙いは俺の命じゃなく、研究の横取りだ」
「わかった、きみを過労死させたい連中に、会いに行こうね。防弾チョッキを用意させるから、少し待ってて」
「いいや、待たない。俺もついてゆく」
「人は大勢付かせるよ」
「ああ、構わない」
ガチャッと部屋の扉が開かれて、あのマネキン美女が入ってきた。
「あら〜、お二人とも、ずいぶんと険しい顔になっちゃって〜」
なんだかパイナップルみたいな木の実の模様がびっしり並んだ奇抜なワンピースに身を包んでいる。こんなにド派手で、インパクトのある人が急に部屋に入ってきたから、俺も有沢も大変びっくりした。
「お母さん、あのね」
「話は、この部屋に仕掛けたマイクで聞かせてもらったわ」
マネキン美女は片耳からコードレスイヤホンを取り出した。
「はじめまして、雷門博士。有沢姫乃の母です」
「(怖い)初めまして(怖い)、(顔が怖い)娘さんには何度も世話になってます(丸く見開いた両目がめちゃくちゃ怖い)」
しゃべってるだけで、こんなに生理的な恐怖が湧いて出る相手は、珍しい。当然ながら、有沢と微塵も似ていないが、親子なんだろうか。なんだか、娘をマイドーターと呼んだり、この二人が互いを呼び合ったときに、ちょっとした違和感を覚えるんだが。
「内部にあんなに裏切り者がいたなんて、ショックだわ〜ん。もうすぐヘリが来るから、それまで敵に気づかれないように、ゲームを精一杯頑張ってね! 私も援護するから」
「(怖い)ありがとうございます(凝視されるとき目玉が動かないの怖すぎる)」
あ、この人、ヘリとか喋っちゃったぞ。大丈夫か? まあ、もう遅いか……。
「マイドーター、貴女は役者なんだから、くれぐれも顔だけは傷付けないようにね」
「うん、まかせて!」
あ、なんか、今更ながら、拳銃持ってる相手と勝負しに行くの、怖くなってきたぞ。でも帰りたい。研究所に、サンダーラボに帰りたい。
「じゃあ、行こうか! ライトニング!」
「……ああ」
もう、やるしかない。
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