第13話   実弾!?

 爆竹のような音が鳴った。


 爆竹と違うのは、それがたった一発であること。


 そして一面のガラス張りを粉々に割り、カウンターに並んでいた小さい炊飯器の一つを撃ち抜いて、中身のローストナントカを床にぶちまけたこと。硝煙の臭いと、肉の良い香りが、空気中に漂う。


 ガラスの雨が、あっという間に店内をガラス片まみれにしてしまった。


 血の気が引くとは、まさに、このことだった。たった一発の銃声が、俺を演劇のお遊び感覚から、引きずり出した。


 大きな額縁のようになった壁の向こうから、奇妙な恰好をした男女の二人組が、歩いてくる。


「なんだ、あいつら……」


 目力盛り過ぎの強烈な厚化粧。もしかして、あれがチンと、ピラか? でも片方は女だし、両方ともカラフルなロングヘアーで、スキンヘッドではない。有沢とはまた違った感じのゴス系に身を包み、俺はファッションの類は大ざっぱにしかわからないから、アレをどうやって喩えたら良いやら、ざっくり言うと、ピエロだった。なんか、ビジュアルバンドのCDジャケットに、ああいう系統の恰好したメンバーがいたような気がする。


 書き割りだらけのファンシーな街並みを背に、二人は交互にガム風船を膨らませたり、しぼませたり、器用なことをしながら店内を舐めるように見回した。


「あら〜? あなたは流行りの名探偵さん! やっぱりここに来てたのねぇ、ってことは、あたしたちにケンカ売ったってことで、いいかしら?」


「不浄なる売人よ。今また懲りずに獣の死肉を売り捌くか。救い難き魂なり」


 なんだ? なんなんだ、男のほうの口調。


「夜な夜なお肉を売り歩くそのお商売、ぜひ本日をもって終了していただきたいのぉ」


「二度と我らの聖域に、その不浄なる死肉を持ちこまぬと誓いを立てよ」


 要約すると、自分たちの縄張りで肉料理を使った露店をするな、と。


 やっぱり、喫茶店一筋でやったほうが、うまくいくんじゃないだろうか。


 あれ? 有沢がいないぞ。どこに行ったんだ? 自分だけ隠れたのか?


「エルジェイ、これ、実弾……」


 カウンターから恐る恐る顔を出した有沢は、穴の開いた小さな炊飯器を、両手で持っていた。俺は実弾を見るのは初めてだったから、それが本当に、そうなのかは、わからない。


 だが、硬い炊飯器の側面に刺さったそれを見て、息を吸うのも一瞬忘れるほど恐怖した。


 とっさにゴス二人組を凝視する。


「き、器物損害だ! お前たち、有罪だぞ!」


「あらぁ? 勇ましいわねぇ、次はどこに風穴開けてあげようかしらぁ」


 ゴス女が、白いハンカチでくるんだ拳銃らしき物を片手に握っている。固まっている俺たちの様子が面白いのか、劇鉄部分に指をかけ、カッチンカッチン鳴らしながら口角を吊り上げた。


「汝らの命、我らが手中にあり。敗北者は真の探偵にあらず」


 ゴス野郎の口調と、すました喋り方が、めっちゃくちゃ腹立つ。


「お前たちの、この肉に執着する理由はなんだ。見たところ、ただの肉料理だぞ。これが怖いのか?」


 俺はその場にあった炊飯器の蓋をパカッと開けて、中身が見えるように傾けて見せた。アルミホイルに包まれたローストビーフの塊が入っていた。


 ゴス女の顔がみるみるゆがむ。


「そんなわけないじゃないの! ここでそんな物が出回ると困るから、忠告してやりに来たのよ!」


「忠告?」


「とにかく! ここで安穏と生きていたかったら、言う通りにすることね」


「汝ら、不浄なる肉と絶縁すれば全て収まれり」


 だあ! ゴス男の口調がムカつく。その腰に海賊の手下みたいなギザギザ刃のダガーみたいなやつが無ければ、俺でも勝てそうなぐらいひょろひょろなのが余計にムカつくぞ。


「待ってください! さっきからお肉料理を、死肉だの不浄なるモノだの、あんまりじゃないですか!」


 島田さん……自慢の商品を侮辱されて腹が立つのはわかりますけど、相手は拳銃を持っています。


「ローストビーフだってチャーシューだって、みんな一所懸命に生きてるんですよ!?」


 どういう世界観をお持ちなんだ、この人は。


 ちなみにゲーム内では、なぜここまで彼らが肉料理を憎むのかは、明かされない。当時の俺はどうしてもその理由が知りたくて、最後までプレイしたものだ。何か宗教上の理由があるのか、とか、彼らの過去に何かあったのだろうか、とか。


 結局、何も解明されないまま全六種類もあるエンディングを眺めていた。スタッフロールは、約三分。その時の俺の気持ちを、誰なら分かってくれるだろうか。


 ゴス女が苛立った様子で劇鉄部分に指をかけ、カッチンカッチン鳴らしている。


「いいわ、教えてあげる。あたしたちがここまで肉料理を憎んでいる理由をね!」


 一瞬、気になって耳を傾けようとした自分が、ひどく子供っぽくて悔しかった。俺はあれからちっとも成長していないのだろうか。もうアラフォーなのに。


「明日の夕方六時に、この地図に載ってるガレージに来なさいな。そこで私達と、ちょっとしたゲームで勝負しましょ。本当は選ばれしお客さんのみ招待してるパーティなんだけど、特別にあなたたちも招待してあげるわ」


 女は腰あたりのポケットから、くしゃくしゃの紙を取り出すと、ポイと地面に投げ落とした。


「幸運の女神に選定されし贄たちよ、この好機逃すな」


 黙れゴス野郎、と喉まで出かかったが飲み込んだ。


 この意味不明な展開とテンポは、認めたくないが、ゲームと酷似している。が、敵キャラのチンとピラだけが、まったく似ていない。


 なにか、おかしい……。今までの演劇は、非常に無理があったけれどもゲームの流れに沿ってはいた。島田さんも登場キャラクターの島田のおっさんに似ているし、有沢だって、なんというか、有沢そのまんまだ!


 その有沢が、死んだはずの人間を見ているかのような蒼白した顔を、いや、化粧で顔色は色白なんだが、そうじゃなくて、二人組を見る顔が凍りついている。


 二人組は帰っていった。女のほうがなにやら喚き、それを男のほうが回りくどい言い回しでなだめていた。


 俺は店から外に出ると、地面に放られた地図を、拾い上げた。ラメでキラキラしたインクで、地図に丸い印が書いてある。


「見せて」


 隣に来た有沢が、俺の腕を掴んで下げさせた。黒地に白いレースの帽子は、後ろっかわも綺麗なもので、それ相応の値段がしそうだった。


「ここ、今は廃墟のはずだよ」


「選ばれしお客様を廃墟に呼び出すパーティか。ろくな集まりじゃないな」


 島田さんは何をしているかというと、店の端っこで植木の後ろに隠れていた。全然隠れられていないのだが。


「あー緊張したら、トイレ行きたくなっちゃった。ちょっとお手洗い借りるね」


 有沢が地図を奪い取って、店内に戻っていってしまった。


 あれ? と、島田さんが声を上げた。


「有沢さん、そっちトイレじゃないですよ」


「え? おい有沢、どこ行くんだ」


 有沢は聞こえていないのか、勝手に人の店のバックヤードに入ってゆく。


「エルジェイさん、有沢さんを止めてください。バックヤードはぎゅうぎゅうに物が入っていて、危ないんです。狭くて僕も入れないくらいに」


 おいおい、自分の店のバックヤードだろ。片付けろや。


「わかりました、連れてきます……」


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