第12話   指定された喫茶店

「到着!」


 有沢が路肩に車を駐車した。バックが不得意なのか、何度もやり直すので、俺が車から降りて誘導した。


 島田さんの店は、おもての一面がガラス張りで、店内は真っ暗だった。だからだろうか、パステルカラーのペンキの殴り描きが、とてもよく映えていた。


 島田さんは絶句のあまり、車から降りてガラスの前に立つまで、一言も発することができないでいた。


 俺も間近で見てみたら、その凄まじさに、呆気に取られた。まるで幼稚園児の自由帳だ。デカデカと描かれたレインボーが、よく目立つ。


「ああ、なんてことでしょう……今朝はこんな落書きなんて、無かったのに。掃除に何時間かかるでしょうか」


 近隣の住人に、何か目撃していないか聞いてみたいところだが、この店の両隣、ただの書き割りだ。と言うより、この店以外ほとんど書き割りで、人も歩いていない。


「島田さん、今の時刻は?」


 私物が何もない俺は、腕時計をしている島田さんに尋ねた。


「えっと、昼の十二時半くらいです」


「島田さんが店を出た時刻は?」


「朝の九時頃です」


「ざっと計算して、約三時間か。かなり大きな絵だが、大人数人なら描ける範囲だ」


 俺はこのゲームの結末と、選択肢の先の全てのイベントを、把握している。俺たちが勝利エンドを迎えるように、会話を進めてみよう。


「島田さん、あの地図を見せてください」


「あ、はい」


 島田さんがいそいそと取り出した地図を、見せてもらう。


「やっぱりだ。地図に描かれた落書きと、店の落書きの画風が似ています。犯人はおそらく、例の二人組でしょう」


 実際に彼らが落書きした姿を見たわけじゃないのに、こんなの言いたくないんだが、ゲームの進行上、しょうがない。


 なんにせよ、こんなことをしでかす奴らが、まともじゃないのは確かだ。


 以上の仮説を島田さんに話すと、島田さんは確信を込めた顔で、うなずいた。


「犯人はもう、彼らで間違いないですね。僕が待ち合わせ場所に、ちゃんと待機していなかったから、腹いせに店に落書きしていったのです」


 それにしても……と、島田さんが不思議そうな顔で、先を続けた。


「どうして気づかれたんでしょうか。僕は探偵さんに相談するなんて、誰にもしゃべっていないのに」


「おそらく、有沢と話すあなたの姿が、どこかで目撃されたんでしょう。炊飯器を持っていると目立ちますから、今度からは置いていってくださいね」


 あくまでゲームの主人公のように、冷静に対応。自分の台詞は○ボタンで進むようなイメージで。


 途中で吹き出したり、ツッコミを入れないように……世界観に真剣に浸って……ああ、こんなことしている時間がもったいない。思い出せないが、俺はこんな所で寸劇している場合じゃない気がする。


 島田さんが、なぜか照れ笑いを浮かべだした。


「なんだか、意外です。こんなに熱心に取り組んでいただいて。あなたはもっと、冷たい人だと思ってましたから」


「はい? ご依頼されたでしょう」


「はい。でも、来てくれないのも覚悟していました。あなたにだけ、僕の手料理を食べてもらっていませんでしたから……」


 なに言ってんだ、こいつ。気持ち悪い。


 そもそも手料理なんて食う機会あったか? ああ、有沢だけがつまようじで食べてたな。島田さん、そんなこと気にしてたのか……。気にするところ、もっとあるような気がするが。


「ねぇ見て、エルジェイ。ガラスの隅っこ、足元のほう」


 有沢がガラスの右下の方を指差した。そこにはピンク色のインクで『果たし状 ライトニングボルト・ジュニア』と書いてあった。


「どういうわけだか、俺宛にメッセージが残されているな。俺はその二人組に会ったことすらないんだが」


「それだけ僕ら名コンビの活躍が、有名になってきたって証だね」


「そんなに活動してたのか? 俺たちが動きだす前から、すでに因縁をつけられていたってわけか」


 じゃあ、あの暴走列車の悪党どもも、この二人組の差し金だろうか、とガキだった頃の俺も想像したのだが、あのゲームは伏線を何一つ回収しないから、その辺のつながり等もライターは考えてなかったんだろう。


 ネタバレすると、有沢の正体も最後までわからない。過去にいろいろあったことを匂わせるセリフや、父の復讐のために生きているんだとか意味深なセリフも用意されていた、にも関わらず、結局何も解明されないままエンディング、そして約三分のスタッフロール。続編フラグかと思ったら、製作会社が倒産した。



 ガラスの扉の取っ手に、準備中と彫られた木製プレートが下がっている。島田さんがポケットから鍵を取り出して、解錠。取っ手を引いて、ガチャッと開けた。


 パチッと点けられた電灯……って、うわ! 椅子やテーブル、カウンター席まで、小さい炊飯器がびっしりと並んでるぞ!


「今、ローストビーフを作っている最中なんですよ」


「そ、そうなんですか……」


「扉に鍵をかけたほうが、良いでしょうか」


「そ、そうですね。現状では、とてもお客さんを迎えられる状態ではないでしょうから」


 炊飯器だらけという不自然な点を除けば、店内は素朴で狭く、これといって特筆するところは見当たらない。めちゃくちゃ儲かっているようにも見えない。


 今のところは、地元の探偵と遊びたいだけのチンピラの暇つぶしに、巻き込まれただけのようだ。


「そうだ有沢、スマホを貸してくれ。とりあえず、警察に連絡しよう」


「オーケーって言いたいとこだけど、ここ電波が入んないよ」


「ハア、なんとなくだが、そんな気がしたよ」


 他の家から借りようにも、書き割りだしな。写真のようなリアルさだから、遠目からでは民家と区別が付かなかった……。


「佐々木さん、じゃなかった島田さん、お電話を借りることはできますか?」


「それが、今月は炊飯器たちの電気代がかさんでしまって、スマホの料金が払えず、電話を止められてしまったんです」


 もう喫茶店一筋でやっていけよ。


 ……よ、よし、たぶん、この会話量で充分だろう。あらかたゲームを進行させるためのフラグは立ったと思う。様々な箇所を調べ、キャラクター達と会話すると、イベントが進行するフラグが立つんだ。


 そしてイベントは、向こうからやってくる。街を仕切るチンピラの、襲撃イベントだ。


 ゲームの中だと、拳銃の弾を避けるミニゲームが始まる。だけど、さすがに俺相手に実弾を向ける事はしないだろう。これは演劇みたいなものだしな。



【プロフィール 島田のおっさん 朝と昼は喫茶店、夜はガッツリ系の フードを売ってる 料理人。夜だけ べつのお店なのは、じまんのケーキとこう茶に お肉のにおいが ついちゃうのが イヤなんだってさ!】


【プロフィール チン 一日中、カツアゲをやって 生活している チンピラ。弟のピラとは 兄弟だよ。リーゼントに しようか、モヒカンに しようか、なやんだ結果、スキンヘッドに したんだって!】


【プロフィール ピラ 一日中、カツアゲをやって 生活している チンピラ。兄のチンとは 兄弟だよ。毎日の髪型に 悩んだ結果、スキンヘッドに したんだって!】


 ゲームの中の有沢が付けていた、人物プロフィールの内容も暗記している。我ながら非常にしょうもないことに熱中したものだ。小学校時代の友達のプロフィールを、有沢風にノートに書いていた黒歴史がある。高校時代に見つけて、燃えるゴミの日に捨ててしまった。もしも廃品回収の日に出したら、誰かが抜き取って読むかもしれないという不安からだった。


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