第11話 依頼人の島田さん
よく整備された道の両脇に、雑木林がどこまでも並んでいる。
後部座席で揺られているうちに、俺は隣に座っている炊飯器おじさんに、ほんの少ーしだが、見覚えが出てきた。
確か……職場が同じ人だった。
名前は、え〜っと……
「あの……佐々木さん、ですよね? 社内食堂で働いている」
「え? いいえ、僕は島田です」
「え? ……あ、双子のご兄弟とか」
「いえ、姉が一人いますが」
……人違いだった。
……。
気まずい空気がただよう。
有沢〜、なんかしゃべってくれ〜。ナゾのおっさん二人じゃ、間がもたないよ。
……おい、マジでなんかしゃべってくれよ。運転中はすごく集中するタイプなのか?
手持ち無沙汰で車窓を眺めていると、林の隙間から、やたら鮮やかな色合いの、屋根みたいなのが見え隠れし始めた。
「ん? 遊園地でも建ってるのか?」
「そんなの建ってたら楽しいんだけどね〜」
林を抜けると、まるで子供がクレヨンで塗りたくったかのような色合いの、三角屋根がたくさん見えてきた。赤、オレンジ、黄色い屋根に、緑に青。他にも、いろいろだ。
「建物の形を同じにしないと、罰則でもあるのか?」
「さっきからなに言ってるの?」
「ぜんぶ同じ形の、一階建てなのが気になる」
「エルジェイ、細かすぎ〜」
いや、全部一階建てなのは、さすがにおかしいだろ。何かの撮影のセットみたいだ。
しかもこの景色、既視感があるぞ。どこだっただろうか、子供が喜びそうな世界観だし、どこかのキッズ向けの施設か?
……あ、今、じわじわと小学生くらいまでの記憶が、湧き出てきたぞ。実際にはこんな施設を見上げる機会はなかったが、ブラウン管のテレビの向こうでなら、いろんな角度で何十時間と、眺めていた記憶がある。
荒いドット絵のポリゴンだったが、探偵の探索パートになると自由に歩ける町並みが好きで、どこまでも広く感じて、世界の果てまでコントローラーのダッシュボタンを押し込み、主人公を走らせまくった。
たしか、主人公の名前は……
「ライトニングボルト・ジュニア」
俺の口をついて出たその名は、次々と過去の記憶を引き出してきて、懐かしい感情と、全身が痺れるような感動を、俺の中に呼び覚ました。どんどん俺自身が、体に戻ってゆくような感覚だった。
「商品名は『迷探偵!? 進めライトニングボルト・ジュニア 謎の美少女な助手とともに』。意味不明だが勢いだけはある短編シナリオの連作。おもな操作方法はダッシュ移動と、アイテムや人物にカーソルを合わせて、○ボタンで手掛かりを集めてゆく。重要なシーンでは選択肢が表示され、助手である有沢姫乃の問いに、プレイヤーが【はい】か【いいえ】で応えてゆく。製作会社はクソゲーを連発しすぎて倒産。このゲームも類を見ないクソゲー扱い、だがイラストレーター不明の美麗なキャラ有沢姫乃のキャラデザだけが、今も時代を超えて高く評価されている」
「詳しいね。気持ち悪いくらい」
「ああ、自分でも気持ち悪く思うほど、あのゲームにハマっていた。当時はそれしか、ゲームソフトを持っていなかったせいもあったな」
なにせ、ゴミ捨て場で拾ったゲーム機に、差しっぱなしであったゲームソフトが、それだったからな。ゲーム機は、親父と一緒に適当に修理して遊んでいた。親父は寡黙な職人肌だったが、優しい人だった。
「生まれて初めてプレイしたゲームだった。伏線も関連性もなく、唐突さと勢いだけのひどいシナリオだったが、幼くて偏屈な俺にとっては、考察しがいのある奥深い物語のように感じた」
「気の毒にね」
「ああ、無駄な時間を過ごしたよ……」
思わずそう言ってしまったが、本当は今でも、あの時のワクワク感を覚えている。なにせ、生まれて初めてプレイした、よくわからないゲームだったから、何度も繰り返して、無駄に選択肢を間違えてみたり、有沢の喜びそうな回答を選んでみたりと、なかなかおもしろかったんだ。
……だからこそ、完全にクリアしたときの喪失感は、半端なものではなかった。
「エルジェイ、ここでは役になりきって、真犯人を見つけることのみに集中するんだ。きみが無事に犯人を見つけて、見事勝利することができたら、きみの記憶を返し、家にも返してあげよう」
「犯人はお前だ」
「ぶっぶー。違います」
「誰なんだお前は。俺の知ってる人間じゃないことだけは確定したな」
ちなみに、おそらく俺の隣にいる島田さんは、島田さんという役を演じている佐々木さんだと思う。俺はめったに社内食堂を利用しないのだが、佐々木さんという調理師が、この人そっくりなのである。
有沢が自らの正体を白状したくないようなので、これ以上とやかく言うのは、やめておいた。有沢は気づいていないかもしれないが、彼女が会話に参加するたびに、車体が若干揺れるのだ。運転、得意じゃないんだな……。
「ゲームの各章と、現在の状況を照らし合わせると、今はゲームでいうところの第二章だ。暴走列車から脱出した主人公のもとに、謎の調理人が、なんでも作れる魔法の調理器具を小脇に、探偵に助けを求めるところから始まるんだ」
俺は隣の席の、炊飯器おじさんを見上げた。
「その調理人が、あなたなんですね、島田さん」
「はい、たぶん、その通りなんだと思います」
ゲームの主人公であるライトニングボルト・ジュニアは、横柄な口の聞き方をする、態度の悪い若者だ。俺が中学生ぐらいだったら真似できただろうが、今は社会人としての自覚が。さらに会社で世話になった(ような気がする)人に、どデカい態度なんて取れるか。
「島田さん、いくつか質問しても構いませんか? 俺は有沢と違って、あなたのことを何も知らないので」
丁寧な対応にならざるをえないだろう。俺はもうアラフォーなんだぞ。
「島田さんは喫茶店を経営していて、露店で肉料理も売っているんですよね」
「はい。昼間は喫茶店で、夜は露天商をしています」
「どうして店内でお肉を売らないんですか?」
「うちの喫茶店は、お菓子とコーヒーの匂いで満ちていないといけないんです。お肉のタレの香りが混じると、不協和音なんで」
和音って、楽器かよ。でも作るんだから、本当に肉料理が好きなんだな。炊飯器で作るってのが変わってるけど、その作り方だと、匂いが周りに充満しないかもな。
「んで、二人組がおじさんのお店を指定した理由に、何か心当たりはある〜?」
「わかりません……どうして彼らに絡まれたのかも、わかりません」
「二人とは、以前からの知り合い?」
「いいえ……道ばたで通行人にヘンなイチャモンを付けているのは、たびたび見かけるんですが、関わるのは怖いので、話しかけたりはしていません」
臆病だな。怖くても警察に言えよ。
「イチャモンとは、具体的に、どのような」
「違法な通行料の請求です。カツアゲですね」
「そのことについて、警察には言いましたか?」
「そんな、通報なんかできませんよ。そんなことをしたら、通報した人がひどい目に遭うんです。あの二人組は、執念深いですから」
カラフルでファンシーな町並みなのに、物騒だな。
「島田さん、それでも警察に言うべきですよ。怖いのはわかりますけど、何もしないと、あなたの常連客が襲われるかもしれませんよ。そうなったら、その辺は、歩く人が減って、あなたの店の客は私にも影響が出ますよ」
「うう」
「それにあなたは、常連客を無視して逃げ帰るんですか? 俺がお客だったら、そんな人のお店には二度と行きませんよ」
商いにはいろいろな事情があるんだろう、だが俺は客目線で、そう言った。
島田さんが、おろおろしている。
「それは……。でも僕には、どうしてもできない理由が、ありまして」
客を無視して逃げ帰っても、常連客から嫌われても、それでもできない理由とは。
「うちの店、行政の許可無く、やっていますので」
「え?」
「肉料理の露店も無許可なんです。ぎょう虫検査も、していません」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ、あなたも店も違法なことしまくってるじゃないですか」
「そんな! 人の大事な店を、違法風俗みたいに言わないでください」
「風俗じゃなくて、あの、食品衛生法とか、そういうのに引っかかるんじゃないんですかね、俺理系だからわかんないですけど」
わかる理系もいると思うが、とりあえず理系を言い訳に使った。
熱くなっていた島田さんは、興奮がおさまったのか、しゅんとした。
「はい……探偵さんの、おっしゃる通りです。ですが! 僕はあの店を守りたいんです! 曾祖父の代からずっと、商ってきた店ですから。僕の代で潰すわけにはいかないんです」
「その、つまり、曾祖父の代から違法な喫茶店をやっていると。そんなことしてるから、悪い奴らに足元を見られるんですよ。島田さん、今回の件が片付いたら、しかるべき所に、お店の名前を登録してくださいね」
「はい、反省しております!」
やたら良い返事だな。ほんとに反省してるんだろうか。
ゲーム内では、容量の都合なのか非常に短くまとまった依頼内容だったけれど、いざツッコミどころ満載の依頼人に出会うと、話しているだけで頭痛がしてくる。
「島田さん、もしも警察が頼りないようでしたら、こんな治安の悪い所は思い切って捨てて、新天地に引っ越すのもテですよ。お店の味さえ守り切れば、曾祖父さんも恨んだりしないかと思います」
「それでしたら、やつらの縄張りの外まで、それこそかなり遠くへ行かないといけません。やつらはカツアゲで生計を立てていて、この周辺一帯がやつらの稼ぎ場ですから」
おいおい、そんな広範囲を仕切る行動力があるなら、普通に働けよ。誰も少額の小銭しか持ち歩かなくなるぞ。
「どうするの、エルジェイ」
「俺の知ってる法律が通用するかわからないが、多数の目撃証言と、被害者大勢の指紋の付いた小銭やお札が、証拠になるはずだ。島田さんが警察に言えないってんなら、俺から通報する」
「電話は?」
スマホ……は無いんだったな。
「有沢、お前のスマホは借りられるか」
「オーケー、電波が入るといいけどね」
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