第四章 変化-SHIFT-(2)
見合ったまま、二人はしばらく動かなかった。本当に、真剣勝負だ……。
ちらっと横を見ると、ダントも珍しく真面目な顔をしている。……なんか、ちょっとだけ……シフトに雰囲気似てなくもない……か?なんてな。こんなやつと比べたらシフトに失礼だ、うん。
ようやく二人が動き出した。先に斬り込んだのはヴァンルだ。
「今の私は、おまえを倒せる!」
ダントの言うように、一瞬だった。
「金……の目……?」
驚愕の顔のままヴァンルは崩れ落ちる。そのまま塵と化してこの世から消えた。
***
「思ったよりあっさりだったな」
ダントに声をかけられてはっとする。
「ソーヤは?!」
「大丈夫だ。安心しちまったのか寝た……と言うか気絶した?」
「そうか……」
ソーヤは壁に寄りかかりぐったりとしている。相当疲れたのだろう……。
「おまえがヴァンルのリングを壊してくれたんだな?おかげで素早く倒せた。礼を言う」
「よせって。そんな筋合いはないね。俺はただ、気に入ってたアクセサリーを壊されたからやったまでさ」
感謝されるのには慣れていないらしい。普段見せない少し焦った顔に、こんな状況だがなんだかおかしくなる。
浮かんだ笑顔を収めて、表情を引き締める。張りつめた気配に気づいたダントも、金色の目を細めた。
「……国王を、討つのか」
「あぁ」
「ナグラはどうする。置いていくのか?」
「当たり前だ!連れて行けるわけがない。こんなに巻き込んでしまって……本当に申し訳が立たない」
「そんな事ないと思うぜ。あいつはそう思ってる。俺はそんな気がする……」
そうだったら嬉しいが、喜ぶわけにもいかなくて、私は話題を逸らした。
「……ダント。最近ソーヤのおかげで気にならなかったのだが、さっきからその口調はなんだ。私は一応王子なのだが……」
「こ、これは失礼。人がいないとつい気を抜いてしまいまして……」
「まぁ構わんのだが。……軽口を叩いている方がおまえらしい」
ダントはそりゃどーも、と肩をすくめてみせた。
「いよいよ……だな」
「あぁ」
父上。私は父上に……あなたの国に逆らいます。
◆◆◆
もう終いか。分の悪い自軍を見下ろし、人気のない展望室で独りごちる。
「愚かな事を考えたものよ……シフトも」
リメイル……おまえが生きていたらこの国は平和だっただろうか。わしがあんな事で火を放たせなければ、おまえはまだ生きていただろうか……。
人の事は言えぬ。己も愚かだったのだ。
今まで見てきたどの女よりも美しく、聡明で、輝いていた。手に入らぬのならいっその事……そう思ったわしも。
結局あの男に取られ、わしに残ったのは幼い王子。
「私の妃は亡くなった」
あの小さな頭で必死に理解しようとしていたのだろう。わしの言葉を。
眼下の軍勢の統制が取れていない。おそらく頭を失ったのだ。
わしも出よう。一人で。最後の出陣を……。
愛用の剣を手に、建物の屋上部分に降り立つ。ここにきて初めてこの星の空気に触れた。
「シフト。決着をつけよう」
戦場の一角に向けて殺気を飛ばす。銀の頭が振り返った。
「父上……」
気が付いた息子が屋上に飛び上がって来る。
「シフト。最後に聞こう。おまえはもう、わしに従わないのだな?」
「わかっているはずですよ、父上。私はこの星を守ると決めてしまった。決めたのなら最後まで貫き通す……。私は父上の息子ですよ?」
「そうだったな……。わしもそうだ。断じて、この星を諦めるわけにはいかんのだ。国民の飢餓をいつまでも指を咥えて見てはいられん。今、我らの国に必要なのは食料だ」
赤い髪のあやつもそうだった。妻を娶り、まだ幼い息子を守るためにも、わしの命令に不満も言わず従った。全ては家族の未来のため。だが、シフトに移り気をしたためその夢は脆く砕け散った。
「どうしても気が変わらないというのなら……わしを打ち取れ」
覚悟はあるのだろう。しかしシフトは口を固く結んでいた。
「ただ、わしも一歩も譲る気はない。本気だ。剣を構えろ、シフト」
***
激しい剣劇の音で目が覚めた。
……?そうか、俺、ヴァンルとの戦いを見届けて……。
「お、目が覚めたか」
ダント……。もしかして俺が起きるまで待っててくれたのか?
次の瞬間、俺ははっとして頭に巻いた包帯を腕に巻きつけようとした。頭の怪我はもう治った。だけど最後に受けた左腕の傷は……。
「……何をしたいんだ?」
包帯と格闘している俺を呆れたように眺めるダント。
「ダント……これやって」
「はぁ……!?しょーがねー奴だな……」
仕方ないだろ。片手で包帯なんか巻けるか!……とはいえ、文句は言いつつちゃんとやってくれるんだよなぁ。
「ん?ちょっと待て。何気なさ過ぎて気が付かなかったが……おまえ、なんでその怪我治ってないんだ?回復するだけの時間は十分あっただろ」
「……え~っと」
適当にごまかそうとするけどダントの目からは逃れられない。
「おまえ、回復能力もうないんだろ」
ぐうの音も出ないとはこの事だ。あはは、と笑ってみても「笑ってごまかすな」と言われる始末。
「そんなんでも王子の所に行くのかよ」
「うん」
「怪我はもう治らないのにか?」
「そうだよ」
どうしてそこまでするって聞かれた。どうと言われてもな……。
「あいつ、この星をきれいだって言ってくれた。それだけで守ろうとしてくれてる。他の星のやつがこの星のために戦ってくれる……俺はそれを黙って見てられないんだ」
「……敵わないヤツだよ。おまえは。そんなに心配しなくてもいいんだぜ。第一王子は簡単には死なない」
「当たり前だろ!シフトは強いんだから!」
「違う。そういう意味じゃねぇ。あいつは簡単には死なない……死ねないんだ」
え……どういう意味だよ。問おうとしたら、そのうちわかるさって言い残して飛んで行った。観戦しに行くんだって……?俺も追いかける。
「シフトー!今行くからなー!!」
大声で屋上に伝える。そこにきっといるんだ。
ダントに続いて屋上にたどり着く。そのすぐそばで、銀色の何かが倒れた。
「シフト……?」
腹から赤いシミが広がっていく。うそだろ……?
「シフトー!!」
俺はすぐさま駆け寄った。
「ソーヤ……目が覚めたんだな……よかった」
「そんな事よりシフトが!!」
「落ち着けって。王子は死なないって言ったろ」
ダントが冷静に言うけどそんな事言われたって……こんなに血が……!
「おまえは……ダント・リューヴか?」
「覚えていてくれて光栄です、陛下。俺は話をしたくてここまで来ました」
シフトと似ている銀髪の男……王様なんだ。こいつが、シフトの父親。
「九年前の事…覚えていますか?田舎町の一軒が火事になった事を。そこで一組の夫婦が亡くなった事を」
「火事なら毎年何件か起こる。全ては覚えきれぬ」
「ですがそれは王の兵による放火らしいのです。……あなたの命令、ですよね?」
なんの……話をしてるんだ、ダントやつ。シフトがこんなになってるっていうのに……。
「なぜおまえがそれを知っている……!」
「まだわかりませんか?この顔を見ても。俺はよく、母親に似てると言われたのですが……」
王様は目を見開いた。
◆◆◆
目の前の黒髪の男が、遠い記憶を呼び覚ます。
「私には夫と六歳の息子がいるのです。それでも陛下は私を妃に……と?」
波打つ黒髪に優し気な金の瞳。
「シフト……この子にはこの名を授けましょう。いかかでしょう、陛下?」
儚く折れてしまいそうで、しかし芯の強い真っ直ぐな女性。
「変化、という意味を込めたのですよ」
息子を生んでから数年たったある日、せめて顔が見たいと元の家族の元へ向かう事を懇願してきた王妃。
「もう十年です。十年も家族と会えていない。私をいつまで閉じ込めておくおつもりなのですか……!」
初めて心の叫びを聞いても許す事はできなかった。王族が私情で下に降りるなど許されない。降りたら最後、二度と戻る事はないだろうとさえ思えたのだ。
しかし翌日、王妃は姿を消した。
裏切られたと感じたわしは、例の家に火を放てと命じた。
手に入らぬのならいっそ、殺してしまえばいい……
***
「まさかおまえ……リメイルとあの男の息子……?」
「その通り。母は金の目の持ち主だったから火事ですぐに息を引き取った。父もそれを救おうとして一緒に……」
ダントの過去にそんな事があったのか。でもなんで今それを?
「つまり……ダントは何が言いたいんだ?」
「おまえ……ちゃんと聞いてたか?」
ダントがまた呆れた顔を向けてくる。
「母上が話していた家族とは、おまえたちの事だったんだな。……すまなかった」
倒れていたはずのシフトが立ち上がった。……あれ?リングがないはずなのに血が止まってる?
「さっき聞いたろう。私の母上は金の目だったのだ」
不思議そうな顔をしている俺にシフトがそう言った。
……って事はシフトも金の目を持ってるって事?あれ、ちょっと待って?それってつまり……。
「シフトとダントって、父親が違う……兄弟?」
「まぁそうなるな」
うそ!!びっくりしすぎてあごが外れそうになる俺。
「ダント……おまえは最初から全て知っていたんだな」
「あぁ。そしてずっと待ってた」
ダントは一歩前に出て王様を金の目で見つめた。
「おまえを殺せる日をな……!」
壮絶な笑みを浮かべ話を続ける。
「母を無理やり王室に入れ、俺たちと接触させないようにした。おまえが憎かった。王子が生まれた時はそいつも殺してやろうかと思った。……けど、こいつはおまえに逆らった」
シフトの方を親指で指さした。
「陛下。俺が隊をもらわなかったもう一つの理由……何だと思います?」
「……?」
「おまえの下で言いなりになりたくなかったからだ。……さて、そろそろ終わりにしようじゃないか」
ダントと王様の戦いが始まった。
呆然と見入る俺の視界に、リングのはまっていない王様の左腕が見えた。どうして……?
剣を弾き飛ばされ、王様が膝をついた。
「わしも歳をとったものだ……」
「とうとうおまえの時代も終わりだな」
ダントの剣が王様に向けられる。それが振り下ろされる直前、俺は二人の間に割って入っていた。
「ナグラ!?何してんだ、危ないだろ!」
「これはおまえがやる事じゃない」
そう。いくら復讐したくたって、最後の最後はきっと……。俺は後ろのシフトを振り返る。
「あいつがやるんだ」
興を削がれたのか、ダントはあっさり引いてくれた。
「……ふん。なるほどね。最後に親子の語らいをしてもらおーってのかい。全く。わかったよ」
すっかりいつも通りのダントだ。……よかった。ちょっと怖かったんだよね……。
「父上。あなたが引かないと言うのなら、私はあなたを打ち取ります」
シフトの目が、金色に輝いていた。
「引くと思うのか?」
わかってるはずなんだ。でも最後の一振りをためらっている。
「シフト……おまえの名はリメイルがつけたのだ。『変化』と言う意味があるそうだ。この国を、よりよく発展させるため、変化させるため……とな」
「母上……」
「おまえはその名の通り、国を変化させる力があるのかもしれんな」
座り込んだまま、王様は続ける。
「最期に、わしの願いを聞いてくれ。己の国をこのような悲しい道へと導く、わしのような愚かな王には……なるな」
「父上は愚かな王などではありません!」
王様は首を横に振った。もう二度と国民を悲しませるな、と言って。
「さぁ、とどめを刺すがいい。それがおまえの……王子としての最後の使命だ……」
シフト……。俺は見てる事しかできない。でも、ちゃんと最後まで見てるから……。
「わしは間違っていたとは思わない。ただ、すまなかったな」
今度はシフトが首を振った。
「父上、今までありがとうございました……」
剣が、動けないその体を貫く。
「国を……頼むぞ、シフト……」
そして、王様の体はゆっくりと倒れた。全てから解放されたように塵となって、空へ舞っていく。
立ちすくんだままのシフトにそっと声をかけた。
「終わった……んだな?」
「いや、まだだ」
シフトは屋上から戦場を見下ろし、剣を高々と掲げた。
気が付いた兵たちが次々と手を止める。高みに立つシフトを見上げる。やがて戦場とは思えないほど静かになった。
「皆の者、聞け!私は父王を打ち取った!したがって今日から私がこの国の王だ……!」
兵の誰かが、最初の一声を上げる。
「シ、シフト陛下、万歳!!」
「シフト陛下万歳!」
「国王陛下万歳!」
空気を震わす歓声をいっぱいに浴びて、シフトは誇らしげに剣を上げ続けた。
◆◆◆
「私たちも引き上げるとするか、ユヒ……いや、すまない。ラディー」
慌てて言い直すと笑みが返ってきた。
「そうですね。……団長」
***
これで全部終わったんだな。……終わった?って事は……。
「私たちがこの地球に居たという記憶を、地球上の全ての生物から消すのです。それが星を去る時の掟……」
シフトの言葉を思い出す。
「さてと。後片付けだ」
え?と振り返るとダントがいた。
「だいぶ暴れまわったからな……。聞いてないか?俺たちの掟。ま、一種のつじつま合わせってやつか」
キィ・リングでの作業中は休んでろって言われた。やる事もないしな……。
兵たちによって、みるみる修復が進んでいく。全部、元通りになっていく。物も、人も……。
俺、何かできたのかな。シフトやみんなのために。ずっと足手まといだった気がする。……どうして、俺だったんだろう。どうして、シフトは俺を選んだんだろう。
「ソーヤどの!お体に気をつけて!」
「どうかお元気で」
「あ、うん。ギルザさんとトワールさんも」
半べそかきながらギルザさんは俺の手を取ってぶんぶんと振った。相変わらず激しい感情表現だ……嫌いじゃないけどね。
「ソーヤどの。色々お世話になりました」
「い、いいえソルカンさん!」
「じゃあな、チビ」
「うっせボサボサ!」
ソルカンさんには深々と頭を下げて、ラディーとは歯をむき出し合った。
「なかなか面白かったぜ、ナグラ」
「あれを面白かったって言うのかよ……ダントは」
宇宙人一行が出発の準備をするグランド。みんな行くんだな……。
「ソーヤ。今、人々から我々に関する記憶を消しています。あなたは一番深く関わったので、消えるまでは時間がかかるかもしれません。それでも、明日には全て……」
明日……そっか。
声がかかって、シフトは宇宙船に乗り込もうとする。俺は左腕からリングをはずしてその背中に呼びかけた。
「これ、返すよ!」
「……それは私にはもう必要のない物だ。ソーヤが持っていてくれ」
一瞬だけ金の目を光らせるシフト。そうだったな……。
「あのさ、最後に聞いていいか?どうして俺だったんだ?」
「……え」
……え?なんだ、えって。
「まさか……」
「た、たまたま最初に触れたので。しかも、踏まれて」
あ……あはは……悪かったな。
「それでつい……声をかけてしまったのだ」
ホントかよ。ちょいショックだぜ。
「すまない。それでは私は行く!」
「おい、逃げるなよ!」
さすがにこんなぐだぐだで終われるかよ!
「シフト!!」
駆けだそうとしたシフトが立ち止まった。
「出会ってくれて、ありがとな。それからこれ……」
俺は懐から赤いお守りを取り出した。いやぁ、偶然入っててよかったなぁ。
「これは?」
「お守り。リングの代わりにやるよ。……事故すんなよ」
ちょっと首をかしげていたが、シフトは受け取ってくれた。
「ソーヤ。私も出会えてよかった。ありがとう」
「……うん」
シフトの姿が離れていく。宇宙船の中へと消える。間をおいて、その宇宙船も動き出し、高く高く空へ上がっていく。
その銀色が夏の空に吸い込まれるまで、俺は一人それを眺めていた。
晴天だな。空の青とわずかな雲の白しかない。
やがて俺はグランドを立ち去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます