第三章 仲間-FELLOW-(1)
「ほーう。これが地球とかいうところか」
宙に浮きながらあたりを見回す。
「ここで決着をつけてやる……」
不敵な笑みを浮かべ、俺は誰にともなくつぶやいた。
「なんだかおもしろい事になりそうだぜ」
***
【第三章 仲間 -FELLOW-】
「傷つき、死にゆくもの……それが戦争です。それは王子もわかっているはずです。今はそっとしておきましょう」
しばらく動けないでいたシフトの姿と、静かに語るソルカンさんの言葉が脳裏に浮かぶ。
悲しいよな。くやしいよな。どう、思ってるんだろう。
シフトは仇を討つつもりで地球を守るって言ったのかな。
どう……思ってるんだろう。
ふと目が覚めて時計を見ると、七時五十分を指していた。
ワンテンポ遅れて血の気が引く。断末魔のような叫び声をあげて俺は過去最速記録で制服に着替えると部屋を飛び出した。
「なんで起こしてくれなかったんだよ!!」
今からならぎりぎり間に合う!階段を下りた先にいた母さんに文句を言いながら玄関に駆け込みスニーカーに足を突っ込む。
「は……?創也、今日は祭日よ」
「……へ?」
「今日は海の日でしょ」
あ、そか。一気に気が抜ける。戦意喪失とかいうやつだ。
「あんた疲れてそうだったから寝かせておいたのに。ばかねぇ……」
ばかにされた怒りより、遅刻すると思っていた焦りが勝った。あぁ……びっくりした。こわかった……。
“ソーヤの母上は優しいな”
部屋に戻ると、始終様子を聞いていたシフトがそう言った。
やっと口を開いてくれた。その機を逃すまいと俺は話を続ける。
「シフトの母さんはどうなんだ?」
「私の母上も……とても優しかった。あの優しく金色に輝く瞳が好きでした。でも、かわいそうな人でもありました」
過去形……?リングから映し出されるシフトはどこか遠くを見ているようだった。
「母には家庭がありました。夫と子供、三人で暮らしていたそうです。ある時、父に見初められほぼ無理やりに王妃になったようです」
やがてシフトが生まれて、その人は帰るに帰れなくなったとか。
「二人だけの時、母はよくこう言いました」
『私にはもう一つの家族があるの。でも陛下は会わせてくださらない。だからそっと抜け出してしまう事もあるかもしれないけれど、その時は誰にも言わないで……お願いよ』
「幼かった当時の私にはよく意味がわからなかった。けれどある日、母上の姿が見当たらなくなって、翌日になってから父上が、私の妃は亡くなったと言ったのです」
え……なんか俺、余計に悲しい事思い出させてんじゃん。
「今では亡きリメイル王妃の話はほとんど聞きません。私もしばらくぶりに語りました。あなたに話せて、少し……すっきりする事ができました」
そ、そう……それならいいんだけど……。
せっかく休日だから、シフトの国についてちょっと聞いてみる事にした。
王直属のミレイ団。特別強いやつらがいる。別名「特殊部隊」とも呼ばれているらしい。他にも軍勢があるらしいが、よっぽどこの地球が欲しいのか、初っ端からミレイ団を出してくるのは珍しいって。
金の目とかいうのも聞いてみた。特殊体質でキィ・リングなしで自己治癒してしまうんだと。普通の金色の目とは違って感情が高まった時に光る眼。国内に数名いるらしい。
「噂によると風変わりな隊長が金の目を持っているとか」
「風変わりな……?」
「はい。その男はダント・リューヴといって隊長の位だけを持っているのです」
どういう意味だそれ。
「ダントという男は王に隊長として抜擢されたものの、自分は指揮は苦手だから、と隊員をもらわなかったそうです。王は実力を知っていたのでせめて位だけでも、と。それで今は隊無き隊長をしているのです」
なんだか変な奴もいるんだな。
翌日になって学校で、それも授業中に、シフトが俺にしか聞こえないように話しかけてきた。
“ソーヤ、何か来る……”
参ったな……ここは腹痛偽装してトイレに行くフリでもしますか。
人が見当たらない場所を選んで窓の外へ文字通り飛び出す。
シフトの声に従ってある建物の屋上へたどり着くと、やつが、いた。
他の隊長クラスと同じ格好をした黒髪の男。
「……ずいぶんとまぁ……チビだな」
はぁ?初対面でいきなり何を言うこの男。
「おまえ何者だよ!」
「その前におまえから名乗れ」
上から目線が気に食わないが渋々名前を言う。
「ほーう……ナグラ?俺は、とりあえず隊無き隊長なんざをしてるダント・リューヴっていう」
ダント!?ダントってあの「金の目」を持つとかいう……!?
癖のある髪を肩あたりまで伸ばし、金色に光る目でじろじろ見てくる。
“やはりそうだったか。なぜこんな所にいる?”
「ちょっと見物にね。おもしろそうだったからさ……!」
変なやつだ。
「で?隊は持ってない。危害を与えるつもりはもっとない。そんな俺に王子こそなにか御用で?」
“いや、敵が来たのかと思ったのだ”
「お互い戦いたくないならさっさと立ち去りますか。じゃあな」
そう言ってダントはあっさり背を向けて飛び去って行った。
休憩時間に入ったどさくさで教室に戻ると、明宏が声をかけてきた。
何か隠し事してるんじゃないかと、最近変だと、あの落とし物の件から何も話してくれないって。
そりゃ、あんな事……簡単に口に出せるわけがないじゃないか。あんなふうに剣を振り回して、宇宙人たちと戦ってるなんて。
俺は適当にごまかしてその場を去った。
「修行……ですと?」
ランジ団の副団長、ユヒザさんに唐突なお願いをしてしまった。
今のままだとシフトに頼ってばかりで何もできない。
「い……いい心がけでございます!ソーヤどの!!いいですとも。俺なんかでよろしければ!」
感動をあらわに全力で俺の手をとりぶんぶんと握手する。
やっぱり感情表現激しい人だなぁ……。でも、嫌じゃないよ。
ユヒザさんの指導は厳しかったけど、俺は諦めずついていった。
ようやく待ちに待った夏休み!
明ちゃんと一緒に帰ろうとすると雨が降ってきた。傘を並べて道を歩いていると……待て、うそだろ……?目の前に敵の姿があった。
「明宏!逃げるぞ!」
相手は剣を構え、突然の事で動けない明宏めがけて走り出した。
くっそ……こんなんじゃもう……!
俺はシフトの力を借りて敵を薙ぎ払った。後から来た二人の敵も同様に。
「創……也……?」
振り返るのがこわい。でももうどうしようもない。
「明……宏」
剣をひっさげ、返り血を浴びた俺の姿を見て、明宏は声をあげて走り逃げた。
当たり前だ。誰だってこんなの見たら怖いし逃げたくなる。それも、知ってる人間がやったことならなおさら。
“ソーヤ、よかったのか……?”
「いーわけねぇじゃん。仕方なかったけど」
大粒の雨が頭を、頬を、体を濡らしてく。
「さぁ、帰ったら修行、修行!」
“ソーヤ……”
「これだから夏休みは忙しいんだよ」
ははっと乾いた笑いだったはずの声は、なぜか湿っていた。
夏休みのほとんどはランジ団の元ですごした。この仮駐屯地の原っぱはキィ・リングの効果で他の人には見えないらしい。つくづく便利なアイテムだ。
ラディーと、チビ!だの、ボサボサ頭!だのと言い合いをしたり、ユヒザさんと稽古したり。案外楽しくやってたりした。
ユヒザさんには双子の弟がいるらしい。その人も俺のように修行してほしいって言ってきたんだって。今では城の兵士。ユヒザさんは自慢げに語った。
それから四日後、レーニア率いる軍勢がやってきた。俺はランジ団と、生き残ったビスズ隊と共にレーニア隊に挑んだ。
特に俺……というか俺を操作するシフトとレーニアの空中戦は壮絶なるものだった。
激しい戦闘の中シフトが押されて、地面に叩き付けられたところで事は起きた。
とどめを刺そうとレーニアが武器を振りかぶった瞬間、俺の目の前にはユヒザさんがいた。肩がみるみるうちに赤く染まっていく。
どうしよう。シフトは疲れてるしソルカンさんや他のみんなだって精一杯で……。じゃあ、俺が?今動けるのは俺だけ。俺が……俺がユヒザさんを助けなきゃ……!
「ソーヤどの!?逃げてください!」
「いえ……俺も戦います!」
「あらまぁ。まだやるの?人間さん」
二人は攻防しながら俺に声をかけた。
「無茶です!ソーヤどの!ここは俺一人で……」
「そんな事言っていいのかしら。あなたのリング、もう回復能力がないみたいだけど」
え!?よく見ると肩の傷はふさがるどころかひどくなっていた。リングには能力の限界がある……力が切れたら新しい物に交換しなければならない……シフトから聞いた事だった。
「俺は王子とソーヤどのを守る……そう決めたのだ」
そうして二人は再び剣戟を始める。どんどんユヒザさんの動きが鈍くなる。俺は……見ている事しかできなかった。
“……ソーヤ?ユヒザは……?ソーヤ……”
気が付いたシフトの声がリングから聞こえても返事が出来なかった。
目の前で、大柄の男が斬り伏せられた瞬間だった。
ユヒザさんの名を叫ぶシフト。高笑いするレーニア。
「あははっ!みんな弱いわねぇ……!」
「レーニアぁぁぁぁぁっ!!」
俺は剣を握りしめ駆け出した。
ユヒザさんは俺のために……でも俺は何もできなかった……!!
俺、足手まといじゃないか。戦ってるのはほとんどシフトだ。一人じゃ、何も守ることもできない!
“落ち着けソーヤ!そんなのではレーニアを倒せない!”
がむしゃらに突っ込んでは吹っ飛ばされる俺に、シフトが冷静になれと語りかけてくる。
その時、ある言葉が脳裏に浮かんできた。
「ソーヤどの。どうしても勝てないと思ったら、キィ・リングを壊してください。そうすると相手は回復能力を失うので慌てます。そこをずばっと!」
ちょっとずるいような気もするけど。稽古をつけてくれるユヒザさんに俺はそう言った。
「しかしそうしなければ生き延びれない……あぁ、なんて悲しい運命っ」
震えながら語るその言葉を胸に抱いて、俺はもう一度レーニアに向かって駆けた。
ユヒザさん……ありがとうございます。それに、ごめんなさい。
俺、レーニアを倒します!
レーニアの左腕のリングを破壊して、最後の一太刀を浴びせる。
「後は……頼んだわよ、ヴァンル……」
事切れる瞬間そうつぶやいた。
地球上の生命体ではないその体は、塵と化して夜風に流れていった。
歓声が上がる。
……倒した?
みんなが周りで喜ぶ中、俺は茫然としたままその様子を眺めていた。
「ソーヤどの!よく頑張りましたね!ご無事ですか?!」
ソルカンさんが駆け寄って来る。
「ソーヤ……本当によくやった……!よく一人でレーニアを倒せた!」
俺をたたえるシフトの声。
レーニアを倒せた。
でも、もうユヒザさんには会えないんだ……
流れるものもそのままにし、俺はただただ立ちすくんだ。
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