第二章 戦闘-STRUGGLE-

 夜の上空で、風を敵共々斬り付ける。

 返り血を浴びたパジャマが不気味だ。

 敵は次々と現れる。

「だいたい、なんでこんな時間にくるんだ!」

 今何時だと思ってるんだよ!日曜日の十一時過ぎだぞ!

 明日学校あるんだかんな!!

“仕方ありません。地球を守るためです”

「あぁ、地球のために俺の睡眠時間は減っていくのね……」

 なんて悲しいウンメイなの……




 【第二章 戦闘 -STRUGGLE-】




 俺の名前は名倉創也!今日十六歳になったばかりの高校一年生♪

 なんでこんなにテンション高いかって?

 この二日間、変なやつらビスズたちが姿を現さないからさ☆

 ホント、あの日以来何も起きてない。……シフトはいるけど。嵐の前の静けさってやつ?


 ……なんて、能天気になってた俺だけど、家に帰るなりシフトから敵報告。やっぱりか。

 無理やり向かわされると、そこには剣を女の人に突きつける男の姿が。

「何者だ!」

『私はここを守る者だ』

 あーあシフト……また俺の体で勝手なことを。

 戦闘の合間に女の人は逃げてくれたみたいだ。よかった。……悲鳴上げてたけど。

 圧倒的な剣さばきで、シフトに乗り移られた俺は男の喉元に切っ先を向けていた。

『ミレイのビスズはいつここに来る?』

「ふん……誰が敵に教えるか。だいたい、俺は聞かされてねぇよ」

『ならば帰って伝えろ。次に来た時はこの私……シフト・ジュリーが相手だ、と』

「シフト殿下……!?」

 あ、よかった。なんか戦わずに済むみたい。……ん?なんであいつ俺の事ぼーっと見てんだ?

「俺は目が悪くなったのか?あんなチビが殿下に見えるなんて」

 誰がチビだ!!まぁ高い方ではないけどな!!

「やっぱ戦ウ!!」

“無駄な戦いはしない方がいいぞ、ソーヤ”

 話がまとまると(?)やつは去って行った。

 逃がしてよかったのか?と聞くと、無駄な戦いをしたくないだけだ、って。

 ……そうだよな。よく考えれば自分の国の兵士だし。


 そんなこんなで土曜日。なんか嫌な予感がしてた。何かが来るような。

 と思ったそばからシフトの声が。

 でもまぁ、ただの杞憂だったんだけどな。

 シフトの指示した場所にたどり着くと、大勢の男たちがリングから映し出されるシフトを歓迎した。

「王子……よくぞご無事で……!!」

「この日をどれほど待ちわびた事か……」

 先頭で出迎えたのは、細身で肩まである金髪を一本結びにした男と、大柄で黒髪の……ちょっと瞳が潤んでいる男だ。

「おまえたちも……よく来てくれた……」

 再会の嵐に一人取り残される俺。気づいたシフトがようやく説明してくれた。

 この団体はシフト直属のランジ団。唯一の仲間らしい。

 俺が何者なのか気になった金髪の男に、シフトは

「地球上で唯一の仲間だ」

 と説明した。

 た……確かにそうかもしれないけど。なんか……改めて言われると……うん。なんだろな、これ。

「そうでしたか。王子は一人ではなかったのですね……。名は何と?」

「創也…名倉創也」

「ソーヤどの……か。はぁぁ……いい名ですな」

 この大男、なんだかやたらと感動する人だな。微妙に震えてるし。

「私はランジ団の団長、ソルカンと申します」

「俺は副団長のユヒザです」

 金髪の人がソルカンさんで、おっきい人がユヒザさんね。わかった。

 この人たちと一緒に戦う事になるのか……って!なんで戦う事に納得してんだよ俺!戦いたいわけじゃないのに……


 帰りがけ、俺は気になっていた事を聞いてみた。

「あのビスズってやつ、ホントに敵か?」

「……なぜ、そう思う?」

 俺はビスズがさびしそうな顔をしていた事、ランジ団と別れる時、シフトとユヒザさんの会話を聞いていた事を話した。

 ユヒザさんはビスズが国王側から戻らない事を知って、シフトの代わりに悲しんでいるように見えたんだ。

「教えてくれないか?みんな知ってるのに俺だけ知らないみたいで……」

「ソーヤ。だが……」

「だめなのか?俺はおまえの仲間だ。シフトだってそう言ってくれたろ?地球上で唯一の仲間だって」

 だから理解したい。どんな事があったのか知って……そして、

「一緒に戦おう。約束する」

 不思議だな。戦いたくないはずなのに。こいつが苦しそうな顔してると……少しでも分け合いたいと思った。なんの見返りもないはずなのに、この地球のために戦おうとしてくれる、こいつのために。

 シフトは頷いて、部屋に戻るとビスズとの出会いを語り始めた。




***




 私がビスズに出会ったのは七歳の頃。

 父からそろそろ剣術を学ぶようにと言われた事から始まった。

 稽古をつけてくれたのは当時二十歳になったばかりのビスズ。

 噂によると、人を寄せ付けず、冷たい者らしい。

 大振りの剣を持ち、長い鉢巻きをしている。

 寡黙で威圧的な瞳は、幼い私から見ても恐ろしかった。

 はっきり言うとあの頃のビスズは、教えるのが下手だった。

 私は度々稽古から逃げ出したい衝動に駆られた。

 そんなある日、私が珍しく一撃を与える事に成功し、喜びながら振り返ると、その場でうずくまっているビスズがいた。

 ぞっとした私は木刀を放り投げて駆け寄った。

 今思えばあれは罠だったのだろう。私が近づいたら反撃するつもりで怪我をしたふりをしたのだ。

 だが、その目論見はあっけなく崩れた。

 私が直前でつまずいて、異変を感じ取り振り返ったビスズの胸に飛び込んでしまったのだ。

 怒られると思った私はとっさに「ごめんなさい」と言った。

 するとビスズは肩を震わせ、なんと笑い出したのだ。

「ははは。王子、敵を倒してごめんなさいとは……」

「ビスズ……?」

 緊張の糸が切れたのか、つられて私も笑った。

 なんだか安心してしまった。この人もこんな風に笑う事ができるのだと。

 幼い子供、それも自国の王子ということで扱いに悩んでいたのだろう。

 その時からビスズは少しずつ変わっていった。

 ビスズの評判は次第によくなっていき、やがては「大剣のビスズ」と呼ばれるようになっていた。


 私が十ニになる頃、ビスズは新しい団の隊長として抜擢された。

 代わりに他の者が私と稽古をしたが、誰一人相手にならなかった。

 だが、十五の時に父が連れて来た者だけは違った。異質だった。

 その者は団に入ったばかりで隊長に抜擢された。それも今の私と同じ、十九歳という若さだった。

 その男の名は、ヴァンル・リヴァル。

 小柄なわりに、自分の身長より長い槍を軽々と扱う。その槍に勝る者はいない。誰にも傷をつけられた事はないと聞いた。

 噂は本当で、私はヴァンルに全く歯が立たなかった。

 だが、何度目かの稽古の時、偶然だったが私はヴァンルに小さな傷をつけた。

「ぼくに……傷をつけたね……?」

 体中に悪寒がはしった。

 金色の瞳が私を縛り付けていた。




***




「あの時、誰かが止めに入ってくれなければ……私は殺されていたかもしれない」

 傷一つで!?物騒なやつだな……

 シフトの話を聞いた俺は、そのヴァンルってやつといずれ戦う事になるのか……なんて考えてぞっとした。

「その前にビスズを倒さなければいけない」

 あ……。そうか……。

 いいのか?と聞くと、仕方のない事だと答えながらシフトはリングの中に姿を消した。

 シフトとビスズは師弟関係みたいなものだったんだ。次に会う時は本気で戦う事になる。でもそれで本当にいいのかよ。

 それに、もしかしてあの時シフトを助けた人って……


 日曜日の夜十時半。明日からまた学校かぁ…めんどくせぇ…なんてベットで転がりながらぼやいてるとシフトが大声で俺の名を呼んだ。

“きた”

「は?」

“だから、き、た”

 説明してる暇はないとばかりに俺の腕にはまるリング。勝手に開く窓。夜の空に飛び込む俺の体。

 えぇぇぇぇぇ!!だから勝手に動かすなってぇぇ!!

 よりによって日曜日…明日学校…ぶつくさ文句を言う俺に

“不満はビスズに言ってくれ”

 って冷静に答えるシフト。……待って、ビスズ?

 うわぁどうしようと慌てると、リングの中からシフトが姿を現した。

「ソーヤ。あなたは一緒に戦ってくれると言ってくれました」

「え、うん……」

「私はその言葉を信じたいのです。共に戦ってくれるあなたを、信じたい」

 そうだよな。おまえを信じられなかったら戦えるわけないもんな。

「俺も、おまえを信じるよ。……ど、どうせしばらくの間戦っていかないといけないからなっ」

「ソーヤ……。ありがとう」


 ランジ団の集合場所に到着すると、ソルカンさんとユヒザさんが出迎えた。

 敵が見えて来たとの報告に、シフトが指揮を執る。

 俺はその指示にぼーっと見入る事しかできなかった。

 これから始まるんだ。最初の戦いが。

 シフトはまだ戦い慣れない俺に取り付いて、残りの軍勢を従える。

 これが戦争ってやつか……。あ、てか俺パジャマじゃんかっこ悪……


 兵士たちのぶつかり合いの頭上で、俺は単騎ビスズを探し空を駆ける。時たま現れる敵を斬り進みながら。

 ……だいたい、なんで飛べるんだろうな。

『キィ・リングの効果です。軍人はみな持っています』

 俺の疑問を感じ取ったシフトが俺の声でそう言う。他にも色んな機能があるんだと。便利だねぇ。

 そんなこんなで十一時を過ぎていた。明日筋肉痛だよこれ。

 地上に降り立って、俺は改めてシフトに聞いた。本当にいいのかと。

「よく、わからなのですが……今のビスズは私の知るビスズではない。そんな気がするのです」

 王の命令に従い、さらなる栄誉を得る。シフトと出会う前に戻ってしまったかのようだ、って。シフトはもう決意してるみたいだった。

 俺は何ができる?俺、まだ何もしてないのに。シフトやみんなは頑張ってるのに。俺だけが何もできないのか?

 体を貸してほしいと言うシフト。承諾すると、謝罪と感謝の言葉が返ってきた。

「いつもあなたのおかげで私は戦う事ができる」

 俺も一応、役に立ってるって事なのかな?……ま、そーゆー事にしておきますか。

 不意に前方から草を踏み分ける足音が聞こえた。ビスズだ。暗がりでも燃えるような赤い髪が見て取れる。

 開口一番、ビスズは兵士同士の戦いをやめようと提案した。自分たちの一騎打ちで勝敗を決めようと。国民同士での傷つけ合いを止めたかったんだ。シフトもそれに賛同した。

 その伝令役として、ラディーと呼ばれて出てきた男……なんとなーく見覚えがあるボサボサ頭……。あっ!あいつ、いつぞや俺をチビ呼ばわりしたやつじゃんか!!

 いがみ合う俺たちをいさめたビスズがボサボサ頭……ラディーに伝令を伝える。

 王子が負ければ地球は支配される。勝てば次の隊長が軍勢を連れてやって来る。

 ラディーがその場から離れると、ビスズが大剣を構えた。

「では……始めましょうか。いつものように」

 その顔は、かすかに笑みすら浮かべていた。




◆◆◆




 伝令を聞きつけた私は大声で仲間たちに知らせた。

 それが広まっていくと、戦場の中心で大立ち回りをしていたユヒザが剣を取り落とした。

「一騎打ちぃ……?」

 周囲にいた敵は命拾いしたとばかりにそそくさと立ち去った。

 ユヒザの腕力と技量はあなどれない。それは兵士なら誰もが知っていたし、無論私が一番わかっていた。だから被害が大きくなる前に伝令が飛んできて助かったのだ。

「お、おかわいそうにぃぃぃ!!」

 彼の感情表現の豊かさには毎度苦笑を禁じ得ない。当の本人より悲しんでしまう事も、私は昔から知っていた。

「あぁ、なんて悲しい運命……!!」

 だから、そういう時は私が落ち着かせてやらねばならない。団長として副官を……と言うよりは、ソルカンとして長年の友をなだめるために、私はユヒザの方へ足を進めた。




***




『ビスズ、弱くなったな……?』

「王子……ご冗談を。それは王子がお強くなられただけでしょう」

『いや、違う。違うんだビスズ。、弱くなったんだ』

 なぜだ。なぜ変わってしまったんだ。なぜあんな王に従え続けているんだ。そう問う私にビスズは冷静に答える。

「命令だからです。どんな王でも主君は主君。王に仕える身であれば従うのは当然です」

 それでもなにかが違う。はっきりとはわからなかったが、あの頃とはなにかが変わってしまっている。

『私の知るビスズは、そんな者ではない!』

「王子。この地球を我らの物にすれば我々は生き延びることができるのですよ?王子はご自分の生より……守るべき民よりも地球を選ぶのですか?」

 私は……私は地球を守りたい。宇宙の中で光る青い宝石を。

 ただ、それだけだった。確かに国民は守りたい。しかし他にも方法はあるのではないか?

 ビスズの口から、守るべき……など、初めて聞いたように思える。彼にも守りたい人がいる……人ができた、という事なのか……?




***




「シフトはさ、地球を守りたいだけなんだよ」

 地球を青い宝石のように思ってくれる事。生きるために支配しようとしてるけど、そこには俺みたいに生きるために暮してるやつがいるって事。俺は黙ったシフトの代わりにまくしたてた。

「簡単に渡してやれるほど地球は安モンじゃ、ない!!」

 突然の事に拍子抜かれたのか、一つ咳払いをしてシフトが続ける。

“地球以外にもきっと住める星があるはずだ。ここはやめよう。ここには生きている者たちがいる。みなで引き返そう”

「王子、わかっているはずです。王は引き返す気など全くないと」

“だったら、私と共に戦おう。おまえの隊がいればきっと守り抜く事ができる”

 なんて無茶な事言い始めるんだこいつ。いきなり無理だろ、そんなの。

“おまえの守りたいもの……私にも守らせてくれ”

 ビスズが目を見開いた。

“おまえの力が必要なんだ”

 何を感じ取ったのか、ビスズはその場に跪いた。

「……俺みたいなやつでもいいのなら。王子に従いましょう」

 え?いいの?展開が早すぎてよくわからないけど……

「シフト、これは仲間になったってこ……」

“ビスズ!!”

 俺の声とシフトの叫びが重なる。

 いつの間にかビスズの背後に人影が立っていた。どうやら女みたいだ。

 その女が持つ武器が、ビスズの体を貫いていた。

“レーニア!?”

「レーニア……だと……?なぜここに」

 息も絶え絶えに、後ろを振り向く事さえできずに、ビスズが呻くように言った。

「ちょっとねぇ……偵察に来てたのよ。そしたら偶然!敵をみつけちゃってね。しかもその敵ったら仲間を取っていっちゃったのよ。びっくりしたわ~」

 朗らかに話すレーニア。なんなんだよこいつ……不気味だ。俺が動けないでいると笑顔のまま武器を引き抜いた。

 後ろが騒がしい。ビスズの隊やランジ団が駆け付けて来たんだ。

「た、隊長!!」

「ビスズどの……!」

 レーニアは笑みをたたえたまま、冷たい瞳で地に転がったビスズを見下ろす。

「大剣のビスズも落ちぶれたものね。じゃあ私はこれで失礼するわ。人間さん、次会う時は戦いましょうね」

 長い黒髪を払ってレーニアは優雅に姿を消した。

「ビスズ!ビスズ!!」

 リングから現れたシフトが叫んだ。

 傷の深さにキィ・リングの治癒能力が追い付いていないようだった。

「王子の……言う通りだった。この俺が背後を取られるなど……」

 いつの間にか生き延びる事だけを考えていた。大切なものが生きていればそれでいいと。途切れ途切れにビスズは言う。

「俺は、あなたに会うとこができて、よかった。あなたはあの頃と変わりなく、真っすぐだった。それがわかっただけでも、よかった……」

 決めたからには守ってください。最後まで守り抜いてください。この地球を。

 それが、最期の言葉になった。




 第二章 Fin

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