第41話 ぬいぐるみショー上演
倉庫が完全に闇に閉ざされる。
「またふざけたことをしやがって、なんなんだ!」
鮫島とほかの二人が、次々起こる予想外のことに頭がついていけず、パニックになったような声を発する。
「うろたえるんじゃねぇ」
親分の一喝で、三人の動きがピタリと止まる、それと同時に親分を囲むようにして三人は一斉に銃を構えて身構えた。
親分の顔も険しさが増す。
すぐに敵の襲撃があると思っていたが、しかしそのまま何も起きない。
暗闇に徐々に目が慣れてきたが、それでもいつまでも姿を見せない相手に緊張が高まる。
チリン
チリン
緊張が最高潮に達しようとした時、突然鈴の音が聞こえた。
血走った目で、音のなるほうに一斉に銃を構える。
闇の中でぼんやりと何かが動く気配がした。
チリン
チリン
「出て来い!」
「ふざけるな!」
部下二人が、耐え切れなくなったように闇に向かって声をあげる。
その言葉が合図になったかのように、突然ガタンと大きな音がした。ビクリと体を震わす三人。だが再び静けさが戻る。どうやら倉庫の奥に積み上げられている段ボールの一つが転がり落ちようだ。
三人の銃をもつ指に力がはいる。
「………」
背中を冷たい汗が伝った。
銃を構えたままで腕がしびれただけなのか、それともなにか違う要因か、三人の銃を持つ腕が微かに震える。
親分は腕を組んだまま神経をとがらせているようだった。
数分が闇の中では永遠にも思えた。
意を決したように鮫島が親分を連れて入って来た扉の方に再び走り寄る。そしてそのまますばやく扉の淵まで駆け寄る。
鮫島にならって、他の二人も親分を守るように背にしながら後に続く。
耳を澄ますが動くものの気配や、息継ぎさえも聞こえてこない。この静寂は、得体のしれない恐怖心を深めた。
再び扉が開くか試してみるが、やはり外から何かつっかえ棒みたいなもので閉じられているのか扉はビクともしなかった。
鮫島が暗闇の中で合図を送る。
確かこの倉庫には非常口があったはずだった。きっと布で隠されているのだろう、今はその光が見えないが、確か入り口からちょうど反対側と、右の階段の上にあったはずだった。
窓に暗幕をかけてるところからすうに、二階にはまあまあの人数が揃っているに違いない、ならば、奥の非常口に走るしかないか、それでもきっとそこも固められているだろうが、非常口はドアノブさえ壊せば出れる可能性がある。
「わっ!」
そのとき、子分の一人が声を上げた。
誰もいないと思われた闇の先、いや正確には下というべきか、だんだん暗闇に慣れてきた目に、ぼんやりと何かの影がうごめいているのが分かった。しかしそれは人間の視線よりはるか下、もし相手が人間ならば、ほとんど床にはいつくばっている状態だっただろう。
そしてそれは大きさ的にも、厚み的にも、人間のそれとは違っていた。
思わず情けない声を上げてしまった子分が、そのうごめいている者たちの先を見るどうやら先ほど倒れた段ボールの中からそれらは這い出てきたようだった。
自分たちが麻薬を運ぶのに使っている、ぬいぐるみが詰められた段ボールから。
チリン
チリン
何処からともなく再び鳴り響いた鈴の音に。待っていたかのようにいままで床を這っていた何かがむくりとその体を起こした気配がした。
チリン
チリン
だんだん暗闇に目が慣れてくる。
段ボールの上に、ぼんやりと白い影が浮かび上がる。それが先ほどの緑色の目をしたエリザベーラだということはなんとなく分かった。そしてその手に持つのは金色の小さな鈴。この音はそこから響いているようだった。
チリン
チリン
むくりと起き上がった者の顔が一斉に、四人に向けられる。
真っ赤な赤いボタンの目をつけたウサギのぬいぐるみたちが、闇の中で四人をじっと見据えている。
チリン
チリン
「うわー!」
バン! バン! バン!
声にならない言葉を発したまま、横にいた子分が発砲する。
「やたらに撃つんじゃねぇ!」
「でも、ぬいぐるみがっ!」
それが合図のように一斉にウサギのぬいぐるみが四人に襲い掛かる。
銃を撃った子分にウサギのぬいぐるみが次々飛びかかる、はがしてもはがしても、ぬいぐるみは次々段ボールから這い出てくるようだった。
とうとうぬいぐるみにたかられていた子分の一人がどさりと倒れた。そしてウサギのぬいぐるみに埋もれて見えなくなった。
「うぅ」
恐怖のあまり、もう一人の子分が段ボールの山に向けて発砲する。
「馬鹿やろう、弾を無駄にするんじゃない。どこかでこれを操ってる奴がいるはずだ」
足元のウサギのぬいぐるみを蹴り飛ばしながら叫ぶ。
「どこのどいつか知らねえが。ぬいぐるみ使って、人を馬鹿にするのもいいかげんしろ!」
怒声はしかし虚しく倉庫に響くだけ。
「こんな子供だまし!」
こちらの様子を見ているとすれば、やはり初めの緑の瞳のウサギのぬいぐるみ。
「エリザベーラ!」
段ボールの上で鈴を鳴らしているエリザベーラに狙いを定める。
しかし鮫島の引き金を引く指が次の瞬間恐怖で凍り付いた。
段ボールにはところどころ穴があいていて、そこからまるで助けを求めるように沢山のウサギの手足が飛び出し動いているのが見えた。
何も動いていない穴の先には、色とりどりのボタンの瞳がじっとこっちを見ている。
鮫島には慣れ親しんだ視線だった。怒りと憎悪、でもいつもはそれらは自分がいたぶってきた人間からおくられるものだった、しかい今回それはぬいぐるみたちから向けられていることをはっきりと肌で感じた。
チリン
チリン
いつの間に移動してきたのか、エリザベーラが三人の足元に立っていた。
その不気味さに、思わず鮫島だけでなく親分も一歩後ずさった。
鈴持った手を振る。
チリン
チリン
小さな鈴の音が倉庫の中で鳴り響く。
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