第42話 ぬいぐるみショー閉幕
エリザベーラ口がニヤリと笑った気がした。
あまりの光景に残っていたもう一人の子分もとうとう腰を抜かしその場にへたり込んだ。
起き上がろうとしたが足に力がはいらない。
もしこの場が日のさんさんと降り注ぐ太陽の下だったなら、ダンボール箱でなく宝石をちりばめた宝箱だったなら、ぴょんと飛び出てきたのが一匹のウサギのぬいぐるみだったなら、きっとここは楽しくてかわいらしいメルヘンの世界だったに違いない。
しかし今目の前に広がる光景は、まるで地の底から這いだし、自分たちを深い闇に連れて行こうかとするように、這いつくばりながら手を伸ばしてくるウサギのぬいぐるみの群れ。
悪夢のような光景に、三人は言葉を失ってただそれを凝視した。
「近づくんじゃない」
ほとんど半狂乱になって悲鳴をあげながら、腰をぬかしていた子分がエリザベーラに向かって続けざまに発砲する。
だがまるで草原を跳ねるように、エリザベーラはピョンピョンと飛び回り弾丸をよけた。
すでに数えきれないほど膨れ上がっていたウサギのぬいぐるみに、ぐるりと周りを取り囲まれている。その憎悪に燃えたボタンの瞳は、闇の中だというのにまるでそこだけ燃えているように光を放って見えた。
「ヒィ!」
弾が切れたのか銃をエリザベーラに向かって投げつけると、ぬいぐるみの中を走り抜けようと考えたのか、腰を抜かしていた子分がよろめきながら立ち上がり走り出す。しかしエリザベーラが鈴を鳴らすと、一瞬で、その子分もウサギのぬいぐるみの山に埋もれて動かなくなってしまった。
あの鈴がリモコンなのか?
もうそんな次元では説明できない状況だったが、他にどうこの現実を説明できるというのだろうか?
鮫島もなにが起きているか理解はできなかったが、ただ子分二人がやられたことだけはわかった。
「くそ、操っているやついるんだろ! 出て来い!」
ドスの聞いた声で脅す。
そんなことをいって出てくるお人よしの世界で生きてこなかったくせに。
「鮫島、あれはぬいぐるみにやられたわけじゃねぇ」
親分がチラリと倒れている子分の二人を見てそう言った。
鮫島ももう一度じっくり床に転がっている子分を見た。
微かに暗幕からもれる光が、子分の一人に刺さっている何かにきらりと反射する。
「あれはなんです?」
「長い針のようだ」
「くそっ、そういうことか」
鮫島が苦渋に満ちた顔をする。
「麻酔薬かなにか塗ってあるに違いないっ!」
タネがわかればぬいぐるみの群れなのど怖くはない。
どこからか飛んでくるだろう針に神経をとがらしながら、どうにか二階へと続く階段のところまでたどり着いた。
分かったとはいえこの数のぬいぐるみの中を駆け抜ける、奥の非常口に行くより、二階からいったほうが早いと考えたのだ。
それに針を投げている相手も二階にいるに違いない。
きっと相手はこの闇の中でも見えるように暗視ゴーグルかなにかで上から狙っていたのだろう。
階段の手すりを掴んだ瞬間、携帯のフラッシュオンが聞こえた。暗闇に慣れた目が突然の光に逆に闇に閉ざされたような感覚に陥る。
「親分!」
「そこか」
階段の上から襲い掛かって来た何かに向けて、鮫島が一発発砲した。
何かに当たった手ごたえはあった、しかしそれは人を撃ったというより、なにか布団を撃ったようなそんな感触だった。
上に覆いかぶさるように落ちてきたそれを手で払いのける。それは大きなウサギのぬいぐるみだった。
「どこまで人を馬鹿にする気だ」
怒りに唇を震わせながら鮫島が呟いた。そして再び何かが動く気配を感じ振り返る、しかし今度はすぐには撃たなかった。
目に飛び込んできたのは、階段ぎっしりと並んだ沢山のウサギのぬいぐるみ。
鮫島はその異様さに背中につめたい汗が流れるのを感じた。
しかし、ぐっと腹に力をいれると、ウサギたちを恐れることなく凝視するとその一つをむんずとつかんで後ろに投げた。
次のぬいぐるみに手を伸ばそうとしたが、それよりはやくウサギのぬいぐるみたちがいっせいに右手を掲げるた。
一寸の狂いもなくウサギのぬいぐるみたちの腕が振り下ろされる。
シュという風を切る音と共に、何かが鮫島めがけて飛んできた。
いっぺんに何かを投げるようなしぐさをしていたが、本物は一つ。全神経を集中させていた鮫島は、微かな光を放って自分に向かって飛んできたそれを難なくかわした。
親分は懐に隠していた短刀の鞘で、それを受け止めた。
「鮫島、やっぱり針だ」
ウサギのぬいぐるみたちがいっせいに投げつけてくるような動作は錯覚で、本当は裏で誰かがそれにあわせて針を投げているのだ。
親分の冷静な言葉に、鮫島も徐々に落ち着きを取り戻し始める。
どんなにたくさんウサギのぬいぐるみを操れたとしても所詮はぬいぐるみにすぎない。針を投げているのは人間なのだ。
鮫島は目をつぶると周囲の気配を伺った。
どこかにこのウサギたちを操るものと、針を投げる人間が最低二人はいるはずだった。
――ピトッ
鮫島の足に何かがへばり付く感触があった。
ギョッとして足元を見ると、いつ近づいたのか数体のウサギのぬいぐるみが足にへばりついていた。
ただのぬいぐるみだとわかっているが、なにか得体の知れない恐怖が鮫島を襲う。
それに、もしかして爆弾か何か仕組まれていたら。ぬいぐるみごと吹き飛ばす作戦かもしれない。
自分の考えに鮫島は足についたぬいぐるみを引きはがそうと、大きく足を振るが、ぬいぐるみはどういう仕組みなのか全く剥がれない。
次に手を使って引き剥がそうとしたとき屈んだ時首元を何かがかすめた。
足元のウサギのぬいぐるみに気を取られすぎていた。
じんわりと首筋に血がにじむ。毒は塗られてなかったのか、鮫島は意識を失ってないことにほっとする。同時に
「くそ!」
そしてそのままウサギのぬいぐるみを足につけたまま後ろに跳躍する。
「鮫島。糸を切れ!」
同じように足にウサギをつけた親分は、しかしその短刀を宙で一振りするとまるで糸の切れた操り人形のように、足についていたウサギが床に転がった。
リモコンでなく糸?
この大量のウサギのぬいぐるみを操っているというのか?
だが考えている余裕はない。懐から短刀をだすと同じように宙を切る。
しかしウサギはいったいは無力化するが、次から次へと二人に近づいてくる。その間にも針がいやおうなく飛んでくる。
完全に足元のぬいぐるみを無視することも出来ず、針を避けることで精一杯でそれを裏で操作する人を探すことなんて不可能だった。
「きりがねぇ」
その時どうしたわけか暗幕で隠されいたはずの非常口の緑の光がこぼれるのが見えた。
二階はもう行けそうにない。足元には沢山のウサギのぬいぐるみがいるが、糸を切りながら走れば抜けれるかもしれない。
「親分、走ります」
鮫島が親分の手を取ると、かすかな光の方に走った。
どうせ非常口の扉にも細工してあるに違いない、鮫島は走りながら、銃口を扉に向け撃つ。
――パーン! パーン!
二発放つと取っ手がボロリと落ち、少し開いた扉からかすかに外の光が差し込んだ。
「親分、外だ」
扉を蹴り飛ばすように外に飛び出す。
その時目の前に巨大な何かが立ちふさがった。
思わず発砲したが、それがすぐに先ほどと同じ大きなウサギのぬいぐるみであるとわかった。
「何度も同じような手で脅かしやがって」
きっと弾切れを狙っているのだろう。
そう思った時再び大きなぬいぐるみが上から降って来た。
柔らかい感触、今度は銃で撃たずに、腕で払いのける。
そしてそれを払いのけた時見た、いつの間にか目と鼻の先に、真っ赤なボタンの目を付けたウサギの顔があることに。
思わず、息をのむ。その瞬間、フワリとした無重力感が鮫島を襲う。
足が地面から離れたと思った時には、床に背中から打ち付けられていた。
「カハッ!」
よく見ればいままでの大きなぬいぐるみとは明らかに違う、まるで大男でも入っているような。
「着ぐるみか……」
銃を向けようとしたが、次の瞬間には目の前が暗くなった。かすかに首筋にチクリと、針が刺さったような痛みが走ったのを最後に鮫島は気を失った。
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