第三章 ぬいぐるみたちの戦い
第34話 救出作戦会議
「で、これからどうする」
足がしびれている山崎を、どうにか車の中に入れると作戦会議が始まった。
「そうだな、タイミングよく真も”お仕置き人モード”になってくれたし」
”お仕置き人モード”とは、真の怒りが頂点に達したときに従順なメイド服を脱ぎ捨て、人のあらゆるツボをその針で付くことにより、その人を体を自在に操れるようになる恐ろしい特技を発する時の状態らしい。
「ここは一つ乗り込むか」
「いや、警察に……」
「乗り込むって一応相手はそれ専門の人たちですよ、それに中に何人仲間がいるかわからないじゃないですか」
「それは大丈夫、中の様子はハルのクージュニアからわかる」
圭介の発言には誰も耳を貸さず話が進んでいく、そしていつのまにかハルのカバンについているクマのぬいぐるみのキーホルダーは”クージュニア”と命名されたようだった。
「あっ!」
その時アリスが小さく叫んだ。
「どうしたんです?」
「ハルちゃんになにかあったのか?」
「……”クージュニア”が……」
「”クージュニア”が!?」
「ワゴン車の中に置いてかれた」
あぁ、と三人からため息が漏れる。
圭介は少しあきれながら、もう一度先ほどから言っている言葉を伝える。
「警察に連絡しますね」
携帯電話のボタンを押す。が、それを山崎が奪い取る。
「ばかやろう、警察なんかが来てもハルが人質にされるだけだ、今なら奴らは油断してるはずだ」
「でも僕たちに何ができるっていうんです」
いいかげんに、頭に来て言い返す。確かに今なら相手は油断しているかもしれないが、下手に一般市民が手を出して、ハルに何かがあったらそれこそ大変じゃないか。
「圭介、でも警察は今はダメだ」
「どうして?」
「さっきまでの”クージュニア”の話では、どうやらハルはさらにここから移動させられるらしい」
「移動……」
「ただの借金回収でここまでするなどおかしいだろう」
確かにそこは圭介も引っかかっていた。
「理由はまだわからないが、ハルはなにか大きな事件に巻き込まれている、そして今助け出さないと、さらに仲間も増え救出はさらに困難になるだろう」
アリスが圭介の目を真っすぐに見上げながら強い口調で言い切った。
「でも……」
「こんな作戦はどうだ」
圭介が動揺している間に、山崎と真が何やら作戦を練っていたらしい。
そして──
「ぜったい無理ですよ、あまりにありきたりすぎます」
「ありきたりだからこそ真実っぽいんだ」
「でもなんで僕なんですか!」
「まさかこの危険な役を女子にやらせるのか」
アリスの一言に、グッと圭介の言葉が詰まる。
「提案者だから私がしてもいいが、いくらなんでも私はまだ子供だから無理がある」
「じゃあ山崎さんは」
圭介がちらりと隣の山崎を見ながら言った。
「山崎がいったらほかの組の者と間違えられて、いきなり撃たれるかもしれないではないか」
確かにクーちゃんですら勘違いした風貌だ、それはありえる話である。
「それにもとはと言えば、圭介が持ち込んだ事件だぞ」
「でもクーちゃんを返すのはそちらが決めたことで、依頼はすでに解決済みで……」
いいたいことはたくさんあったが、たぶん言ったところで全て却下されるに決まっていた。
圭介は軽い眩暈を覚えた。
「大丈夫、いくらなんでもいきなり撃ったりはしてこないだろう」
「怪しまれないようにやるんだぞ」
「がんばってください」
「とりあえず、こいつを渡すか投げ込んでくればいいだけだから」
ピザの配達員の衣装一式と、本物の配達員から届けられたばかりの熱々のピザと、そして配達員と同じ格好のマスコットのおまけをつけたチラシを押し付けられる。
もちろんこのマスコットは山崎の手作りで、中にはエリザベーラの綿が含まれている。そうすると通信もしやすい上に、マスコットの目を通した映像をアリスは見ることができるようになるらしい。
こういう会社特有マスコットを集めている人や子供にならいいが、果たしてあの手の連中がこれを受け取るかどうか。
「受け取らなかったら、部屋の中が見えるところに吊るしてこい」なんて山崎は無茶な要求までする。
「まあ、最悪ドアについてるポストでもかまわない。とりあえず、中の様子がわかるところに置いてきてくれ」
アリスはまでそんなことを言う。
「アリスちゃんのこの力は発動して一日たつとまた力が溜まるまで数日使えなくなるから、やるなら今しかないんですよ」
真も懇願するように圭介を見る。
「でもこういうのは警察に」
まだ未練がましくそんなことをくちばしる。
「子供が誘拐されているんだぞ」
「下手に通報したのがばれて殺されたらどうする」
確かに、通報されたのがばれてハルがひどい目にあわないとはいいきれないので、圭介もそれいじょうは反発できなかった。
しぶしぶ渡された服に腕をとおす。
「大丈夫、どこからどうみても配達先を間違えた、間抜けな男に見える」
(間抜けって、それはこの場合、励ましになるんだろうか……)
そんなことを思っている間に、圭介は車内から押し出されるように放り出された。
「いっそ本物を送り込んだほうがいいんじゃ」
最後の足掻きで車内に向かって言ってみる。
「一般人を巻き込むわけにはいかないだろ」
最後の抵抗も無駄に終わり、バタンと車のドアは圭介の目の前で閉められた。
「僕も立派な一般人なんですけど……」
その言葉は車内の誰にも届かなかった。たぶん届いたところでこの場合、無視されただろう。
圭介は深いため息と共に、ゆっくりとアパートに向かって歩き出した。
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