第35話 救出作戦開始

 ――ピンポン


「誰だ」

「○×ピザの宅配です」


 しばらくしてガチャリと扉が開く、もちろんチェーンは付けられたままだ。

 そして圭介を上から下までなめるように見てから、「頼んでねぇぞ」と、男は言った。

 角刈りに鋭い目つき、胸元まで開けられたシャツの下からは、まるでドラマのチンピラ役おきまりのアイテムのように金のネックレスがさがっている。


「す、すみません、間違えました」


 ピョンと飛び上がらんばかりに体を強張らしながら頭を下げる。


「あの、お詫びにこれを」


 顔を上げると恐る恐る、マスコット付きのビザのチラシを差し出した。

 一瞬身構えるような構えを見せた男だったが、圭介が差し出したのがチラシだとわかると案外素直に受け取った。

 自分でもわかるくらいびくついた声音と蒼白した顔がその筋の差し金ではなく、本当に住所を間違えて怖い人の家にきてしまった、哀れな配達員だと思わせたのかもしれない。


「失礼しました」


 圭介はそういうとペコリと頭をさげ、脱兎の如くその場を後にした。

 気のせいだと思うが、男の視線がずっと背中に突き刺さっているような気がする。

 アパートから出て角をまがり、ようやく建物が直接視界から見えなくなると、圭介はガクリト膝を曲げてその場に崩れ落ちた。


「渡して来ました」


 まだ震えが止まらない手で車のドアを叩く。

 ドアがさっと開くと、山崎の大きな腕が座り込んでしまった圭介を車内に引きずり込んだ。


「よくがんばったな」

「でかした」

「素敵でした圭介さん」


 口々に圭介の勇姿を褒め称える言葉が投げかけられ、山崎の大きく暖かい手が、ぐしゃりと圭介の頭を撫ぜた。

 その感触に、初めて運動会の駆けっこで一等賞を取り、褒めてくれた父親の手のぬくもりを思い出す。それと同時に安心感が圭介の心を満たしていった。

 しばらく落ち着いてくると、緊張と恐怖感も遠い過去の出来事のように薄らいでいき、代わりにやり遂げた達成感が大きくなっていった。いまさらながら体中が熱い興奮でふつふつと湧き上がる。

 そんな充実感に浸ってひとり感極まっているところに、なにやらいい匂いが漂ってきた。瞬間夢から現実に引き戻される。


「あぁ!」


 見ると圭介をほっといて、小道具に使ったピザを食べている三人の姿があった。


「圭介も早く食べないと、チーズが固くなるぞ」

「腹が減っては戦は出来ぬからな」


 もうほとんど食べつくされたピザを見ながら、さっきまでのいい気分から一転、圭介はなんだかやりきれない虚しさに襲われたのだった。

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