アリスのぬいぐるみ専門店

第33話 必殺仕事人！？

　ハルを尾行していくと、やはり情報どおりアリスと山崎が待機しているタバコ屋の前まできたので、圭介と真は車のフロントガラスを叩き、車内に入れてもらった。

「うん、あの子に間違いない」

　アリスは目の前を通りすぎた少年を見てクーに確認を取る。

「クーちゃんよかったですね」

　真が今まで抱きかかえていたクーちゃんにそう話かける。

　車内の中がほんわかと暖かい気持ちで満たされたような気がした。

　これで長かった悪夢から始まった一連の事件も、本当の意味で終わりを告げるんだ、そう思うと圭介もうれしくなった。

「じゃあ、見失う前に早くいこうぜ」

　ハルはタバコ屋の角を曲がり、通りを挟んだ向かい側の道を歩いていた。

　アリスが車から出ようとしたとき、一台の黒いワゴン車が横を通り過ぎた。ハルも車の気配に道の端に寄る。

「──っ！　山崎、ハルを守れ」

　刹那、クーを握りしめたまま。アリスが急に叫んだ。一瞬ギョッとしたようにアリスを見たが、すぐに何かを察して山崎が走り出す。

　だがその時先ほどのワゴン車がハルの近くで速度を落としていったかと思ったら、急にすごいスピードで走り去った。

　同時に先ほどまで道路脇で車が通りすぎるのを待っていたはずのハルの姿が忽然と消えていた。

「さらわれたのか？」

　ハルの歩いていた道に姿を隠せそうなところは見あたらない。呆然と圭介が呟く。

「山崎！　あの車を追え！」

　そんな圭介を現実に引き戻すように、アリスの指示が飛ぶ。

「圭介、ぼっーとしてないで、車に戻れ」

　戻って来た山崎が車の前に立ったままの圭介の肩を叩く。

「あまり近づくな、今情報を探っている！」

　アリスがクーのお腹に額を押し付けながらブツブツと何かを呟いている。

「よかった、今日からハルのカバンにクマのぬいぐるみのキーホルダーが付いてる」

　なんてタイミングがいいのか、クーちゃんを前のアパートに置いてきたが取りに戻れず落ち込んでいるハルに両親がクーちゃんによく似たクマのぬいぐるみのキーホルダーを昨晩ハルに買ってあげていたのだ。

　緊迫していた社内に一瞬安堵の空気が流れる。

「今クーとそれの意識を繋げたから、このまま私の指示通り車を進めろ」

「あぁ、まかせとけ」

（そんなこともできるのか）と感心しつつ。目の前で起きたことがいまだに信じられず手がジットリと汗ばんだ。

「どうやら、ここがあいつらのアジトみたいだな」

　まるで刑事ドラマにでてくるような古びたアパートの前に、ハルをさらったと思われる車が止められているのを少し遠くから確認する。

　アリスの能力のおかげで、今のところハルは気を失ってはいるが、酷いことはされていないようだということが分かった。

「どうする？　警察を呼んだ方が」

（単なる借金の取り立てで、子供をさらうなどあるのだろうか？　もうこれは完全に犯罪だ。僕たちの手に負える問題じゃない）

　冷静になると圭介は急に怖くなってきた。

「あぁ、あいつらただの借金取りじゃない。やくざだ──」

　アリスが怒気を含んだ声音で呟く。

「あのうちの一人は、クーちゃんを蹴り飛ばした奴だ」

「「クーちゃんを蹴った！」」

　山崎と真が同時に叫ぶ。

「無抵抗なぬいぐるみに、なんてひでぃことを」

「そんなひどい」

「うん、酷いね、でもそれより早く警察に……」

　少しピントがずれている三人の発言に圭介が冷静に提案する。

「さあ、でもどうしたものか」

　アリスもそのきれいな顔に皺を寄せ黙り込む。

「許せませんわ」

　顔を覆っていた真が、いつものほがらかな口調とは打って変わって、まるで骨から冷たくなるような声音でそういった。

　おもわず、真のほうを圭介が振り返った。

　その時いきなり真が自らのトレードマークともいうべき白いエプロンと猫耳を取り払った。

「えぇ、えぇ？」

　当惑する圭介とは別に、アリスと山崎がその行動に喜びにも似た感嘆を上げる。

「真さん……」

　ただひとり状況についていけていない圭介が、たったそれだけのことでまったくイメージが変わってしまった真の名前を恐る恐る呟いた。

　へたにスタイルがよい真が、全身真っ黒な何のデザインもないワンピースを着ているだけで、まるでそれは喪服のように見える。

「エプロンのないマコちゃんも、妖艶で素敵！」

　この状況でのんきに山崎がそんなことを言って、真に駆け寄っていく。

　その動きが急に止まった。

　同時に地面にバタリと倒れる。

「山崎さん？」

「気にするな真の鍼にやられただけだ、圭介もエプロンをつけていない時の真に、むやみに抱きつこうとしないほうが身のためだぞ」

「いや普通でもいきなり女性に抱きつきませんよ」と突っ込みをいれたかったが、いまはそれどころではない、いつもの笑顔のままそこに立っている真の指の間に、鈍い光を放つ長くて細いそれを見て、ゴクリと唾をのむ。

　山崎の両足には、真の指の間と同じ輝きを放つものが見えた。

「針だ」

　毒物でも塗られているのだろうか。ピクピクと痙攣したまま起き上がってこない山崎を心配げに見詰めながら、再び真を見る。

　山崎の足から、先ほど投げた針を抜きとりながら、ニコリと真が圭介に微笑みかける。

「大丈夫ですよ、ちょっぴりしびれるツボを刺激しただけですから」

「さすがマコちゃん、人のツボを良く知っている」

　圭介の不安げな眼差しを感じ取り真がいつもの明るい口調で説明した。そして山崎はというと地面に倒れ鼻血を出しながら、惚れ惚れとした眼差しを真に向けていた。