第32話 突然の取材

 その時商店街がざわついた。

 なんだなんだと思っていたら、一台のカメラが人垣を割って近づいてくるのが見えた。


「何かのロケ番組ですかね」


 圭介と真もしばらく会話をやめて、興味深げにそちらのほうを見詰める。

 レポーターらしき女性が、商店街の真ん中を歩きながら、気に入った店が目に入ると、ちょっと立ち寄ってつまみ食いをしたり世間話をしたりしていた。

 結構有名人らしく、店の人も皆顔をだし彼女に握手を求めたり、品物を手渡したりしていた。


「真さん知ってます?」


 圭介がそんなレポーターを指差しながら真に訊いた。


「私もあまりテレビとか見ないので、名前まではわかりませんけど、見たことある顔です。たしか健康食品のCMかなにかに出ていたような、圭介さんご存じないですか?」

「うーん、そういわれてみれば、見たことあるような」


 彼女の耳に入ったら失礼ともとれる会話をしていると、突然近くで声がかけられた。


「あなたはこの店の店員さんですか? かわいい格好ですね」


 いつのまにこんなに近くまで来ていたのか、そういうとレポーターの女性が持っていたマイクを真の前にかざした。

 カメラもマイクも真に向けられていて、圭介などまったく相手にされていなかったのだが、思わず圭介はピンと背筋を伸ばした。

 カメラとマイクを向けられている真はいたっていつもと同じく口調で、「いえ、違います」と、だけ答えた。

 にこやかに答えた真に、女性リポーターが一瞬言葉を飲み込んだ。彼女にしてみれば予想外の答えだったのだろう。

 しかしそこはプロらしく、すぐに別の質問をする。


「じゃあデートですか?」

「はい」


 真がそういうと、カメラが圭介にも向けられた、おもわず手で顔を隠す。


「普段からそんな格好をしているのですか?」

「そうです」

「どこで買っているのです?」

「買っているんじゃないんです、これ自分で作ったんですよ」

「えぇ!」


 今度こそリポーターが驚きの声をあげた。


「すごいですね」


 それはお世辞から出た言葉ではなく、心から出た感嘆詞だった。


 ──カット!


 そこでいったん撮影が終わった。

 それから慌てたように本当のカフェの店員が出てきた。

 いままでの商店街の撮影は本当にぶっつけ本番だけだったみたいだが、このカフェはまた別撮りするらしい。

 なにやらカメラマンと店員と、ディレクターらしき人で打ち合わせをしている。

 圭介がそんな様子を横目で見ている最中も、さっきのレポーターはまだ真の近くにいてなにやら話しかけていた。


「いまのところ、放送されるんですか?」


 ちょっとうきうきとした様子で、真がレポーターに質問する。


「あぁ、うーん、たぶんカットかな」


 本当にすまなそうに、レポーターの女性が答える。


「そうなんですか」

「ごめんね、私が勘違いしちゃったから、本当はここの店は後撮りだけだったんだけど、つい貴方に目がいってしまって話しかけちゃったの。まさか店と全然関係ない人だったとはおもわなかったから」

「残念です」


 あまり残念そうでもなく真が答えた。


「さっき、その服自分で作ったっていってたけど」


 突然、レポーターがなにかを探るように声を潜めて真に訊いた。


「はい」

「アパレル関係の人なの」

「いいえ、人が着る服は、趣味でしか作ってないんですけど」


 真も人がいいのかどんどん質問に答えていく。


「何かほかに作ってるの?」

「はい、ぬいぐるみの洋服を、教室も開いてるんですよ」

「へぇー」


 その女性レポーターは、あきらかに真に興味を持ったらしい。

 そして、しばらく席をはずすと、店員と打ち合わせを終えたディレクターのところでなにやら相談を始める。そして再び圭介と真の席に戻ってくると。


「今度そのお店、取材にいっていいかしら」と、真に話を持ちかけた。

「いいんですか?」


 突然の取材依頼に、真のほうが喜びの声をあげた。

 それで話は決まったらしい。

 真とディレクターが連絡先のやりとりをしているあいだ、取り残されたような形になった圭介は見るともなく商店街をぼんやり眺めていた。

 テレビカメラに気がついて、立ち止まったりひそひそ話をしたりする人、野次馬のようにカフェを取り囲んでいる人、また中にはディレクターと話している真を新しいアイドルと間違えているのか、携帯電話のカメラで取っている人までいる。

 圭介はなんだか自分が邪魔になっていそうで、おもわず席を少しずらしたほどだ。

 それでもしばらくすると、それ以上発展がないとみたのか、商店街もいつもの日常を取り戻し始めた。

 その頃には真の打ち合わせも終わり、席には再び圭介と真だけになった。

 コーヒーもなくなり、周りにも変にめだってしまったので、これから長時間ここで時間をつぶすのもどうだろう。と思い悩みかけたとき、その少年が目に飛び込んできた。


「真さん、ハルって確か男の子でしたよね」

「はい小学三年生の男子で」


 ハルという名前はどちらにもとれるが、ぬいぐるみを大切にしているということから、勝手な思い込みで、女の子だろうと思っていたので、アリスから男の子だと聞いて意外だと思ったものだった。


「男がぬいぐるみを大切にしたらおかしいのか」


 すぐ近くにぬいぐるみをこよなく愛する大人の男、山崎がいることをその時はすっかり忘れていていたが。


「髪はストレートショート、痩せ型でめがねを掛けています。それと今日の服装は紺色の半そでとクリーム色の短パンを着ています」

「じゃあ、あの子かな」


 今まさに目の前を通り過ぎようとしている一人の少年を指差す。


「あぁ、そうだと思います」


 アリスが朝ぬいぐるみたちに聞いた、今日の服装とイメージ像が一致する。

 真はパンと手を叩くと、「追いかけましょう」と席を立った。

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