第23話 いざ出発
雲ひとつない良く晴れた月曜日だった。
「○月×日。まことに勝手ながら午後は臨時休業になります」店の入り口に張られた紙を読み上げてから、圭介は二階の居間に上がっていった。
「どうだ圭介、この服は?」
すでにアリスが着替えてそこにいるのを見ると、給食は食べずに早退してきたようだ。
「うん、可愛いと思うよ」
アリスにゴスロリの洋服はよく似合う、似合いすぎて山崎が電車にこのまま乗せるのを心配するのがよくわかるレベルだ。
「ここの腕のヒラヒラと首元のリボンの感じがな……」
機嫌がよくなったのかアリスがいろいろ細かい説明をしてくる。
うれしそうにしているアリスには悪いが、本当に似合ってはいると思うし、遠くから見てる分にはお人形さんのようで可愛い。だが一緒に行動するとなるとちょっと気恥ずかしい気持ちがどうしてもぬぐえない。せめて自分もそれに見合うだけの人間ならまだしも、圭介はどこからどう見てもおしゃれとはかけ離れた顔も月並み平凡な見た目の大学生なのだ。
「おぉ、アリス準備はできたのか」
振り返るといつのまに上がってきたのか、さっきまでぬいぐるみ作り教室を開催していた山崎が居間に上がってきていた。
生徒に教える時はエプロンをつけていたのでよくわからなかったが、白地に鯉が滝登りをしているような絵柄が入った、和風アロハを着ている。
服装にさほど関心の薄い圭介にとっては、それはおしゃれというよりあやしいダフ屋に見えてならない。
「えーと、マコちゃんは? 先に二階に上がってこなかったか?」
部屋をぐるりと見渡すと山崎がそう言った。
「なんだか、さっき台所に入っていきましたよ」
間違ってもこの二人だけ連れて商店街を歩き回る状況にならないことを祈りながら、圭介が答えた。
「唯一まともなのは、僕と真さんだけか」
そして、ひとりごとのように呟く。
「おまたせしました」
丁度その時、台所にいた真が姿を現した。
「サンドイッチ作っといたので、車内で食べましょう」
「さすがマコちゃん、いいお嫁さんになれるよ」
「ありがとうございます」
山崎が真を褒めまくるなか、圭介が真の姿を見つめたまま心配げに首を傾げた。
「真さんも、今日一緒にいくんですよね」
確認するように尋ねる。
「はい、今日はみなさんとご一緒したいと思っています」
そういうとちょっと待っていてくださいねといって、更衣室代わりにしている部屋に入っていった。
そしてすぐにでてくる。
「着替えないんですか?」
「着替えますよ」
「えぇ、ここで?」
圭介が動揺している隙に、真は部屋から持ってきたらしい鞄からなにやら探し出すと、いままで自分の頭についていた白いレースのヘッドドレスを猫の耳のようなものがついたカチューシャに付け替えた。
「着替え終了ニャン」
そういって招き猫のポーズをとる。
「かわいい」
間髪いれず山崎の黄色い声援があがる。
しかし圭介だけが状況を理解できず、その場で固まる。
「終了って……」
頭についていた白のヘッドドレスを、猫の耳カチューシャに変えただけじゃないか。
「じゃあ行きましょうか」
「行こう」
しかし圭介以外、誰もそのことについて不思議に思っていないらしく、皆居間から出て行ってしまった。
「行くって真さん、猫耳でメイド服のままでですか!」
取り残された圭介は、誰もいない部屋でひとり突っ込んだ。
どうやら真の制服は鍼師としてバイトに行く時のズボンとTシャツスタイルのほうで、普段は大好きなメイドの格好をしているらしい。
圭介は軽く眩暈を覚えながら、三人の後について山崎の運転する車の助手席に乗り込んだ。
「あぁ、マコちゃん今日のネコ耳最高! かわいいよ!」
山崎はうきうきとアクセルを踏みながら、そんなことを言い続ける。
ゴスロリにメイド、そしてダフ屋のような男。ハロウィンだってもう少し統一感がある。
異様な組み合わせの車内にいると、まるで圭介のほうがおかしいのではないかと思えてくる。
それとも、東京ではこれはあたりまえのことなのだろうか。
圭介は車にゆられながら、遠いい目をしながらそんなことをふと思う。
しかしこの数時間後、自分もコスプレの仲間入りを否応なく果たすことになるとは、この時の圭介が知る由もなかった。
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