第24話 役割分担

「そこのタバコ屋の前で停めて」


 車で一時間ほど走っただろうか、ちょっとさびしい裏通りを曲がった住宅街。圭介のアパートよりさらに年期の入った建物がいくつか立ち並ぶ通りの前でアリスがそう言った。


「あのアパートのどれかだろうか」


 タバコ屋に置かれている小鳥のぬいぐるみは、この角を曲がっていくハルの姿しか見ることができず、その後ことはわからない。だがこの先でそれらしき人物を見たというぬいぐるみがいないことから、ここの並びのどこかにハルの住居がある可能性は高かった。


「さて」


 アリスが印のつけた地図を車内で広げる。


「とりあえずこの二箇所で張り込みをしよう」

「じゃあ、二手に分かれるということですね」

「は、はーい。はーい。はーい」


 まるで手をあげて先生にさされるのを待っている小学生のように、山崎が運転席から後部座席に身を乗り出さんばかりに手を振りかざす。


「じゃあ、俺、マコちゃんといきます」

「却下」

「ガーン!」


 アリスは山崎の申し出を即答で斬り捨てた。


「どうしてだよ、どうして俺とマコちゃんじゃだめなんだよ」


 めげずに山崎が食って掛かる。そんな山崎にアリスが冷笑を浮かべる。


「危険だからだ」

「この任務が?」

「いや、山崎と真を二人にすることがだ」

「人を獣のように言うな」

「じゃあ、手を出さない自身はあるのか」

「うぅぅ」


 そこでひるむなよ。っと心の中で圭介が突っ込む。


「私は別に構いませんけど」

「おぉぉ!」

「それは、まさか、真さん――」


 圭介が驚いたように、視線だけで問い掛ける。


「山崎さんふざけているだけですよね、手なんてだしませんよね」


 無垢な視線に「ウッ」と呻くと、山崎はそのまま運転席に身を沈めた。


 圭介は助手席から後部座席に座っている真を見つめた。

 もし今の言葉が本当に天然なら鈍感すぎるし。分かって言っているのであれば、それはそれでうまく山崎を掌で躍らせているまさに小悪魔である。

 圭介は哀れな生き物を見るように、隣の席に沈んでいる山崎を同情の眼差しで見詰めた。

 アリスはやれやれというように、嘆息する。その姿は一番年齢的に若いのに、いやに悟った者のように見えた。


「真は圭介と行ってもらう。山崎と私はここでこのまま待機だ」


 アリスの絶対的な言葉に、真と圭介はわかったというように頷いた。

 ただひとり、


「なんで、俺がお前となんだよ」


 座席に沈んでいた山崎が、再び運転席から身を乗り出して抗議の声を上げた。


「圭介とマコちゃんを二人っきりにするぐらいなら、俺が圭介と一緒に行く」


 子供のようにすねた口調でいう。


「ここの商店街に丁度いいオープンカフェがある、そこで見張っていてくれ」


 そんな山崎の訴えをアリスは完全に無視する。


「人の話を聞けよ!」


 アリスの頭にかぶり付かんばかりに山崎が上から物を言う。


「あぁ、うるさい」


 さすがのアリスも、イラついたように怒気を荒げた。


「まず、山崎と真ペアはさっきもいったように却下。次に私と真でもいいが、私は本来学校に行ってる時間だ、カフェなんかで堂々とお茶をしていたら警察に補導されるかもしれない、じゃあ車内で待機してるとなると、今度は男が二人で昼間からカフェにいることになる」


 アリスはそこまで一気にいうと一息ついて、


「明らかに友達や外回りのサラリーマンとわかるならそれでもいいが、圭介と山崎じゃそうは見られないだろう」


 静かに言った。

 確かにパッと見では、チンピラにたかられている可哀そうな大学生に見られる可能性が高い。そんな二人がカフェにずっといれば変な注目を浴びてしまう。それだけは圭介としても避けたかった。


「確かに不自然かもしれないが……」


 山崎もそれは認めるらしく、口を尖らしながらぶつぶつ言う。


「すると残るは私と山崎、真と圭介の組み合わせしか残っていないではないか」


 それを見て言いくるめるようにアリスが最後に畳み掛ける。


「私と山崎が車内で見張っている分には補導される心配もないし、真と圭介ならカフェで二人お茶していても自然だろ」


「確かに」


 しかしメイドの服装はどうなのだろうとちょっと思ったが、これ以上話がややこしくなるのをさけるため圭介はそこは目をつぶった。そうして誰もが納得したかに思えたが……


「自然じゃない! 男と女が二人で昼間からカフェ、それじゃあまるでデートじゃないか!」


 そう思われるから自然なのだろう。

 自分で言っていながら矛盾しているのもわかっているんだろうが、駄々子のように口を尖らして抗議する、ようするに認めたくないのだ。


「俺は嫌だ! たとえ不自然だろうと! 圭介とマコちゃんを二人っきりにさせるぐらいなら俺と圭介がカフェに行く!」


 それはちょっと嫌だなぁ。と圭介は心のそこから思った。


「あー、我侭ばかりいうな」


 いい大人がみっともない。とアリスが叱咤を飛ばす。


「真はそれでかまわないか」

「はい、私は誰とでも構いませんよ」

「圭介は」

「えぇ、僕は別に……」


 横目で恨めしげに睨む山崎を見て、口ごもる。


「ほら、山崎以外みんな納得しているぞ」


 まるで諭すように言うと。


「じゃあ見張として、真にはクーちゃんを連れていかせるというのはどうだ」


 アリスがそう提案する。


「クーちゃん」

「あぁ、これで三人だ」


 三人という表現には語弊があるような気がするが、なぜだか山崎はしぶしぶながらそれで納得したようだった。

 彼の中ではクーちゃんも立派に一人と認識されているのだろう。

 ようやく落ち着きを取り戻した車内で、真がパンと手を叩いていった。


「じゃあ、行きましょうか」

「はい」


 そうして小脇にクマのクーちゃんを抱えた真と共に、圭介は車を降りた。

 背中に痛いほど視線が突き刺さる。

 振り返らなくても誰だか分かるので、圭介はそれを無視して歩き出す。


「あぁ、なんでこうなるんだろ」


 圭介は後で車内に帰るときのことを思って気が重くなった、それでも車から離れるにつれ、その心は少しうきうきとした気持ちに変わっていった

 そして圭介と真は、商店街の中にあるオープンカフェの一角を陣取ったのだった。

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