第22話 ハルを探せ
「ハルの目撃情報があった場所は、こことここだ」
アリスは、地図の上に赤いマジックで×マークを二つつけた。
「ここの八百屋のマスコットと、そしてこの角を曲がったタバコ屋のぬいぐるみが、毎日ランドセルを背負って歩いているハルを目撃している」
そういうと、地図を取り囲むようにぐるりと座った面々を見回した。
「で、ほかの情報は」
山崎がアリスに訊いた。
「これだけだ」
「これだけじゃ、家わからないじゃないか」
山崎が憮然と言い放つ。
「ばかをいうな、これだけ分かれば十分だ」
心外だといわんばかりに、アリスが口を尖らす。
だいたいこの二つの情報が分かっただけでも、すごいことなのだ。
ぬいぐるみはいまや世界中いたるところに存在するとはいえ、それはほぼ建物の中に飾ってあったりするものだ。
しかしハル自身のぬいぐるみから情報がないところを見ると、ハルの家に今ぬいぐるみは存在せず、また転校したばかりで友達もいないのであろう、ハルの友達だという家のぬいぐるみからの情報はなかった。
すると情報提供者は、偶然ハルを見かけたぬいぐるみになってくるのだが、ぬいぐるみがある家は多くあるが、それが窓際で外を向いているとなると、そんな家は少ないだろう、そこを偶然ハルが通るという偶然も重ならないとならない、だから今回のように店のマスコットとして外に飾られているぬいぐるみの前をハルが通ったことは本当に良かった、そうでなかったら見つけることは困難だっただろう。
最悪鞄や携帯についているマスコットからも、集めようと思えば情報も集められるが、ほとんど揺れながら、それも一瞬で通りすぎる人物を見分けるのは難しい、アリスの負担も普通より大きくなる。
だからこのたった二つの情報でも、得ることができたのは幸運と言えた。
「それに、この二つの情報は二つともランドセルを背負っていたと言っていた。このことから、この学区内の小学校にハルが通っているのが推測できるではないか」
アリスがそう付け加え、二つの道に程近い場所にある学校を指差した。
山崎もそれもそうだなというように、納得するように頷く。
「じゃあ、その学校で聞き込みをするか」
山崎のその言葉に、今度は真が静かに口を挟んだ。
「でも近頃の学校は用心深いから、むやみに近づかないほうがいいですよ」
アリスと圭介もそれに同意するように頷く。
「そうだ、山崎が学校なんかに顔をだしたら、すぐ警察に通報されるぞ」
「な、なんだと」
ニヤリと笑うアリスに、しかし山崎はケッと悪態をついただけで、それ以上なにも言わなかった。
クーちゃんのこともあったし、少しは自覚があるのかもしれない。
「とりあえず、この二つのぬいぐるみの前で張っていればいい。学校の登下校時に前を通るはずだ」
「そうだな、通学路はよっぽどのことがないかぎりかわらないだろうし」
アリスの提案にみんなが頷いた。
「四人で見張れば大丈夫ですね」
真の明るい口調に同意しかけた圭介が待ったを掛けた。
「四人って」
「ハルとクーのことが気になるんだろ?」
「そのために、今日きたんだろ」
アリスに続き山崎もそういって圭介の顔を覗きこむ。
確かにクーちゃんとハルのその後が気になってここまで来たのだが、まさか自分もその仕事を手伝うことになるとは考えてもいなかった。
「別に無理にとはいわないぞ、たとえ圭介が持ち込んだ仕事でも、圭介の依頼はもう終わったわけだし」
アリスが突き放すようにそういうと、
「そうだな、どうせ依頼者と請負人の関係でしかないんだし、圭介が嫌だというなら無理はいえないな」
山崎も半分笑みを浮かべながらそう続けた。
「残念です」
とどめとばかりに、真までがその潤んだ瞳で、ジッと圭介を見つめて、シュンとしながら小さくため息をもらした。
「やりますよ、やればいいんでしょ」
「なんだ、それでは無理やりみたいではないか」
今の流れのどこが精神的無理強いじゃないか教えてもらいたいものだ。
「やりたいです、お手伝いさせてください」
そう思いながら、結局はお願いする。そんな自分自身に圭介は思わずため息をもらした。
「そうか、じゃあ一緒に行こう」
アリスが勝ち誇ったように言った。
「じゃあ、何時にします?」
真が手を合わせてはずんだ声を出す。
「そうだな、いますぐといいたいが、今日はもう学校も終わっているだろうし」
山崎が時計を見ながら考えるように眉間に皺をよせる。
「じゃあ明日にしますか」
「明日は土曜日で学校は休みかもしれない」
真の言葉にアリスが言った。
「そうか、じゃあ月曜でどうだ」
「そうだな、月曜にしよう」
「月曜ですね」
「ちょっと月曜って、僕には大学が……」
今日会いに行くと思っていたから、さっきは納得したのに、いつのまにか予定が変わっている。
「そういえば圭介さん大学生でしたね」
「なんだ、圭介いけないのか?」
真とアリスが圭介を見つめる。しかしそこには「じゃあ、違う日にしよう」とか「圭介さんはこなくていいですよ」とかいう言葉は続きそうになかった。
「なんだ、大学なんてサボれサボれ」
そして、山崎は二人が言葉にしなかった言葉をさらりと言った。
「えぇ」
「その日は、そんなに大切な授業があるのか」
「別に、そこまででは……」
授業は大切だが、別に是が非でも出なくちゃいけない講義でもない。
確かに勉強などあとで誰かにノートの写しを見せてもらえばすむことで、ハル探しのほうが、たぶん人生で二度とできない経験だろうから貴重なことのようにも思う。
それにこの状況で大学に行っても、きっと気になって授業になんて集中できないに違いない。
だが最終的に行くか行かないかは自分で決めることで、山崎にそういわれるのは少なからず釈然としないものがあった。
一人あれこれ悩む圭介をよそに、三人はすでに圭介が休むものと決めて話を進めている。
圭介は唖然としつつ、何か言おうかと思ったが、どうせ疲れるだけだろうと、あきらめにも似た嘆息をもらした。
この人たちの基準は第一に学校や世間体なんかより、きっとぬいぐるみなのだろう。
だからここで何を言おうが喚こうが、目の前でぬいぐるみが困っているのに、私情でそれを断るのはきっとひどい薄情者だと思われるに違いないのだ。
圭介は世間の常識からかけ離れた神経をそう分析すると同時に、少しうらやましげにそんな三人を見詰めた。
「私も、その日は一日休んでいいんだろ」
「いやそれとこれとは話が別だ」
圭介にはずる休みを進めておきながら、山崎が即座に却下する。
「クーがハルに会えるかどうかかかってるんだぞ」
「でも、だめだ、それにどうせ見張るのは登下校の時だけだから、アリスは学校が終わり次第来るので十分だ、それまでに俺たちがハルの居場所を確認しておく」
至極真っ当な正論を並べる。
「それだと一人で電車に乗ることになるがいいのだな」
一瞬眉間に皺を寄せたアリスだったが、ニヤリと笑うとそう言い返す。
「ウッ……いや、そこはマコちゃんと二人でくれば、いいじゃないか」
山崎が騙されないぞとばかりに言い返す。
「そうだな、真と二人。ナンパを追い払いながら買い物に行くのも、最近慣れてきたし。真は強いから痴漢も撃退してくれるし」
「──っ!」
バッと真を振り返る。
「まぁ、そんなこともあったかな」
テレッと笑う真を見ながらプルプルと山崎が小刻みに震える。
「わかった。午前授業だけ受けて早退してきなさい。みんなで俺の車で行こう」
ニヤリとアリスがほくそ笑むのが見えた。
そうして話が決まってから三日後、圭介は再び店を訪れたのだった。
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