第二章 アリスの能力と過去
第19話 マリアさんと秋之助さん
「いらっしゃいませ」
店の扉を開けると、この間と違ったメイド服を着たマコちゃんと呼ばれていた女性が元気な声をかけてくれた。
「あの、山崎さんいますか?」
「ご予約の方ですか」
「いえ、違います、谷村圭介といえばわかると思うのですが……」
もう忘れられているかもという思いから、言葉がしりつぼみになっていく。
あれから一週間以上は経過している。圭介には印象的な出来事だったが、こういう仕事柄をしている二人にとってはどうだったかわからない。
「あぁ、この間の──、少々お持ちください」
ぱっと思い出したというように表情を明るくすると、真はレジの横に設置されている電話の内戦を山崎に繋いでくれた。
「どうぞ、上がってください」
ニコリと圭介に微笑みかける。営業スマイルなのだろうが、それでも圭介はその綺麗な微笑みにドキリとした。
ジロジロみていなかっただろうか、鼻の下が伸びていなかっただろうか、圭介は内心あせりながら「はい」と、ぎこちない笑みを浮かべながらレジの後ろの暖簾をくぐった。
真の姿が見えなくなるとホッと吐息を漏らす。
あいかわらず非の打ちどころのないプロポーションだ。それにこの間もちょっと思ったが、あの真っすぐに向けられる笑顔は、まるで自分を「待っていました」といわんばかりで、ありもしない期待を胸に抱いてしまいそうになる。山崎が褒めちぎるのも警戒するのもよくわかる。
(ぬいぐるみの洋服教室通おうかな……)
ふとそんな考えが脳裏に浮かぶ。と同時に「手出すなよ」と、いう山崎の強面を思い出しブルリと身震いした。
「どうした、またなにかあったか?」
「いえ、あれからどうなったのか気になって」
「なんだ、まだ夢見るから返金しろといいにきたわけじゃないのか」
冗談ぽくニカリと笑いながら、山崎は上がって来た圭介にお茶を出す。
「まぁそんなこといったら、袋叩きにしているところだったがな」
冗談だか本気だかわからないような口調で口走る。
まあ、それも自信の表れなのだろう。それにあれだけの力を見せつけられてそんなことを言ったら、逆に呪いを掛けられそうで怖くて言えない。と圭介は心の中で呟いた。
「おかげさまで、あれからはなんの夢も見ずによく眠れてます」
「そうか、ならよかった」
少しほっとしたように笑う。山崎はこんな見た目だが、性根がすごく優しい男なのだろう。ここのぬいぐるみたちを見ればそれは言葉を交わさなくてもよくわかる。
「あれからハルちゃんは見つかりましたか?」
「いやまだだ、とりあえず明日ぐらいにはアリスの力も回復するだろうから、それからだな」
「まったく、力を証明するのに圭介の前であんな大技使わなくてもいいのにな」と圭介に同意を求めるように愚痴をこぼす。
さらりとアリスはやってのけていたがその言いっぷりだと、ぬいぐるみネットワークはだいぶ疲れる力技だったらしい。
まあ、一番インパクトはあるがそれでしばらく力が使えなくなっては元も子もない。だがそれは圭介が疑ったせいなのだが、とりあえず圭介は山崎の機嫌を損ねないように「そうですねぇ」と、相槌を打っておいた。
そして自然に話はアリスの話から、山崎の愚痴に、そして思い出話へと変わっていった。
「まったくあいつは誰に似たんだか、マリアさんも秋之助さんも二人ともおっとりしたいい人なのに、あいつは本当に困ったじゃじゃ馬だ」
「マリア? 秋之助?」
「あぁ、アリスの両親だ。もともとこの店は二人がやっていたんだ。俺とマコちゃんはマリアさんのぬいぐるみ教室の生徒だったんだ」
ふーんと、圭介が興味深げに頷いた。
「俺はもともと普通のサラリーマンだったんだが、どうも会社の上司とそりが合わなくてなぁ」
思い出すように山崎が腕を組んで語りだす。
「あの時はこの先どうしようか、本当に悩んでいたよ」
ぬいぐるみ職人も似合わないが、上司に頭を下げている山崎はさらに想像がつかない。
「そんな時偶然この店を見つけて、マリアさんの作ったぬいぐるみを見て、これだ! と思ったんだ」
その時の感動を思い出したのか、目をキラキラさせて熱く語る。
「魂を感じたんだ! もともとテディベア愛好家だった俺は、そいつらに魂の煌きを見た。そして思わず店に飛び込み、そのままサラリーマンをしながらマリアさんの教室に通うようになったんだ」
「テディベア愛好家……」
見た目で人を判断してはならないが、サラリとそんなことを告白されて、テディベアを抱いて寝る山崎の姿を思い浮かべてしまい、おもわず吹き出しそうになるのを必死に堪える。
そんな圭介に気づくことなく山崎は続ける。
「教室に通い始めて二年ほど経ったとき、マリアさんに姉妹店を出す許可をもらったんだ。あの時はうれしかったなぁ」
懐かしそうに微笑む。
「俺も、うすうすぬいぐるみ制作の素質があるような気がしていたが、マリアさんに認めてもらった時ほど自分が認められたと思ったことはない。俺の人生で最高の瞬間だったよ」
涙ぐんだように指で目をこする。
「へえ、じゃあこの店が二号店なんですか?」
すると、いままで生き生きと話していた山崎が突然口を閉ざした。
その表情に暗い影が差す。圭介は、訊いてはいけない質問をしてしまったようなそんな気持ちに襲われた。
「いいや。ここは二人の店だよ」
ニカリと笑った山崎の顔は、とても寂しそうで、それ以上踏み込んではいけない気がして、圭介も口をつぐんだ。
「すまん、なんか関係ない話聞かせちまったな」
「い、いえそんなこと……」
丁度その時、廊下側の扉のすぐ横に設置されている内線電話の音楽がなった。
圭介の前で山崎がそれにでる。
「わかった」
受話器を置くと山崎が圭介を振り返る。
「すまねぇ、客だ」
「わかりました、じゃあ僕も、もう帰ります」
「あぁ、クーとハルのことは──、解決したら連絡してやるよ」
「いや、別にそこまでじゃ……」
いや、本当は結構気になっているのだが、なんだか、興味本位でもう客でもない自分が首を突っ込んでいいのかわからず、体の前で大丈夫ですというように手を振る。
「そうか。まぁ気がむいたらまた店に遊びにこいよ。その時にはきっと話せることもあるだろう」
圭介の頭をポンポンと、その大きくて暖かな手で軽くたたきながらそんなことを言う。
開店していない二号店。
アリスの両親の店兼家に住み込みで働く山崎。
ぬいぐるみの供養だけならともかく、今回のように除霊までを想定した仕事だったら結構危ない仕事もあるだろうに、一度も姿を見せないアリスの両親。
でもそれを問いただして何になる。自分はあくまで一人の客なのだ。もう自分の事件は解決した、関わることはもうないのだ。
圭介は先に降りていく山崎の背中を見ながら小さく頭を振ったのだった。
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