第18話 悪夢からの解放
「夜逃げねぇ」
山崎は腕を組みながら、ため息をついた。
「えぇ、大家さんの話では、ここの家賃も踏み倒していったみたいで、わかるならこっちが教えて欲しいって言っていました」
借金取りらしき人物に追われていたというクーちゃんの証言からも、たぶん真実だろう。
「どうするよ、アリス」
山崎が大事そうにエリザベーラとクーちゃんを抱えているアリスと見る。
「探せばいい」
「探すったってどうやって」
「特徴を聞いて、それでぬいぐるみたちに聞けばハルの居場所がわかるかもしれない」
確かにアリスにはその力がある、圭介もその力を見せられて信じる気になったのだから。
「でも、アリス……」
どうやらアリスのあの能力は使うと相当疲れてしまうらしい。
山崎が心配そうにアリスを見つめる。昼間圭介に能力を証明するために力を使ったし、いままた大きな力を使ったので、今日は相当疲れているはずだ。
「心配するな、探すのはしばらく後だ」
アリスが山崎の顔を覗き込みながら、そう言った。
「そうか、アリスのことだからすぐに探そうとするのかと思ったよ」
山崎の言葉にアリスが、そこまで私も馬鹿じゃないと頬を膨らます。
「じゃあ」
山崎がパンと手を叩く。
「とりあえず、圭介の依頼はこれで終了したということで、大丈夫だな」
二人が圭介を見る。
「えっ……ハルちゃん探しは?」
「この子をハルのところに連れていくというのは、私がやりたいことだから、それは気にしなくていい」
「そ、そうなんだ」
「圭介の依頼の悪夢の原因の解明と解決だったから、クーちゃんを探し出して、クーをうちが引き取ることで終了でいいだろう」
山崎も後に続ける。
「あ、ありがとうございます」
(そうか、これであの悪夢からは解放されるのだ)
突然実感した。
「じゃあ料金だけど、原因の解明と問題の除去で一万円といいたいところだが、医療費とクリーニング代で三万だな」
「三万!」
「高いか?」
一応初めに聞かされていた金額を超えてはいないので文句を言う金額ではないが、一万って言った後で上乗せされた感じが少し納得いかない。それでもそんなもんなのかもしれない、と圭介がしぶしぶ財布を取り出した。
「山崎……」
呆れながら叱咤するようなアリスの声。
「いってみただけだよ、一万でいいよ」
山崎がチェッと舌打ちすると、そう訂正する。
圭介はそこでようやく山崎が、勝手に値を吊り上げようとしていたのに気がついた。
(ぼったりしない、親切な店ではなかったのか?)
心の叫びは引っ込めて、あえて聞き返す。
「いいんですか」
「あぁ、山崎が受けた『呪い』はお前のせいじゃないからな」
アリスがそう言っていたずらっ子のように笑う。山崎も今回は仕方ないとため息を付く。
「払ってくれるならそのほうがこっちは助かるけど」
圭介はハハハと乾いた笑いでそれを無視した。
財布から一万円を取り出し山崎に渡す。
「だが、この床は自分で直せよ」
山崎はそういうと自分であけた穴を指差した。
まあ一万円であの悪夢から開放されたのだし、アリスが怒ってくれなければもっと取られそうだったことを思えば……安いのか?
とりあえず圭介はわかったというように頷いた。まあ敷金が返ってこないことは確定だな。と思った。
「ハルちゃん探しは……本当にまかせちゃって大丈夫なんですか」
一応事情を知ってしまったので、少し気になる。
「いいよ、ここから先は俺たちの趣味だから」
「趣味?」
「あぁ、別にここでこいつを除霊して全て終わりにしてもいいんだが、そんなことアリスが納得しないだろ。でもその料金を圭介に払わせたり付き合わせたら、それは本当にボッタクリだからな」
だからここまでの料金で構わないし、後のことは俺たちに任せとけ。と山崎は言った。
「まあ、圭介が直接ぬいぐるみから恨みをかうようなことをしていた場合、もっと水増しするか追加料金をとってもいいんだが、ある意味今回は被害者だしそれに圭介の能力がなければ、このクマ公はこの先も見つかることなく置いてきぼりを食らっていただろうし、まあクマ公にとっては命の恩人とも言えなくはないしな」
そういって笑う。
「能力って、クマの夢をみるあれですか?」
圭介は今までそれを、なにか特別な力と考えたことはなかったので、少なからず驚いた。
同時にそんな能力があっても対処できないのでは、そんな力はいらないと思った。
「まあ、感受性豊かなのはいいことだ、これからもお得意様としてお見知りおきを」
冗談か本気か、山崎がそういって頭を下げた。
もうこんなことに巻き込まれるのは勘弁だ。というように圭介は泣きそうな表情で首を振る。
「からかうのもそれくらいにしておけ、こんなことめったにあることじゃない」
アリスが呆れたようにそう言う。どうやら圭介はまたも山崎にからかわれていたらしい。
「それじゃあ俺たちは帰るか」
「あのこれは」
圭介はぬいぐるみの入っていた箱を指差す。
「そうだなついでだし」
そういうと山崎が箱を小脇に抱える。
「じゃあな」
「バイバイ」
そういうと二人はさっさと圭介の部屋を出て行った。
賑やかだった部屋の中が急に静かになる。
呆気ないほどさっぱりとした別れ。
長い間一緒に冒険したわけではないが、今日初めて知り合ったそれも商売の上でのつながりであったが、圭介はなんだかひとりだけ置いていかれたような寂しい気持ちを感じた。
それもほんの少しの間だけで、しばらくするとホッとしたように息を吐いた。
「なんだか、騒がしい人たちだったなぁ」
ぼそりと呟く。それから物でめちゃくちゃになった部屋をひとりで片付け始める。
その顔には自然に笑みが浮かんでいた。
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