第17話 クーちゃん
「あぁ」
箱の中身を見た途端、それは夢にでてきたクマと同じぬいぐるみだということが一目でわかった。クマの他にもなにやらごちゃごちゃとした小物がいろいろ入っている。
(まるで子供の宝箱箱だ)
圭介の感想が言葉になるより早く、
「こいつか!」
怒りの篭った声で、山崎がぬいぐるみを箱から引っ張り出した。
「おうおう、どういうつもりか話してもらおうか」
ぬいぐるみ相手というのがなんとも滑稽だが、山崎は至極真面目にぬいぐるみに眼を飛ばしている。
それをアリスが無言で横から奪い取ると、そっとクマのぬいぐるみを自分の胸に抱き寄せた。
結構汚れの目立つそれを、何のためらいもなくぎゅっと抱きしめる。
そしてしばらく、そのクマに話しかけるように何かを囁くと。
「もう大丈夫だよ」
クマに語りかけるようにそう言った。
「いったい、そのクマは……」
圭介の問いかけに、アリスが顔を上げた。
「この子は、クーちゃん」
「クーちゃん」
なんと安易なネーミングだろう。
「この子の持ち主は、ハルという小学生だ」
たぶんその子もそうしていたのだろう、アリスはやさしくクーちゃんの頭を何度も撫ぜながら話す。
「ハルは、とてもこの子をかわいがっていたが、ある日ほかのおもちゃと一緒にここに隠されたまま置いていかれたらしい」
「じゃあ捨てられたんですか」
「違う!」
最後まで言葉にしないうちに、アリスの怒声が飛んだ。
「もし、本当にハルの心がクーちゃんから離れていれば、クーちゃんはただのぬいぐるみとして、この箱の中で誰にも気づかれず一生を終えていただろう。しかし今でもこうして心を持っているということは、ハルもまた今でもクーちゃんを愛し続けているし、その存在を求めているということにほかならない」
ならどうしてそんなに大切なぬいぐるみを、あんなところに隠したのか。そしてどうして引越しの時忘れてしまったのか。
圭介は思い悩んだが、考えたところで答えなど出るはずもない。
「そんなことより、クーちゃんはどうして俺にだけ、あんな仕打ちをしたんだ」
怒りをぶつける対象を奪われたまま、いままで黙って聞いていた山崎が、不満気な声をあげた。
「勘違いしたらしい」
「勘違いだぁ」
あっさりといわれ、山崎が裏返った声を上げる。
「あぁ、どうやらハルの家に来ていた怖い人間たち、たぶんこの感じからだと借金取りのたぐいだろう」
確かに今の山崎の格好は、勘違いされても無理は無い。
圭介が唖然としている山崎を見ながら頷く。
「いつも彼らが来るとハルはおびえていたし、しばらくすると彼らが来る時、クーちゃんをあの押入れの天井裏に隠すようになったみたいだな」
たぶん、借金取りたちが家のものを持っていってしまうから、ハルという子供は自分の大切なものを隠したのだろう。
「山崎をそいつらと思って追い返そうとしたらしい」
山崎は不機嫌そうにそっぽを向いたが、それ以上クーちゃんを攻める気は失せたようだった。
「で、これからどうすればいいんです」
「ハルのもとにクーちゃんを連れて行く」
「除霊とかお払いとかは?」
圭介はよくテレビに出てくるような祈祷を思い浮かべながらそう訊ねた。
「そんなことはしない」
睨みつけながら言い返される。
「そ、そうなんだ、で、僕はどうすれば……」
アリスの気迫にちょっとたじろぎながら、困り顔を浮かべる。
「とりあえずお前の依頼はこれで終了だ。クーちゃんは私たちが連れて帰るから、もう夜中に夢で起こされたりすることはないだろう」
そうきいて胸を撫でおろす。
「あぁ、でも頼まれてくれるなら、大家さんに前の住人の居場所を知っているか、聞いてもらえないか、名前や連絡先とかがわかれば助かるのだが」
アリスは圭介にそう願いでた。
それくらいなら、とアパートの契約書をだして大家に電話を掛ける。
「はあ、そうです、忘れ物みたいなんです……」
圭介が電話でやりとりしている間、アリスは片目が取れかけていたクーちゃんを山崎に修復させている。
山崎もあれだけひどい目に合わされたというのに、丁寧に縫いつけた後ほかのほころびも直している。その様子は本当に根っからのぬいぐるみ好きなのだろうと思わせた。
「えぇ! そうですか、はぁ、わかりました。夜分遅くにすみませんでした。ありがとうございます」
「どうだ、わかったか」
受話器を置いた圭介にアリスが問いかける。
「それが……」
圭介は言いにくそうに口を開いた。
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