第16話 契約

「「呪い?」」


 山崎と圭介の素っ頓狂な声が重なる。


「そんな話聞いてないぞ」


 ギロリと圭介を睨む。


「知りませんよ! 僕はいままで夢以外の実害を、受けたことはありません! 本当です」


 慌てて言い返す。


「じゃあさっきから俺に振るかかっている、これはなんだというんだよ!」


 山崎も負けじと食って掛かる。


「だからそんなの知りませんって、だいたいさっきから山崎さん一人だけひどい目に合っているじゃないですか。普通こういうのって、依頼人に起こることなんじゃないですか?」


 言われてみれば一理ある。それに畳みかけるように


「僕じゃなく、山崎さんが原因なんじゃないんですか」


 ウッ。と山崎が言葉に詰まる。

 確かに災難にあっているのは三人の中で山崎ただ一人だった。


「僕の事件とは関係ない、山崎さん本人にかけられた呪いかもしれないですよね」


 それは山崎にとってはとても嫌な結論だが、この場ではっきりと否定はできない。

 睨み合う山崎と圭介に割って入ったのはアリスの一言だった。


「いや、この呪いは、今回の件と同じものの行いだ」


 ガーンという顔で圭介がアリスをみる、山崎はなぜか勝ち誇ったような顔をしたが、


「ならどうして俺を狙うんだ、ここの家主は圭介だろ」


 納得いかないとばかりに口を尖らす。


「普通は当事者が被害にあうものだろ」


 先ほど圭介がいったことと同じようなセリフを口走る。


「そんなこと私がわかるわけ無いだろ、今直接聞いてやるからちょっと待ってろ」


 しかしアリスはそんな山崎の言葉に怯むどころか、冷たく言い返す。圭介がおたおた二人を交互に見やる。


「わかったよ、じゃあ早くそいつの居場所を見つけてくれ」


 ここで押し問答していても埒があかないとわかったのか、山崎が頭を掻きながらアリスにお願いする。


「正式な申し込みの契約は結んだのか?」


 この場に来て、いきなりアリスが冷静に事務的なことを言い出した。


「えっ、今日は原因を確かめるだけじゃ……」

「まぁそれでもかまわないが、今原因の説明だけして、圭介はこの状態で契約をしないという選択肢があるのか」


 悪徳契約の常套句のようだが、今いちいち説明して、どうしていくか相談するのが面倒になったのだろう。それにどうやら事は圭介が悩んでいた時よりひどくなっているようだし。


「契約するのか、どうすんだ」


 山崎がいうと本当にただの脅しに聞こえる。


「もう、除霊の契約でいいんじゃないか? これはきっと悪霊だ」


 さんざんひどい目にあわされた山崎は、有無を言わせない顔で睨んでくる。


 圭介もそんないわれ方されなくても、山崎に降りかかった『呪い』を見せられては、除霊の契約をしないわけにはいかない、値段もだいたいさっき聞いているので、払えない金額を吹っ掛けられることもない……と思うし……


「契約します」

「じゃあ、契約書にサインを」


 サインをしようとアリスの方に歩きだすと、どこから転がって来たのか、さっきまで絶対そこになかったはずのボールを蹴っ飛ばし、やはり山崎にヒットさせる。


「………………」

「………………」

「………………」


 山崎が泣きそうな顔でアリスを振り返る。


「わかった。サインは後でいい。とりあえずこの状況を終わらせよう」


 アリスは小さくため息を付くと、エリザベーラに顔をうずめるようにして目を瞑った。

 いままでうるさかった部屋の中が、一瞬水を打ったように静まり返る。


「埃っぽい」


 ポツリと吐いたアリスの言葉が静寂を破る。


(エリザベーラが?)


 とはさすがにこの空気の中圭介は言わなかった。再びアリスが呟く。


「暗い・狭い」


 最後にそういうとエリザベーラから顔を離す。


「埃っぽくて、暗くて、狭い所だ」


 山崎がアリスの言葉を繰る返す。


「うーん。この部屋全てに当てはまりそうだ」

「いや、埃っぽくて、狭いかもしれないが、暗くはないですから」

「二つは認めちゃうんだ」


 山崎が憐れむような目を向ける。


「他に何か特徴はないのか」

「たまにネズミが通る」


 山崎の問いに間髪いれずアリスが答える。


「この家、ネズミもでるのか」


 山崎はさらに残念そうに圭介を見上げる。


「そんな、僕はまだ一度も見たこと……あっ」

「いるのか、どこだ!」

「姿を見たことはないけど、天井裏を走り回っているような音は聞いたことが……」

「天井だな、じゃあ」


 山崎はそういうと、圭介が言葉を発する前に押入れの襖に手を掛けた。


「あっ──」


 ザザザー


「…………」


 とたん雪崩を起こしたように季節ものの服が山崎目指して振り注いだ。


「一応、洗濯済みのものです」


 圭介が小さくなってそういったものの、腕に引っかかっていたトランクスを恨めしげに払いのけながら、山崎は圭介を振り返る。


「くそ! 見つけ出したらただじゃおかないぞ!」


 いまや完全に頭に血が上ったらしい、ぬいぐるみ相手に本気で山崎は怒っているようだった。

 山崎は手前に積んであったいろんなものを無造作に部屋の中に落とすと、どうにか押入れの上の段に足をかけるスペースを作った。

 身長のある山崎なので、押入れを足場にして少し背を伸ばしただけで、なんなく押入れの天井板をはずすことが出来た。

 肩から上が天井裏に隠れた山崎を、圭介が固唾を呑んで見守る。


「ぎゃあ!」

「どうしました」


 思わず押入れに駆け寄る。

 今度はどんな呪いが山崎に降りかかったのか、圭介は心配しつつ興味津々という感じで尋ねた。

 するとよく漫画などででてくるような、ネズミをとるための罠に指を挟まれた山崎が見えた。

 おもわず噴出しそうになるのを、必死にこらえる。

 山崎はそんな圭介を一瞥する。そしてその後すぐ埃の被った箱を圭介に突き出した。玄関からも「あったか」と、いうアリスの確認の声が上がった。

 圭介は二リットルペットボトルが六本は入りそうな、段ボール箱を受け取ると。あれから玄関に立ちっぱなしのアリスのもとに持っていく。

 その後ろで山崎がネズミ取りをはずし壁に向かって投げつけ、跳ね返り足に直撃するという呪いを受けてたが、いまはそれを笑ってみてる場合ではない。


「こんなものが天井裏に」


 山崎を無視して、圭介はごくりと唾を飲みこむ。


「では、開けるぞ」


 アリスはそういうとその段ボール箱を開けた。

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