第15話 呪い
山崎がワゴン車を出してくれたおかげで、圭介の心配は杞憂に終わる。
車を降りてから、アパートの玄関までは誰ともすれ違うことなくたどり着いた。そして二人を部屋に招き入れた圭介は、すぐに玄関の扉を閉めるとフウと短く安堵の吐息を漏らした。
「すみません、散らかっていて」
まだ圭介の言葉が言い終わらないうちに、
「狭い」
「汚い」
二人は冷たく言い捨てた。
「うぅ……」
確かに言われた通りなので返す言葉もない。
もともと男の一人暮らしだったうえ、最近ではほとんど友達の家に寝泊りしていたのでただ着替えに帰ってくるだけの部屋は、洗われていない洗濯物と干しっぱなしの洗濯物の置き場のようになっていた。
圭介ががっくり肩を落としていると、山崎がポンポンと肩を叩いて同情的な笑みを浮かべた。
「すみません。ちょっと待っててください、今場所作りますから」
圭介は洗濯物やらなにやらを全部ベッドの上に乗せると、フローリングに二人が座れるスペースを作った。
しかしアリスは圭介の差し出した座布団を見ただけで、座るどころか玄関から上がるそぶりもみせない。
「それじゃあ、おじゃまします。おぉっと」
山崎が玄関に足を踏み入れるなりブルリと身震いした。
「なんか寒気が……」
自分の肩をさすりながら一歩踏み出したとたん、
――バコッ!
鈍い音とともにフローリングの床が抜けた。
「ぎゃあ!」
「山崎さん!」
「山崎!」
さいわい一階の天井板がすぐ下にあり、山崎の足はくるぶしの辺りまで沈んだ程度ですんだ。
「この床腐っているんじゃないか!」
悪態をつきながら、その場に座り込む。
「そんなことはないですよ、それよりその床どうしてくれるんです」
「知るか! それより俺の足をどうしてくれるんだ!」
床にしゃがみこむようにして、穴の開いた床を見つめる圭介に、山崎は引き抜いた足をさすりながら応戦する。
「くそ、痛てぇなあ。とりあえず消毒液かなにかないか」
「ちょっと待っていてください」
あきらめたように嘆息しながら、圭介が救急箱を取りに行く。しかし歩いて数歩進んだところで、待ち構えていたかのように転がっていたヘアースプレー缶を踏んづけてしまう。
「おっとっと!」
どうにか転ばすにその場に踏み留まった圭介だったが、そのかわり缶を後ろに思いっきり蹴り飛ばしてしまった。
「あっ!」
「あ」
「あ!?」
圭介の声に驚いて山崎が顔をあげる。
そしてみた。まるで計算されたかのように、まっすぐに自分の顔に向かって飛んでくるヘアースプレー缶を。そしてそれは思った通り座り込んでいた山崎の顔面に見事に直撃した。
アリスは自分に当たったわけでもないのに、痛そうに自分の顔を手で押さえる。
圭介はあまりの見事なヒットぶりに一瞬謝るのを忘れて感心してしまったほどだ。
「圭介……てめぇ」
「ご、ごめんなさい……」
一拍おいて慌てて言い訳めいたことを口走る圭介に、山崎のどすの効いた低音が響く。
「わざとじゃないんです、本当に……」
缶の形に赤く痕をつけた顔でジロリと睨まれて、しどろもどろになる。
「あぁ、これ消毒液」
慌てて救急箱から消毒液を出すと、それを持って山崎と元へ。
しかし再び足元を何かにすくわれたように前のめりに倒れかける。
そのとき手に力が入ったのだろう、消毒液がブシュと山崎の顔に吹きかけられた。
「ごめんなさい!」
「痛っ――ッ!」
「………………」
目を押さえてのたうち回る山崎。
続けざまに起こる不可解な出来事に唖然とする圭介。眉間に皺を寄せ何か考えるように押し黙るアリス。
「さっきから、なんなんだよ、この部屋は!」
静寂を破るように山崎が悲鳴に近い声で叫んだ。
「僕のせいじゃないですよ」
おもわず身をすくめながら圭介が弁解する。
その時玄関先でアリスがぼそりと呟いた。圭介と山崎がアリスのほうを一斉に向く。
「呪いだ」
今度ははっきりと二人に聞き取れる声で言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます