第9話 夢

 だんだん憔悴していく圭介を心配して、友達が声をかけてきたのはそんな時だった。


「お前、最近なんかやばくないか?」


 授業中しょっちゅう居眠りをしているので、勉強も全然頭に入ってこない。

 サークルも出る気力もない。

 とりあえず隙さえあればどこかの机で眠っている。


「あぁ、なんかわからないだけど、毎晩二時になると必ず目が覚めてそのあと眠れなくなるんだよ」

「なんだよそれ」

「うーん、なんか毎回同じ夢を見てる気がするんだけど、思い出せないんだよね」

「なんかそれやばくないか?」


 話を聞いていた友達が引きつった笑みを浮かべる。


「大丈夫だよ。昼間は寝れるし」

「いや、そういう問題じゃないだろ、それに学校で寝てばかりいたら、成績やばいだろ」


 そうなのだ、昼間ねてばかりいるから、最近授業についていけてないのだ。なら夜中起きてる時間にやればいいのだろうけど、二時に起こされたあとは、なんだか体も重く、勉強などやろうという気が起きないくなるのだ。


 圭介の乾いた笑いに、友達もつられるように笑ったが、さすがにほっとけなかったのだろう、その日は自分の家に泊まるようにその友達は圭介に勧めた。

 すると圭介は朝まで起きることなく、ぐっすり眠ることができたのだ。


 朝その報告を聞いた友達は、「やっぱ人肌云々とかじゃなく、お前の部屋になんか問題があるんじゃないか?」と、言った。


 うすうすそんな気はしていたが、あえて目をそらそうとしていた圭介も、はっきりと友達にそう断言され、返す言葉をうしなう。


「悪いことは言わない、早く引っ越せよ」 


 しかし引っ越すにも金がかかる、それになにより大学に近いあのアパートを圭介は気に入っていたので、その言葉にすぐに同意することが躊躇われた。

 でもこのまま寝られないのであれば健康によくない、悩んでいる圭介に友達はさらに質問を浴びせる。


「なんか心あたりないのか?」

「心当たり?」

「ネコをひいちまったとか、お地蔵さんの団子盗んで食べたとか」

「そんなのことはない、と思うんだけど……」


 友達がいうようなことはした記憶はないが、だが記憶がないだけでもしかしてお酒を飲んだ帰り道、やってはいけないところで小便ぐらいはしてしまっているかもしれない。

 ふとそんな不安が心をよぎる。


「目が覚める以外は、なにか変わったことはないのか?」

「変わったこと?」

「金縛りにあうとか、何か聞こえるとか見えるとか」

「そういうのは──……ない」


 少し考えてから、断言する。


「それじゃあ、おばけとかじゃないのかなぁ?」


 友達もはっきりしない圭介の言葉に小首を傾げる。

 だんだん、初めの勢いがなくなって、独り言のようにぶつくさなにか言っている。

 圭介も朝起きた時には、やはり家になにか悪いものがいるのではという友達の考えに納得しかけたが、今こうして話してみるとやはり霊の仕業というより、疲れやストレスが原因のような気もしてくる。


「どんな夢かなにか覚えてないのかよ」


 友達の言葉に圭介は頭をひねった。


「うーん」


 思い出そうとしたが一向に何も思い出せない。

 ふとその時、何かに引き寄せられるように圭介の目がそこに留まった。

 それは、タンスの上に置かれ、ほこりのかぶったクマのぬいぐるみだった。


「クマ……」


 圭介が呟く。


「えぇ?」


 友達が聞き取れなかったらしく、もう一度訊き帰す。


「クマがでてきた」

「クマ?」


 怪訝な顔で圭介を見つめる。

 しかし圭介はそれっきり黙り込んでしまった。

 そしてその日の夜、圭介はもう一晩泊まってもかまわないという友達の誘いを断って、自宅に帰ると大胆な行動にうってでたのだった。


「おいクマ、どういうつもりかわからんが、もう夢にでてくるなよ」


 誰もいない部屋に向かって、大きな声でそう叫ぶ。それから返事を待つようにじっとあたりをうかがったあと、満足したように圭介は電気を消したのだ。

 前にテレビで霊も話せばわかると見たのをうる覚えで覚えていたのだ。

 しかしそれが良かったのか悪かったのか、その日の夢はいままでになくはっきりと、圭介の記憶に残ることになった。


 それは薄暗い闇の中で、ただひたすら誰かを呼ぶクマのぬいぐるみの夢。


『お願い……』


 闇の中でただひたすらそれは呼び掛けていた。


『一緒に……』


 顔はぼやけて分からないが、小学生ぐらいの子供と楽しげに遊ぶ風景が見えた。


『独りにしないで……』


 そして胸を締め付けるほど恋焦がれる思いが、まざまざと圭介の心に流れこんでくる。


『おいてかないで』


 そこで目が覚めた。


 いままでのように嫌な後味はなかったが、かわりに頬を涙が伝っていた。

 時計を見るとやはり二時を少し回ったところだった。

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