第8話 悪夢の始まり

「で、どうする?」

「どうか、よろしくお願いします」


 畳におでこがつかんばかりに頭を下げる。


「そうか」


 顔は見えないが、きっと勝ち誇ったような表情をしているに違いない。それでも、それに文句をつけたり、依頼を取りやめたりするきはおきなかった。


「じゃあ今度はちゃんと話してくれるな」


 アリスの言葉に圭介は佇まいを直して座りなおすと、


「電話でも簡単にお話したんですけど……」


 これまで自分の身に起きた不思議な出来事をゆっくりと話し始めた。



 ――数ヶ月前。


「やっぱ、一人暮らしはいいなぁ」


 今年晴れて東京の大学に受かった圭介は、充実した大学生活を夢見て、学校から歩いて十分ほどの場所に建つアパートの一室を借りて住むことになった。


 見た目からしていい人オーラが出てるせいか、誰とでも気さくに話せる性格のせいか、誰も知らない土地であったが、圭介はすぐに大学生活になじむことができた。

 テニスサークルに所属し、よき先輩や友人ができた。

 学校から近いため毎日のように誰かがアパートに遊びに来て、寂しい思いなど一日たりともしたことはなかった。

 思い描いた以上に楽しい大学生活。自他ともに五月病なんて無縁に思えた。

 しかしそれが始まったのは、ちょうど五月に入ってしばらくたってからのことだった。


「おい、圭介最近疲れてないか?」


 友達がからかったような口調で、圭介の肩を叩いた。


「うーん、なんか最近寝つきが悪くて」

「なんだ、もしかして五月病かホームシックにでもかかったのかよ」


 ニヤニヤと笑いながら圭介を見る。


「そんなこと、ないと思うんだけど……」


 反発しながらも、内心これがホームシックなのかも。と少しは考える。

 最近寝て起きても疲れが取れない。別に田舎が恋しいと思ったことはなかったが、やはり深層心理でそう思っているから、寝つきも悪いのかもしれない。

 そんなことを一週間ぐらい思い悩んだすえ、


「今度の休み、田舎に帰ってみようかなぁ」


 そんなことを呟いていた。しかしカレンダーを見てため息をついた。週末の予定は二ヶ月先まで埋まっていたのだ。

 結局圭介はそれを見て、田舎に帰ることを断念した。

 その時は圭介もホームシックと言われると半信半疑だったし、ただ慣れない生活に疲れが溜まって今出てきたのだろうと考えることにした。


 次の金曜日、友達の家で集まりがあり、その日はそのまま友達の家に泊まることになった。すると、久々に夢も見ずぐっすり眠ることが出来た。


「あれ、もしかして人肌が恋しかったのかも」


 圭介の家族は大家族とは言わないが、下に妹と弟がいて部屋は別々でも家族の誰かが家にいる気配は感じることはできる。今のアパートだって、隣の音は聴こえてくるが、そんな見ず知らずの人など、逆に気配を感じたくない、でも隣に知ってる人の息遣いがするというのは、やはりそれとは全然違った安心感が得られるということを圭介はその日感じた。


「きっとそうだ。実は寂しがり屋だったんだな、僕は……早く彼女作ろ」

 

 的外れな結論だったが、その日は悩みの原因がわかったと、晴れ晴れとした気持ちのよい一日を過ごせた。そして再び自分の家で眠りについた晩それは起こった。


 嫌な夢にうなされ、無理やり眠りから引きずり起こされる。


「――ッ!」


 時計の針は朝の二時を少し回ったところだった。体中から嫌な汗が大量に出ている。いままで眠りが浅かったがこんな時間に起きることはなかった。

 圭介は今しがた見た夢を思い出そうとしたが、結局なにも思い出すことが出来ず、その日はその後一睡もできずに大学に行くことになった。


「今日はテニスを沢山して疲れたし、きっと夢も見ないで寝られるはず」


 次の日、圭介はそんな淡い期待を抱いて眠りについた、しかしその期待はすぐにくずれさる、やはり夜中の二時ごろに何かに呼ばれるように、目が覚めたのだ。


 人肌恋しいだけという考えから、友達に泊まりにきてもらったこともあったが、やはり圭介だけが目が覚める。

 そして結局そんな状態が一週間以上もつづいた。

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