第7話 エリザベーラ
「山崎、何も説明していないようだな」
「なにを怒っているんだアリス」
「まあいい、しかし私は人を見た目で判断するような人間の依頼を受けるつもりは無い」
目の前で繰り広げられる会話についていけず、圭介の頭に疑問符が浮かぶ。
「あれ、圭介くん聞いてなかったのか?」
山崎の問いに圭介がきょとんとする。
その顔をみて山崎が額を手で押さえる。
「まぁしょうがねぇじゃないか、いつものことだろアリス」
それからひとりで言い訳めいた言葉をぶつくさ呟くと、苦笑いを浮かべて、今度は機嫌を取るようにアリスに向かってそう言った。
「いつものこと?」
疑問符がさらに増える。
「こういう輩だから、たいしたことでもないのに大げさに怖がるんだ。だいたい霊象があるということは、この者に落ち度があるのかもしれん。そんな者をわざわざ私が助ける必要などない」
「そういうなって」
圭介はそこでようやく疑問符が感嘆符に変わった。
「まさか、この子が霊能力者!」
突然上がった圭介の声に、言い争っていた二人が同時に振り返った。
「そうです」
「そうだ」
圭介はあんぐりと口をあけたまま、ガクリと肩を落とす。
「もういいです」
確かに見た目は天使みたいな容姿をしているが、こんな子供にすごい力が備わっているとは思えない、どちらかといえばまだ山崎のほうが山伏みたいで貫禄がある。
肩を落とした圭介に、少女らしからぬ冷たい声音がかかる。
「私が霊能力者だと不満なのか」
不満もなにも、圭介は吐き捨てるように言った。
「僕は追い詰められているんです、茶番に付き合っている場合じゃないんです」
ついもらした本音に、今までかわいらしい天使の様だった顔に、子悪魔のような冷笑が浮かぶ。
「どこまでもおろかな。その目で確かめなければ信じられないというのだな」
そういうと彼女は、この部屋に入ってきた時からずっと抱きしめるように抱えていた白いウサギのぬいぐるみを、圭介の目の前に突き出した。
ただならぬ迫力に思わず身を引く。
「では、昨日のお前の行動を言い当ててやれば納得するかな」
「アリス……」
山崎の呆れたような言葉と、もう何を言ってもきかないだろうなというようなあきらめのこもった嘆息が聞こえた。
「えっ?」
圭介にお構いなしに、アリスはおもむろに突きつけたウサギのぬいぐるみに顔を埋める。
なにやらぶつぶつと呟く。
圭介は思わず息を止めてその様子に見入った。
「わかった、ありがとう」
アリスはウサギのぬいぐるみから顔から離すと、礼をいうようにそういい、再び圭介のほうを向いて口を開いた。
「昨日は友達の家に宿泊。ランチは大学の近くのカツ丼屋。夜食はバイト先のコンビニの賞味期限のものをタダでもらう。その後ゲームセンターで一時間ほど時間をつぶし、そして再び友達の家に泊まらせてもらった」
一気にまくし立てると、どうだといわんばかりにフンと鼻をならす。
「どうして……」
「あと付け加えるなら、友達にたまにはぬいぐるみを洗うよう伝えておけ、あれではいくらかわいがっていても可哀そうだ」
圭介は途中から悪寒にも似た寒気を感じ身震いした。
「この子は、ぬいぐるみと話す事ができるんですよ」
嘆息と共に山崎が答えた。圭介は見開いた目で山崎とアリスを交互に見つめる。
「今なんて?」
そう訊こうとしたがうまく口が回らない。口の中がカラカラに乾いているのを感じて、目の前にあった昆布茶を一気に喉に流し込んだ。
「わかりました、百歩譲ってぬいぐるみと話せたとしましょう、でもそれでどうして昨日の行動がそのウサギに答えられるんです!」
飲み物を口にしたことにより、うまく舌が動くと同時に少し強い口調で言い放つ。
「それは、他のぬいぐるみがこの子に教えてくれたからだ」
「他のぬいぐるみ?」
アリスの言葉の続きを山崎が説明する。
「そう日本中、いや世界中にいるぬいぐるみネットワークとでもいうのか、俺もそこらへんの事情はよくわからんが噛み砕いて言うと、ぬいぐるみ同士はそれぞれテレパシーみたいので話ができるらしく、アリスはそれをこのエリザベーラを通じて聞くことが出来るんだ」
「エリザベーラ?」
「あぁ、この白ウサギのぬいぐるみの名前だ」
山崎がアリスのウサギのぬいぐるみを指差しながら付け加える。
一瞬「エリザベーラって、またたいそうな名前だなぁ」と、全然違うことを考えてしまいそうになり圭介は頭を激しく横に振った。あまりのことに現実逃避したくなる気持ちも自分でわからなくはないが、それでももう一度今言われた説明を自分なりに整理しなおす。
あのアリスの抱えている白ウサギのぬいぐるみ通称エリザベーラは、世界中のぬいぐるみたちが見聞きしたものをテレパシーで聞くことができる、いわゆる通信機みたいな機能を持っていて、そしてアリスはそれによって、自分で見聞きしていないこともエリザベーラを通じて知ることができる。
意味を理解すると同時に背中に冷たいものが流れる。
それってとてつもなく、すごいことなんじゃないか。
なぜならぬいぐるみの存在しない場所など、山奥や海など自然の中ぐらいだ、街には大小さまざまなぬいぐるみが、そうキーホルダーみたいなぬいぐるみまで含めたら、それこそ世界中に無数に存在しているだろう。
頭の中でJKのカバンからぶら下がっているぬいぐるみのキーホルダーが圭介を見ながら、きらりと目を光らす様子を思いうかべ、思わずゾッとする。
青ざめた圭介に満足したように、アリスが口を開いた。
「別にぬいぐるみたちはいつも人間を見張っているわけじゃない、いつもはただのぬいぐるみだ。ただ私みたいな者が話しかけたときだけ、命を吹き込まれるだけだ。きにするな」
「きにするなといわれても……」
聞いてしまった、知ってしまった。そしてそれを目の前で証明されてしまった。
気にするなというのは、どう考えてももう無理な気がする。
だが圭介のそんな心情などお構いなしに、にこりと微笑んだアリスのその顔は、初めて見た時のお人形さんみたいな、ただきれいなだけのそれにはもう見えなくなっていた。まるで全てを見透かしている君臨者。その高慢な口調さえいまは似合っている。
とりあえずこれから、せめて友達の家に飾られているぬいぐるみには気をつけよう。と圭介は固く心に誓ったのだった。
「で、どうだ信じたか」
圭介は小さく頷いた。その様子にアリスが満足げにほほ笑んだ。
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