第3話 相田真

 広くはないがセンスのいい家具や小物が置かれたカントリーテイストの店内。その壁に取り付けられている陳列棚にはぬいぐるみ専門店というだけあって、クマ・イヌ・ネコ・ウサギ・ワニなどいろんな種類の動物のぬいぐるみが飾られている。


 その一つ一つが遠めでも、すごく丁寧に仕上げられ、またぬいぐるみに着せるのだろう服やアクセサリーの種類も、数多くそろえられていた。

 自然とぬいぐるみに手が伸びる、少し触れたその指先からは、ふかふかでいて高級絨毯をおもわせるような滑らかな触り心地が伝わってくる。またそのクルリと大きな瞳は「僕を選んで」と言わんばかりで、おもわず抱きしめてそのまま家に連れ帰りたくなるような衝動に駆られる。


 事前にホームページでだいたいの店の雰囲気は知っていたが、パソコンの映像で見た感じより実際の目で見ると、一つ一つのぬいぐるみにかける作成者の情熱がひしひしと伝わってくるようだった。


 それともう一つその店の特徴ともいえるもの、それはその一体一体のぬいぐるみを包む洋服にあった。

 Tシャツやパーカーやオーバーオールなどのよくあるカジュアルな服だけでなく、フランス人形が来ているようなシックな装いから、現代風のゴシックロリータのような、フリルやレースをふんだんに使ったアンティーク調の洋服まであらゆる服が揃っていた。

 もちろんそれも買ったぬいぐるみに合わせて、お好みのものをオーダーメイドでつくれるようだ。


 圭介は、ぬいぐるみにも、その服にも興味がなかったので、ホームページではそこらへんはあまりしっかり見てはいなかった。だがこの店の中ではその迫力におもわず見とれてしまう。まるで美術館で展示物を見ているような、感動さえ覚えてしまうほどそのどれもが手の込んだ素晴らしい出来だと感じた。


「ただいま、マコちゃん」

「おかえりなさい。あら、いらっしゃいませ」


 そんなぬいぐるみたちに圧倒されながら男の後に続いて店内に入っていくと、さきほどまでぬいぐるみ洋服作り教室の講師をしていたと思われる女性が、男の陰に隠れていた圭介に気が付いて、声をかけてきた。


「あっ……」


 返事を返そうと顔を向けた圭介はしかし言いかけた言葉を飲み込んだ。

 先ほど店の中をのぞいた時にはよく見えなかったのだが、膝丈までの黒いワンピースにフリルのついた白いエプロン。同じくフリルをあしらった白いカチューシャを頭に載せ、胸元にはこれまた白いリボンをつけたその姿は、よく漫画などにでてくるまさにメイドさんだった。


 だがまわりに飾られているゴシックロリータ風の服装をしたぬいぐるみに囲まれているせいだろうか、その姿はまったくといっていいほど不自然ではなく、むしろ店にうまく溶け込んで見えた。


「ゆっくり見ていってくださいね」


 年のころは二十代前半か、パッチリとした鳶色の瞳、耳より少し長い位置でそろえられた明るい栗色の髪。

 小鳥のような可愛らしい声で、ニコリと微笑みながら圭介にそう声をかけた。


「あぁ、この子は、下のお客じゃないから」


 『下のお客じゃない』と説明されただけで、マコちゃんと呼ばれたその女性は、「まぁ」と口元に手を当てて少し気の毒そうな顔をした。


「こちらはうちの看板娘の相田真アイダマコト、通称マコちゃん、可愛いでしょ」


 ペコリと真が頭を下げる。圭介も慌ててそれにならう。

 そして男は自慢げに紹介してくるわりに、「手を出したら、ぶっ殺す」と、その目は物語っていて、圭介はおもわずゴクリと唾を飲み込んだ。


「じゃあ、谷村さん上に行きましょうか」


 男はその笑顔を顔に乗せたまま、レジの後ろに回り込む。


「上ですか?」

「はい、別にここでもいいんですけど、ほら内容が内容だから途中で他のお客さんが来られると、話しづらいでしょ」


 確かにここで話す話ではないなと圭介も頷いた。


「マコちゃん、ちょっと谷村さんと上にいるからお店のほうもうしばらく、よろしくね」

「はい。わかりました」


 元気に返事を返すと、圭介が男についていくのを笑顔で見送る。

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