第4話 山崎寛

 男についてレジの後ろの暖簾をくぐると、そこにはわずかな段差があり、圭介はそこで靴を脱ぐようにいわれた。

 靴をぬいで一歩廊下に立つと、甘いカントリー風の店内とは一転して生活感あふれる日本家屋の片鱗が顔を覗かせる。

 目の前には二階へと続く階段があり、その横は薄暗い廊下になっていた。たぶん廊下の奥は風呂場か何かだろう。

 男に促されるまま階段を上がる。

 そしてたどり着いた廊下から一歩部屋に入ると、そこはカントリーの『カ』の字もない、まさに純和風の部屋だった。


 もちろん床はフローリングなどではなくい草の香りただよう畳であり、部屋に配置されている家具も使い込まれた年期を感じる和雑貨ばかりだった。


「まあ、座ってください」と、部屋の中央に置かれたコタツ机の前に座布団を出される。


「申し送れましたが、私は山崎寛ヤマザキヒロシと申します」


 圭介が座ると同時に名刺が差し出された。

 それを受け取ると一枚の紙が机の上に置かれる。


 『ぬいぐるみに関する供養など相談承ります。(予約制)』と、タイトルが付けられたちらし、タイトルの下には、例としての相談内容と解決法などが記されている。


 そうなのだ、この店はぬいぐるみ・ぬいぐるみの服の販売・オーダー作成や各手作り教室とは別に、ぬいぐるみの供養やトラブルによる相談も請け負っているのだ。


 そして圭介がこの店は訪ねたのは、まさに後者の理由からであった。


 だが勘違いして欲しくないのは、圭介がぬいぐるみ愛好家で、古いぬいぐるみを捨てるのが忍びなく火葬をしてもらおうとか、またぬいぐるみの手入れの仕方などを相談しにきたわけではないということだ。

 もっと緊迫した、どちらかといえばテレビに出てくるような霊媒師が登場するような、そんな展開を期待してきたのだが……。

 この平和かつメイド服が制服のようなこの店を見た限りでは、圭介は自分が期待するようなことは何一つ叶えられない気がしてきていた。

 申込書に目を落としているものの、そんなことを考えていたので、圭介の耳にはまったく山崎の説明など右から左に抜けていた。


「あぁ、あの……」


(断ろう。これ以上深入りすると断れなくなる)


 決心しかけたとき、


「電話で簡単にお伺いしましたが、今回は供養というより除霊ということでよろしいですか?」


 山崎の口から『除霊』という単語が出たのを聞いたとたん、圭介は言葉にしかけたものを飲み込んだ。


「除霊できるんですか?」


 思わず机に手を付き、体を前につき出すようにして声を上げる。


「できるといえば、できますが」


 その気迫に飲まれたのか、おもわず山崎が身を引きながら答える。


「どっちなんですか!」

「もう少し詳しく聞かないとなんともいえませんが、電話の内容からするとたぶん谷村さんの問題はうちで解決できるものだと思います」


 少し回りくどい言い回しだったが、それを聞いて圭介はへなへなとその場に力なく座り込んでしまった。

 山崎が同情の眼差しを向ける。


「大変な目に遭ったみたいですね」


 そう山崎が口に出したとたん、今にも泣きつかんばかりの視線を圭介から向けられた。


「もう大丈夫ですよ、大船に乗ったきでいてください」


 再び姿勢を正して机に向き合うと、圭介は先ほどまでどこか胡散臭げに見えていた山崎を、信頼の眼差しで見詰め返したのだった。

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