第3話 あたたかな灯火
さらさらと、雨の流れ落ちる音で目が覚めた。
見ていたはずの夢からふわりと浮かび上がるような心地で目覚め、意識がはっきりと輪郭を帯びてくる。
窓の外にひびく、雨の音。
わたしの部屋のカーテンは薄手なので、朝になると、窓のむこうから光が入ってくる。
雨降りの今日は薄暗いけれど、カーテンにはやわらかな光が染みていて、ほの明るく室内を照らしていた。
つい先日咲いたばかりの桜も、この雨で散ってしまうかな……と、思いながら身体を起こす。
春になったというのに、かすかな寒さがすっと布団の隙間から入り込んでくる。
足元を見ると、わたしの布団の上でルビィとサファイアが、からだをまあるくして眠っていた。
2匹でじゃれ合うようにくっついて、眠っている。
この子達は、ほんとうに仲がいいなぁと思って、思わず口元がほころんでしまう。
この子達の眠る場所は、気まぐれだ。
一応、わたしの布団のそばに、2匹がすっぽり入れるような大きなかごを用意してクッションや毛布を入れてはみたものの、そのなかで気持ちよさそうに眠る日もあるし、そうじゃない日も、ある。
昼間にサファイアがよくそうしているように、リビングのソファで眠ってしまうこともあれば、今日みたいに、わたしの布団で一緒に眠る日もある。
そして、だいだいいつも、お互いのからだをくっつけるようにして、2匹で一緒に眠っている。
お互いの体温に安心するように。
ほんのりと明るい部屋で、わたしはルビィとサファイアの2匹を見つめる。
息を吸えば、そのからだが大きくふくらむ。
吐き出す呼吸とともに、からだが少し縮むように見える、赤と青のドラゴンたち。
呼吸に混じって、時おり「グルル……」と喉を鳴らす音もする。
おだやかで深い深い呼吸を、彼らは繰りかえす。
寄せてはかえす波のように、彼らの寝息が室内に満ち、窓のむこうからやってくる雨音と溶け合っていく。
それは、とても静かで、心地のいい音だと思った。
そして、ふと、サファイアの喉もとが、ほんのりと赤みを帯びていることに気づく。
青い青い鱗に覆われた皮膚のむこう、からだの奥で、淡く、赤い光が生まれている。
喉元に灯る、ほのかな光。
それはサファイアの呼吸に合わせるように、色を強めたり、弱めたり、していた。
ルビィのほうも、注意してみてみると、赤い鱗でおおわれた喉もとに、同じような光が灯っていた。サファイアのそれよりも少し淡く、ちいさな光だったけれど、たしかにそこには赤い光があった。
ドラゴンの
かつて彼らの先祖は苛烈な炎を吐き、大地を焼いた。
そのころから、体内には炎を生み出す器官を持っていた。
ドラゴンは、日々の食事を元にして体内で炎を生み出す。
そして、その火で自らの
もちろん、人と一緒に暮らすようになった小型のドラゴンは、かつての先祖のように炎を吐き出すことはない。
それでも。
彼らの
赤ちゃんのころは、まだ自分で炎を生み出す力が弱いのだと、本に書かれていたことを思い出す。
こんなふうに、喉もとを赤く染める光に気づくようになったのは、この子たちが少し、成長したという証なんだと思った。
生きていくための力が強くなった、その証。
内側から肌を照らす、やわらかな赤。
息を吸えば、からだのふくらみに合わせてその色はいっそう濃く、明るくなって。
息を吐き出すと、みるみる光が小さくなって、今にも消えてしまいそうになる。
それでも、ちろちろと揺れる炎が確かにそこにあるのだと、わかる。
いのちの炎。
見つめているとそれは、とろとろと穏やかに光る、焚き火の明かりみたいだと思った。
そばにいるとあたたかくて、胸の奥までやさしく包んでくれるような。
穏やかで、きれいな
雨音が聴こえる部屋のなかで、彼らの喉を染める赤い光を、ただ見つめていたら、なんだか今日は、あたたかいものを食べたいなぁ……と思った。
そうだ、今日はシチューを作ろう。
とろとろと優しい火で、お肉もお野菜もたっぷり煮込んで。
そこへシチューのルーを入れて溶かして、ミルクもすーっと流し込む。
淡くてやさしいクリーム色で、ぜんぶのおいしさを包み込むみたいな、そんなシチューを作りたい。
きっとそれは、炎のあたたかさもたくさん溶かし込んで、内側からわたしをぽかぽかにしてくれる。
「グルルル、すぅー……ぴ?」
ふと、ルビィが身じろぎをした。寝言なのか、ちょっとだけ鳴いて、もぞもぞと動く。
つられるようにサファイアのからだが、ぴくりと少しだけ動く。
その姿が、可愛らしくて笑みがこぼれる。
さあ今日も。
ここから一日を、はじめよう。
ちいさなドラゴンたちと ナツキふみ @f_fumi
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