第2話 ルビィとサファイア

わたしの家にやってきたドラゴン――ルビィとサファイアは、双子だけど性格が全く違う2匹だった。


ルビィは、とても活発な、いたずらっ子。

まだ小さな背中の羽をパタパタさせながらリビングをぐるぐる飛び回ったり、クローゼットの上やテーブルの上、カーテンレールの上なんかを、ぴょんぴょん飛び移るように運動したりするのが、大好きだ。


サファイアは、のんびり、おっとりとした性格で、ソファの上で丸まって、うつらうつらと眠っているのが好きみたい。

あんまりにもルビィに比べて眠っている時間が多いものだから、はじめはどこか具合が悪いのかと思って心配したけど、叔母に電話で相談したら「その子はもともとそういう性格なのよ」と、笑っていた。


ドラゴンは個体によって、色味も性格もさまざまだというけれど、こんなにも違っているなんて。


そう。驚いたことは、もうひとつ――彼らの食べるものについても、だった。


ドラゴンに何を食べさせてあげたらいいんだろう?と思っていたら、叔母は「何でも食べるわよ。人間とおんなじご飯を、作ってあげればいいの」と言って、笑った。


赤子のときには、母親のドラゴンが噛み砕いた食事をあげる必要があったり、発育を安定させるための専用の栄養剤があったりもするようだけれど、数週間でそれも必要なくなるらしい。


本やインターネットで調べてみても、「食事の好みには個体差はあるが、人と同じものを食すことができる」などと書かれていて、わたしはとても驚いた。


だから彼らは、わたしと同じものを食べて、暮らしている。


「さ、今日のお昼は、フレンチトーストにしようか」


呟きながらわたしは、キッチンにむかった。

午前中に仕事も一区切りがついて、ほっとした。

甘いものが食べたい気分だった。


仕事部屋からキッチンに向かうわたしを見つけて、リビングをぐるぐると飛んでいたルビィが、羽をパタパタと鳴らしながら近づいてきた。


ソファのほうを見るとやっぱり、サファイアが気持ちよさそうに、すうーう、ぴいーと寝息をたてて眠っていた。


わたしは冷蔵庫から卵を2つ、とりだす。

食パン3枚を4分割に、切り分けた。


耐熱ボウルにぱかっと卵を割り入れたとき、「ぴぃ!」と声がした。


すぐ近くの戸棚の上から、ルビィがこちらを見ていた。

その目線は、ボウルのなかの卵を見ている。


わたしは、もうひとつの卵を手にとって、割った。


ぱかっ。

「ぴぃ!」


どうやらルビィは卵の割れる音に合わせて、声を出そうとしていたらしい。

なんだか可笑しくて、わたしは笑ってしまう。


卵に菜箸を入れてくるりとかき混ぜると、ぷっくりとまんまるかった黄身がほどけて、白身と混ざり合っていく。

くるくる、くるくる。

ふと横目でルビィをみたら、わたしの手もとのボウルのなかをじいっと見つめていた。卵の形が変わっていく様が、おもしろいのかもしれない。


この子は、こんなふうにわたしが料理するとき、よくそばに来る。

じっと見て、ときどき声を出して、興味深そうに見つめている。


トクトクと、パックから牛乳を適当に注ぎ、砂糖も入れた。

出来上がった卵液にパンをひたし、電子レンジに入れる。


ピッとスイッチを入れ、しばし待つ。


その間に、フライパンと、バターの用意をした。


フライパンを火にかけ、バターを放り込むと、あっという間に溶けてじわわっと広がる。そこへレンジから出したパンを、卵液ごと流し込んだ。


ジュワっという心地のいい音。

溶けたバターの香りが、キッチンに広がる。


「あ、そうだ」


冷蔵庫から小鍋を取り出した。

昨日の夜に作った、キャベツとソーセージのスープがまだ残っていた。


フライパンのとなりのコンロにのせ、スープの鍋も、あたためる。


ゆっくりじっくり、フレンチトーストに火を通す。

途中で一度、ひっくり返して、裏面も。


その間に、スープの鍋も、コトコトと、優しい音を鳴らし始めた。


部屋のなかが、フレンチトーストの焼ける甘い香りと、野菜スープの気配で満たされていく。


すると、すこし遠くのほうから「ぴぴぃ……?」という声がした。


見ると、ルビィのいる戸棚のむこう、ソファの上で、サファイアがむくりと起き上がっていた。寝ぼけまなこを、前足でこすりながら、こちらを見ていた。


「さて、と。できましたよ」


スープとフレンチトーストをそれぞれお皿に盛って、ルビィとサファイアに声をかけた。

ルビィは嬉しそうに食卓の上をぐるぐると旋回して、降りてきた。

サファイアは、まだ眠たそうにしながら、ゆっくりと羽を動かし、ソファから飛んでくる。ふわふわ、ふらふらと、寝ぼけているのか頼りなさげな飛行で、前足で空を掻くようにして、進もうとしている。


わたしもルビィも、そんなサファイアが食卓に来るのを、待っていた。


ふわっ、ふらっ、と飛びながら、だんだんと飛行も安定してくる。


そしてようやくサファイアも、自分のお皿の前までたどり着いた。


「それじゃ……いただきます!」


わたしが手を合わせてそういうと、ルビィとサファイアは、一緒に「ぴぴぃー!」と声を上げ、自分のお皿に頭を突っ込むようにして、食べはじめた。


わたしもひとくち、フレンチトーストを口に運ぶ。

ふわっと甘さが広がって、溶けていく。

仕事をしている間、緊張していた心が、するっとほどけていくみたいだった。


ルビィとサファイアは、ガツガツと、フレンチトーストを食べている。

どうやら気に入ってくれた様子で、ほっとした。

身体のあちこちに、パンのかけらをくっつけながら、頬いっぱいにつめこむように食べている。

その様子が、なんだかとても可笑しくて、愛おしい。


だって、あんなに、普段の様子が違っている子達なのに。

食べている姿は、そっくりだ。


2匹とも、食べることが、大好き。


そんな彼らと一緒の食卓が嬉しくて、思わず、笑みがこぼれてしまうのだった。









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