ちいさなドラゴンたちと
ナツキふみ
第1話 はじまりの日
「ねえあなた、ドラゴンと暮らしてみない?」
きっかけは、叔母からの電話だった。
都会のアパートでも飼えるような小型のドラゴンが、人と共に暮らすようになったのは、まだわたしが小さな子供だったころだ。
当初はまだ少なかったドラゴンを飼っている家庭も、徐々に増えているときく。
もちろん犬や猫、小鳥などの他の動物を、共に暮らす
だから何も、ドラゴンが特別ってわけじゃない。
でも、人の住む環境で共に暮す動物としては、ドラゴンはまだまだ「新しい選択肢」なのだろうと思う。
カタン、カタンと鳴る。
電車の音が鳴る。
それはまるで、わたしの胸の鼓動のようにも聞こえてくる。
今日は、叔母と約束した日。
叔母の家に、ドラゴンをもらいにゆく日だった。
ここ数年あまり交流もなかった叔母が、ドラゴンを飼っているなんて知らなかった。聞けば、この度、叔母の家のドラゴンに子供が生まれ、子供の貰い手をさがしているという話だった。
「あなたのマンション、ペットもOKだってお母さんにきいてね。どうかと思って」
電話の向こうでそういう叔母の声に、わたしはすぐに返事をした。
すぐにでもその子に会いにいきたい、と。
結局、子供が少し育ってからの方が良いということで、今日引き取りにいくことになったけれど、果たしてこれから会うドラゴンの子供は、わたしのことを気に入ってくれるだろうか。
叔母への手土産が入った紙袋を持つ手に、ぎゅっと少し力がこもった。
『……あのね、わたし、ドラゴン飼ってるんだ』
叔母の電話を受けたとき、子供のころ――あれは小学生のときだった?――まるで大事な秘密をうちあけるように、友達がそっと耳元で教えてくれた声が、それを聴いたときのふわわっと胸が高鳴る感覚が、ふと、記憶のむこうから鮮明によみがえった気がした。
ドラゴン。
ドラゴン。
それは幼い頃の、ささやかな憧れだった。
憧れている気持ちは確かにあって。
でも、どこか恐れというか、怖さのような気持ちもあって。
親にねだることも、できなかった。
今思えば……どこか自分から遠い存在のように感じていて、それでも、憧れる気持ちをそのままの形で持っていたかったんじゃないかとも、思う。
小さなころの、わたし。
そのわたしに「実はね、ドラゴンと暮らすことになったのよ」と、ささやいたら、どんな顔をするだろう?
驚くだろうか、不安げにするだろうか……でもやっぱり、目をまん丸くして驚いたあと、ぴょんと飛び上がって喜ぶ気がして、思わずふふっと笑いたくなった。
****************
叔母の家は電車で30分くらい移動した、閑静な住宅街のなかにあった。
子供のころには何度か遊びに来たけれど、大人になってから来るのははじめてだった。
「いらっしゃい」
笑顔で迎えてくれた叔母に、手土産を渡して挨拶をする。
大人になってから久しぶりに親戚に会うのってなんだかどきどきするというか、気恥ずかしいような、変な気持ちだ。
叔母はわたしの顔をじっと見て、それから、にやっと笑った。
「気になってるんでしょ?どうぞ、奥で待ってるわ」
通された場所は、広いリビング。
子供のころに遊びに来たときより、家具の数が減って、部屋のなかがすっきりしているような気がした。
そこに、いた。
その子たちが。
窓際に置かれた大きなクッションの上で丸まって眠っている、ちいさな、2匹のドラゴン。
リビングの大きな窓からそそぐお日さまの光が鱗に反射して、きらめいている。
ふわりとした光の膜が、その子達を包んでいるようにも見えた。
すーすーと、寝息に合わせるように、身体のまんなかがふくらんだり、縮んだりしている。
煉瓦色のような赤いドラゴンと、深くてきれいな色味の鱗を持つ、青いドラゴン。
ずっと前、どこかで見た「青の洞窟」の写真の思い出す。
そう、あの洞窟にあつまる光みたいな、不思議な青さ。
赤いドラゴンの方も、よくみれば、煉瓦のような身体の色には、深い赤、錆のような朱色、あわい
思わず見惚れてしまっていたけれど、ふと気づいた。
「あれ?この子たちのお母さんは?」
そう言いながら振り返って、驚いた。
微笑んでいる叔母の肩に、緑色の鱗を持つ、立派なドラゴンがのっていた。
まるで宝石のエメラルドみたいな、きれいな色。
いつの間に……どこから、やってきたんだろう。
そのドラゴンは、
急に緊張してきてしまった。
母親からしてみたら、わたしは、子供を奪いにきた悪魔に見えるかもしれない。
害意があると思われたらどうしよう。
そのとき、背後で身じろぎをする気配がして、ぴぃぴぃと小さな鳴き声がした。
赤い子供ドラゴンが鳴いていた。
寝ぼけているのか、目はまだ、閉じたままだ。
戸惑っていると、叔母が「抱いてごらん」と言ってくれたので、おそるおそる手をのばす。
母親のドラゴンは、そんなわたしと子供のドラゴンをじっと見つめていた。
触ると、ドラゴンの子供の身体はあたたかく、堅そうに見えた鱗も、さらさらと柔らかな手触りだった。
おなかの近くを触ると、表皮の奥から、トクトクと鼓動の感触が伝わってきて、なんだか、わたしもどきどきしてしまう。
抱き上げて、何度か、撫でてやる。
ぴぃぴぃと鳴きながら身じろぎをしていた子供は、だんだん落ち着いてきた。
そしてぱちっと、目を開いて、わたしを見た。
しばらくわたしたちは、じいっと見つめ合う。
そして唐突に、ドラゴンの子供の「ぴぃぴぃ」と鳴いていた声が、「ぴぴいぴぴい」という声に変わり、座っていたわたしの膝の上でごろごろと、寝そべりはじめた。
「え、え…?」
わたしが戸惑っていたら、叔母が笑って、
「よかったね、気に入られたみたいじゃない」
と、言ってくれた。ふと顔を上げると、母親のドラゴンと目が合う。
やっぱりすごく静かな目で、わたしを見ていた。
クッションの上ですぅーぴぃーと気持ちよさそうに眠っていた青いドラゴンもぱちりっと目を覚まし、ぴょんっとわたしの膝に飛び乗ってきた。
相方と一緒に、じゃれて遊び始める。
青い鱗と赤い鱗が、光を反射して、きらきら、きらきらと、ちいさな光が生まれる。
あたたかな陽のひかりのなかで、「ぴぴいぴぴい」という2つの声が、からみあうようにはじけて、響く。
膝の上で転がるように遊ぶ2匹を、わたしはいつまでも、見ていたいと思った。
結局、わたしは2匹ともその子達を引き取ることになった。
叔母が、わたしのほかにも引き取り手のあてはないかと探していたけれど、なかなか見つからないままだというので、それならば、どちらもわたしに引き取らせてほしい、とお願いした。
そうして、ちいさな、双子のドラゴンがわたしの家にやってきた。
名前は――ルビィと、サファイアに、決めた。
彼らと一緒の生活が、ここから始まる。
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