十三話 エルフの少女

 一ヶ月後――


 とうとうサヤは、迷宮の踏破可能な範囲の征服に成功した。

 サヤが通ればある者はひれ伏し、またある者は一目散に逃げていく。


 流石にペドラやゴーレほど強力なモンスターと対峙する機会はなかったので、スキルやクラスが増えることはなかったが、シグレとの修練で純粋な剣技は、達人を超える領域にまで至っている。


 今の迷宮内でやることはもうほとんどない。

 そう判断したサヤはシグレとともに迷宮の外に出ることを考えていた。

 そんなある日のことだった……。


『グギャッ! サヤ様、何やら低層の方で騒ぎが起きているようです。ゴブロクたちの報告では侵入者が現れたとか……』


 シグレに膝枕され、物思いに耽っていたサヤのもとに、ゴブイチがやってきてそんな報告をしてくる。


「侵入者だと……? つまり、シグレの言っていた外の世界で生きる者が、この迷宮に現れたということか?」

【どうやらそのようじゃな、サヤ。試しに見に行ってみるのも面白いのではないか?】


 サヤの質問に、シグレは彼の頭を愛おしげに撫でながらそんな提案をしてくる。


 それにサヤは小さく頷くと「よし、外の世界の生き物とはどんなものなのか、この目で確かめるとしよう」と呟き、低層へと向かうのだった。



「うぅ……っ、洞窟に逃げ込んだと思ったら、まさか迷宮だったなんて……!」


 迷宮の低層で、一人の少女が走りながら言葉を漏らす。その後をオークが数体追い縋る。


 オークたちの目は血走り、口からはヨダレが垂れている。

彼ら――オークの性欲は異常に高い、そして異種交配できる種族である。

 逃げ惑う少女を犯し、孕ませようとしているわけである。


「あ…………っ」


 少女が小さな声を漏らす。

躓いてしまったようだ。そのまま勢いよく前に倒れてしまう。

 そんな少女の周りにオークどもが『ブヒッ』『ブヒヒヒッ!』と、下卑た笑みを浮かべながら取り囲む。


 そしてその内の一体が、手に持った棍棒を少女に向かって振り上げた。恐らく動けなくしてから楽しむつもりなのだろう……。


「あ、あぁ……!」


 恐怖のあまり、少女は身動きができず言葉にならない声を漏らす。

 それと同時に、彼女のスカートの下から地べたに水分が広がっていく。

 その光景、そしてその匂いに、オークたちはさらに興奮した表情を浮かべ――ついに棍棒を振り下ろした。


 襲いくるであろう激痛に恐怖し、少女は咄嗟に目をつぶった。

 しかしどういうことだろうか……少し経っても激痛は襲ってこない。


 その代わりに、ドサッ! という大きな音が、少女の耳に聞こえてきた。

 それに続き、オークの『ブ、ブヒ……?』『ブヒィ……ッ』と困惑したかのような声が聞こえてくる。


「剣を持った……スケルトン……?」


 ゆっくりと瞳を開いた少女。


 すると目の前には、刃を血に濡らした刀を構えた黒装束のスケルトンが立っていたではないか。

 そしてスケルトンの前には、胸から血を流したオークが転がり、それを見た他のオークたちがゆっくりと後ずさっている。


「我はこの生き物に用がある。欲しければ我を倒すのだな」


 そう言って、オークども刃を向けるスケルトン。


『ブヒッッ!』


 その一言で、とうとうオークどもは逃げ出した。

 オークどもがいなくなったところで、スケルトンは刀についた血をビッ! と払いながら言葉を紡ぐ。


「シグレ、これが前にお前が言っていた人間という生き物か?」


 興味深げに少女を見下ろしながら、スケルトン――サヤ。


 そんなサヤを前に、少女は(ス、スケルトンが言葉を喋ってる……!?)と大きく目を見開く。


 だが、少女の驚愕はこれで終わらない。

 刀が輝きを放ち光に包まれると、黒い着物をはだけさせた妖艶な美少女に姿を変えたからだ。


 少女――シグレが言葉を紡ぐ。


【サヤよ、コヤツは人間ではない。〝エルフ〟と呼ばれる外の世界の種族じゃ。ほれ耳が少し長く尖っているじゃろう】

「ああ、前に言っていた稀少な種族か。たしかに長い耳をしているな」


 驚きを、そして混乱を露わにする少女などお構いなしに、サヤとシグレがそんなやり取りを交わす。


 少女はエルフだった。


 白い肌に、砂金を思わせるようなブロンドの腰まである長髪、青空を思わせるような紺碧の大きな瞳、歳は十六〜十八くらいだろうか。


 転んだせいで汚れや傷はあるが、そんなことさえどうでもよくなるほどに、少女の容姿は整っていた。シグレとタイプは違うが、彼女もまた絶世の美少女と呼ばれるべきであろう。


【少女よ、ワシの名前はシグレという。そしてコイツの名はサヤ。この迷宮の支配者じゃ】

「あ、えっと……わたしの名前は〝アリサ〟といいます。も、森でイチゴ狩りをしていたら野盗のような者たちに襲われて、この中に逃げ込みました……」


 当然といった様子で自己紹介を始めたシグレに、思わずそれに応じるエルフの少女――アリサ。


 だが自分の自己紹介を終えたところで、少女の頭の中はまたもや疑問で埋め尽くされる。


(やっぱりスケルトンが喋ってる! それに剣から変身したこの子も……それにスケルトンが迷宮の支配者ってどういうことですか……!?)


 と――


【ふむ、野盗に襲われたか、それは災難じゃったの……ちなみにじゃが、その野盗というのはどれくらいの人数だったのじゃ……?】


 哀れんだ表情でアリサを見つめながら、シグレはそんな質問を彼女に投げかける。

 サヤはいったいどういうつもりなのかと不思議に思うも、シグレとアリサのやり取りを黙って見届ける。


 シグレの質問に、アリサが答える。


「詳しい数はわかりませんが、数十人はいたと思います。〝エルフは高く売れるから生け捕りにしろ〟……と指示を出す者がいました」

【ふむ……アリサよ、お前の住む場所はここから近いのか?】

「えっと……ここを抜ければ、二、三十分くらいで里に着くかと……」

【よし、ならば急ぐとしよう。アリサよ、里とやらに案内をするのじゃ】


 アリサの答えを聞くと、シグレは真剣な表情を浮かべて里まで案内するように指示を出す。


「シグレ、何をするつもりだ……?」

【サヤよ、このままいけば、恐らくその野盗とやらはこの娘の里を襲うかもしれぬ】


 サヤの質問に、シグレがそう答える。

 それを聞いたアリサが「そんな……!」と悲痛な声を漏らす。


 アリサを襲うような野盗が、エルフの里を見つけたとしたら……略奪行為に走るのは当然だろう。

 むしろ、それだけの人数で森に現れたということは、最初からエルフの里を襲うのが目的だったのかもそれない。


 シグレがサヤに身を寄せ、アリサに聞こえないようにそっと囁く。


【サヤよ、エルフの里を救うのじゃ。上手くいけば野盗かエルフの里の住人……もしくは両方を配下に加えることができるやもしれぬ】


 と――


 それに対し、サヤは(なるほど、外の世界でも配下を作るということか……面白い)と、シグレの提案を受け入れる。


 まぁ、それ以上に、迷宮で遭遇する以上の強者と対峙することができるかもしれないことに興味をそそられているのだが……それはさておく。


「アリサ……といったか……? 聞いていた通りだ。お前の里まで案内しろ、我が救ってやる」

「え、あ……はい! お、お願いします……!」


 突如現れたスケルトンに対する恐怖はあるものの、彼が自分をオークから助けてくれたのは間違いない。


 それに里が危ないのは確かだ。アリサが一人で戻ったところで何をできるわけでもない。ならば、このスケルトンと刀の少女の提案に賭けてみるしか他に手はない。


 そして何より、アリサの〝勘〟が、サヤとシグレが邪悪なものではないと告げている。


 自然の中で暮らすエルフの勘は鋭い。

 一目見れば、その者が善人であるかそうでないかを見抜くことができると言われている。


「ミノ、ペドラ!」

『ブモッ! ここにおりますぜ、サヤ様!』

『話は聞かせていただきました。いよいよ外の世界に出るのですね!』


 サヤがミノとペドラを呼ぶと、岩陰で待機していた二体が顔を出す。


 現れた二体に、アリサが「ミ、ミノタウロスに……まさかサーペントドラゴン……!? おまけにまた言葉を喋ってる……」と、驚きを露わにする。


 そして、中級モンスターが敬うような口調でスケルトンに応じている……それを見て、本当にスケルトンであるサヤが、この迷宮の支配者なのだと確信する。


 驚きを露わにするアリサの怪我を、シグレが力を使い回復させる。

 回復した彼女をペドラの上に乗せて、サヤたちは猛スピードで迷宮の外へと向かうのだった。

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