十二話 伝説への一区切り

【ふむ、やはりサヤを抱いて寝るのは気持ちがいいのじゃ】


 数刻後――


 サヤを胸に抱いたシグレが目を覚ます。

 その声を聞き、いつの間にか眠っていたミノたちを始めとする配下たちもムクリと起き上がる。


(我も寝るという行為をしてみたいものだな……)


 皆が気持ち良さそうな顔で目覚めるのを見て、サヤはひっそりとそんなことを考えるのだった。


 ◆


『ブヒッ! な、なんだアレは!?』

『スケルトンが多種族を何体も従えているだと!?』


 皆が起きてから少し――


 サヤたちは迷宮のさらに奥へと進撃を開始した。

 だが、今のところまともな交戦ができていない。


 変異種のゴブリン八体にミノタウロス、それにサーペントドラゴンを従えるサヤに恐れをなして、脱兎のごとく逃げ出してしまうのだ。

 今も二体のオークが、回れ右して逃げていったところである。


【なんじゃ、どいつもこいつも腰抜ばかりではないか! これでは配下を増やせんのじゃ!】

「逃げるならそれでいい。その程度のモンスターが、我の配下に加わっても足手纏いだ」


 次々と逃げていくモンスターどもに、シグレが不満を露わにするが、サヤは根性なしなど不要だとキッパリと言う。

 それよりも、小規模な軍団となりつつあるサヤたち一行に、挑んでくるような根性のあるモンスターを配下に加えたい、そして手合わせしてみたいのだ。


『では、サヤ様。このまま進んでしまってもよろしいでしょうか?』

「ああ、手応えのある敵が現れるまで突き進むのみだ」


 サヤとシグレを背中に乗せたペドラが、問いかける。

 サヤは小さく頷いて、先を目指すように指示を出す。

 その後を、ミノとゴブイチたちは、えっちらおっちらと追いかけていく。



『ここに、自分、以外……の、者が現れる、珍し、い』


 さらにいくつかの階層を経てたどり着いたエリア――

 その中心で、一つの巨大な存在が言葉を紡ぐ。


「シグレ、こいつは何だ?」

【サヤ、コヤツは〝ゴーレム〟じゃ! 気をつけろ、ランクはAとBの間……B+に位置付けされる強力なモンスターじゃ!】


 現れたモンスターはゴーレム。

 シグレの言った通り、ランクB+の強力なモンスターだ。

 身長は約三メートルくらいだろうか、大木のように太い腕と脚を持ち、体は鈍色に輝いている。


「ゴーレムよ、我は今、配下を探している。我の配下に加わる気はないか?」

『自分、ここ守るのが……使命、配下……なるなら、自分、倒せ』


 サヤがお決まりの質問をすると、ゴーレムからはそんな答えが返ってきた。

 どうやら、このゴーレムは〝エリア守護型〟のゴーレムらしい。

 ゴーレムにはいくつかの種類が存在する。


 自ら動き、殺戮を繰り返す者。

 何者かに操られ、使役される者。

 そして、このゴーレムのように、特定のエリアを守るため動かない者。


 最後に関しては、倒すことでスキルとかは関係なしに自分の配下に加えることができるとされている。


 いくつかの種類が存在することがわかっているだけで、それがどういった理由で存在しているのかは今のところ解明されていない。


「面白い、お前のような者に勝利して、配下に加えてこそだ。……皆、ここは我が一人でやる。手出しは無用だ」

『ブモッ!? そいつは無茶ですぜ、サヤ様!』

『そうです、コイツは私よりも格上なんですよ!?』


 サヤの言葉を聞き、ミノとペドラが止めにかかる。

 ゴブイチたちはアワアワと慌てた様子を見せる。


【ええい、狼狽えるでない! サヤが一人でやりたいと言っておるのだ。配下らしく主を信じて送り出さんか!】

『ブモッ……シグレ様がそうおっしゃるなら……』

『キシャ、出過ぎた真似をお許しください、サヤ様』


 シグレの一括で、ミノもペドラもそれ以上は何も言わない。

 主であるサヤを信じることにしたのだ。


 ゴブイチたちは、こっそりとホッとした様子で胸を撫で下ろす。

 流石にサヤがついているとはいえ、下級に位置する自分たちがゴーレム相手に戦線に加わるのは怖いというものだ。


「ではいくぞ、ゴーレムよ」

「……! 来る、が、いい……ッ」


 妖刀形態へと変身したシグレを構えるサヤを見て、ゴーレムは一瞬驚いたかのような反応を見せるが、その後少しだけ声弾ませて太い指をクイクイと動かし挑発する。

 どうやら口調とは裏腹に、サヤと同じく、戦いに興じるタイプの性格のようだ。


「《エンチャント・ウィンド》……ッ」


 まずは《エンチャント》を発動し、気流を纏う。

 そしてそのまま駆け出し、すぐさまトップスピードへと至る。


『疾、い!』


 疾風の如きサヤのスピードに、ゴーレムが静かに、しかしハッキリと驚いた声を漏らす。

 しかし、それは一瞬だった。


 急接近してくるサヤに向かって、右の剛腕を振り落とす。

 図体がデカい割りに、中々の速度だ。

 こんな攻撃を喰らっては堪った者ではない。

 サヤは、スピードを活かしたままサイドステップし、それを回避する。

 標的を失ったゴーレムの拳が、轟音を立てて地面を抉る。


 その隙を見逃さなかった。

 サヤはサイドステップで着地すると同時に、さらにステップを織り交ぜ斜め前に前進。

 そのままゴーレムの足元へと飛び込むと、太い左脚を斬りつけた。


「む……ッ」


 サヤが声を漏らす。

 そしてそのまま気流を駆使したバックステップで大きく距離を取る。


 確かに脚に切り傷を与えた。

 大木のように太いので、叩き斬ることはできなかったが、それなりに深くまで達した。

 さすがはシグレの切れ味である。


 しかし――どういうことだろうか、傷が見る見るうちに塞がっていくではないか。


【コヤツ、〝再生型〟か!】

「シグレ、何だそれは……?」

【ゴーレムの中には傷を再生する種類がおるのだ。だが、その場合、体のどこかに魔法文字ルーンが刻まれているはずじゃ! そこを狙えば倒すことができるのじゃ!】


 シグレの説明に、サヤは「わかった」と言って駆け出した。

 そのままゴーレムの周りを走り抜ける。


 サヤを追い、ゴーレムは拳を振り下ろす。

 それらすべてを、サヤはステップ、或いは跳躍で回避してみせる。


【スケルトン・セイバー】のクラスから得たスキル、《エンチャント・ウィンド》――これがなかったら、サヤは今ごろ体を粉々に砕かれていたことだろう。


「見つけたぞ……ッ」


 後ろへと回り込んだサヤ、とうとうゴーレムの首筋に魔法文字を見つけることに成功する。


「《ロックバレット》……ッ」


 魔法文字目掛け、【スケルトンメイジ】のクラスから得たスキル、《ロックバレット》を発動する。

 いくつもの礫が、ゴーレムの首筋に襲いかかる――が、それらは全て、咄嗟に右腕で防御することで阻まれてしまった。

 どうやら、魔法文字が自分の弱点であることは知っているようだ。


「ならば……ッ」


 再びサヤが駆ける。

 それを追って、ゴーレムが拳を振り下ろす駆け引きがまた始まる。


 ゴーレムが数発目の拳を振り下ろしたその時だった――

 サヤが、回避した拳に飛び乗り、ゴーレムの頭に向かって駆けていく。


 ゴーレムは咄嗟に反対の拳で魔法文字を庇う。

 こうなってしまっては文字を削ることはできない。

 誰もがそう思っていた。


 だが――


「《エンチャント・ロック》……ッ」


 ゴーレムの肩へと飛び乗ったサヤが発動したのは【スケルトンセイバー】のクラスから得たスキル、《エンチャント・ロック》だった。


 シグレの刀身に、硬質な鉱石のようなものが纏わりつく。

 その姿、まるで無骨な大剣のようだ。

 そして――サヤは一気にシグレを振り下ろした。


 するとどうだろうか、ゴーレムの腕が僅かに弾かれたではないか。

 刀身に重みをつけることで、サヤはゴーレムの手を魔法文字から離すことに成功したのだ。


「どうだ、我の配下に加わるか?」


 すかさず魔法文字に切っ先を向けながら、ゴーレムに向かってサヤは問いかける。


『敗北、認め、る……自分、強き者の、配下に、なる』


 ゴーレムは静かに、忠誠の言葉を紡ぐ。



「よし……お前の名は〝ゴーレ〟だ。今日からよろしく頼む」

『自分、名前……ゴーレ、嬉、しい……』


 ゴーレム――ゴーレを屈服させて少し、サヤは例によって名付けを行った。

 他のモンスターと同じく、ゴーレも名前を気に入ったようだ。


『ブモッ! サヤ様マジで凄すぎるだろ!』

『ゴーレムを圧倒してしまうとは……私が敗北するのも当然だ』


 ゴーレとやり取りをするサヤを見て、ミノとペドラがそんなやり取りを交わす。

 いくら強いとはいえ、スケルトンがゴーレムを圧倒するとは……未だに信じられないのだ。


「それで、ゴーレ。お前はどうしてここを守護していたんだ?」

『理由、わから……ない、ゴーレ、ここを、守る、使命……だった』


 サヤがゴーレにここを守護していた理由を問うと、そんな答えが返ってきた。

 何で自分はこんなことをしていたのだろうかと、ゴーレ自身、不思議そうに首を傾げている。


【ふむ、ゴーレム自身、自分がエリアを守護している理由がわからんのか。案外、他の守護型ゴーレムもそうなのかもしれんのう】


 ゴーレの返答を聞き、シグレが呟いている。

 ゴーレム自身にエリアを守護する意思がないとすれば、誰かに操られているのでは……。


 それはさておき。


 サヤは皆を連れ、さらに奥へ進もう……とするのだが――


「何だこれは? 見えない……壁……?」


 サヤが何もないはずの空間を手の指でコンコンと叩く。

 そう、目の前に不可視の壁のようなものが存在し、進むことができないのだ。


【むぅ、これは特殊な結界の類のようじゃのぅ。この感じからすると、ワシの切れ味を以っても壊すことは不可能じゃ】


 目の前の透明な壁に手を当てながら、シグレが悔しげに言葉を漏らす。

 切れ味に絶対の自信を持つ彼女をもってしても、目の前の障害を断てぬことが悔しいのだろう。


『グギャッ!? ということは……』

『ブモッ! 現在進める階層限定とはいえ……』

『キシャッ……ッ、サヤ様はこの迷宮を制覇してしまった……ということに!』


 ゴブイチ、ミノ、そしてペドラが口々に……。


【そういうことじゃな。喜べ、サヤよ! ここまでの階層限定とはいえ、お前はこの迷宮で〝最強〟となった!】

「最強……我が……?」


 シグレに言われ、戸惑った声を漏らすサヤ。


 この短期間で、ただがむしゃらに力を振るってきた。

 サヤにとってはあっという間の出来事だった。

 一瞬にも思えてしまうような経験で、限定的とはいえ迷宮内最強となってしまったことに、実感が湧かないのだ。


『ブモッ! そうと決まれば話は早い!』

『サヤ様、外の世界に向かいましょう!』


 ミノとペドラがサヤを急かす。

 サヤ同様に、皆外の世界に興味があったのだ。

 ゴブリンたちも目を爛々と輝かせている。


 そんな配下たちに、サヤは――


「いや、まだだ。まだこの迷宮には我の配下に相応しいモンスターがいるかもしれない。行ける階層が限られているとはいえ、できるだけ配下を増やしたい。……それに、まだ我の力は伸びるはずだ。そうだろ、シグレ?」

【クククク……ッ、本当に成長したのう、サヤよ。その通り、外の世界に出るのであれば配下は多い方がいい。そしてお前はまだ成長できる。ゴーレほどではないにしろ、他のモンスターと戦えば新たなクラスやスキルに目覚めるかもしれんからのう】


 サヤの言葉に、シグレが慈しむような視線を送りながら応える。

 現時点で迷宮内最強の座についたからといって、決して奢らないサヤの姿勢に、心構え的な部分での成長が見れて嬉しいのだ。


「よし、ならば行くぞ。この迷宮を、我に従う者以外は存在しない世界へと変えてやろう」

【ぷっ……あはははは! サヤよ、それではまるで〝魔王〟ではないか! 良いぞ良いぞ、妖刀と魔王……お似合いではないか……!】


 サヤの言葉を聞き、シグレが壮絶な笑みを浮かべながら笑う。

 だが、どこか無邪気で優しさを感じさせる不思議な笑いだ。


 サヤ……彼はスケルトン、迷宮で生まれし最下級モンスターだ。

 妖刀に魅入られし彼は、やがて幾千の軍勢を従える無双の魔王となる。


 そんな伝説の物語もまだまだ始まったばかりだ――。

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