十四話 感情の爆発

「これが外の世界か……」

『ブモっ、思ったよりも景色が悪いですね、サヤ様』

『キシャっ、それに随分と視界が悪いです』


 迷宮から出てきたところで、サヤにミノ、それにペドラがそんな感想を漏らす。


 外の世界、どんなものかと期待に胸を膨らませていたサヤたちであったが……外に出てみれば濃い霧が立ち込めており、景色を見渡すことができないような状態だった。


 そんなサヤたちに、アリサがおっかなびっくりといった様子で説明をする。


「こ……ここは〝霧の領域〟と呼ばれてまして、里では立ち入ることは禁忌とされている場所です。禁忌とされる理由は知りませんでしたが、迷宮があるからだったのですね……」


 普段は立ち入ることを禁止されている領域だが、野盗から逃げるために霧の中に飛び込んだようだ。

 そして身を隠すために洞窟に足を踏み入れたのだが……そこがサヤたちの住まう迷宮だったというわけである。


「ということは、ここを抜ければまた新たな景色が広がっているということか……。ふん、楽しみになってきた。ペドラ、前進するぞ」

『キシャ! かしこまりました、サヤ様!』


 少しワクワクしたかのような口調のサヤに命令され、皆を背中に乗せたペドラが霧の中をグングンと進んでいく。


 本来であれば、格下と認識しているミノや、エルフであるアリサを背中にの乗せることなどしないペドラではあるが、今回は緊急事態ということで納得している。

 

 そして霧の中を進むこと数分間――


 霧を抜け、森の中の拓けた場所へと出てきたサヤたち。


 天空から差し込む太陽の光に、ミノとペドラは思わず目を細める。

 シグレも「陽の光……暖かいのじゃ……」と感動を露わにする。


 しかし、感動するのも束の間……サヤがとある光景に気づく。


「何だ、向こうの方で煙が上がっているぞ?」

「あの方向は里がある場所です。ま、まさか……!」


 サヤが指差した先には黒い煙がもうもうと上がっていた。

 そしてそれを見て、血の気の引いた顔でアリサが言葉を漏らす。


【やはりワシの予想した通りになったのじゃ! サヤ、急ぐのじゃ!】

「了解だ、シグレ」


 サヤたちはさらにスピードを上げ、煙の上がる方へと向かっていく。


 ◆


「た、頼む! どうか命だけは……!」

「ギャハハハハ! 命乞いなんて聞くわけねぇだろ! 男は全員皆殺しだァ!」


 エルフたちの住まう小さな里の中――


 至るところで悲鳴と怒号が響き渡る。


 いくつかの木でできた家は燃え上がり、エルフの男たちが、野盗と思しき武装した男どもに次々と殺されていく。


 女と子どもは、里の入り口に集められ、その身をロープで拘束されている。


「さてさて……男どもは殺し尽くしたし、せっかくだし〝味見〟でもするかな? ククククク……!」


 野盗の中の一人が、囚われた女エルフたちを見下し、下卑た笑みを浮かべる。


 そんな笑みを向けられ、夫や家族を殺され咽び泣いていた女エルフたちが、これから自分たちがされることを想像し、ある者はさらに泣き声を上げ、ある者は「ひっ……」と悲鳴を漏らす。


「お、コイツなんて良さそうじゃねぇか……!」


 品定めするように、女エルフたちに視線を彷徨わせていた野盗の男、その視線がとある女エルフに止まる。


 緩くウェーブした金の髪に白磁の肌、不安に揺れる瞳の色は海を思わせるマリンブルー。

 エルフはその誰もが美しい容姿を持っているが、彼女はその中でも飛び抜けて美しい、極上の美女……そんな美貌を持っている。


 野盗の男が彼女の髪を乱暴に掴み自分の元へと引き寄せる。


 恐怖と痛みで「きゃあぁぁっ……!」と叫び声を上げる美女エルフ……。


 その叫び声を聞き、野盗の男は「いいぞぉ……その調子でいい声で鳴くんだぞぉ……?」と血走った目でいやらしく嗤う。


 そして彼女の服に手をかけようとした……その瞬間だった――


 ぼとり……っ。


 地面に何かが落ちる音がした。


 野盗の男が「へ……?」と不思議そうな声を漏らす。

 エルフの美女を掴もうとした手……それが腕の先からなくなっていたのだ。


 そして次の瞬間――腕の先から、ドパッ! と鮮血が噴き上がった。


「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッッ!?」


 野盗の男が叫び声を上げる。

 そしてその背後から声がする。


「何だ、人間というのは随分と脆いものなのだな……」


 と――


「剣を持った……スケルトン……?」


 美女エルフが、呆然と声を漏らす。

 そこには刀は振り抜いた体勢で、野盗の男を見下ろすスケルトンが立っていたのだ。


「お母様! みんな! 無事ですか!? 救援を呼んできました!」

「アリサ……アリサなの……!?」


 森の方から叫び声を上げながらアリサが駆けてくる。

 そして美女エルフがその叫びに応える。

 どうやら、彼女はアリサの母親であったらしい。


 娘が無事だったことに安堵する反面、目の前のスケルトンに対しての恐怖が隠せない……そんな二つの感情が入り混じった表情をしている。


「お母様、みんな、心配しないで! このスケルトンさんは、わたしを助けてくれた味方だから!」

「モ、モンスターが味方……? アリサ、それってどういう――」


 アリサと会話を交わす彼女の母。


 しかし、そんなやり取りもここまでだ。

 突然の出来事に呆然と立ち尽くして野盗どもが動き出したからだ。


「な、何でこんなところにスケルトンがいやがる!?」

「関係ねぇ! 俺らの仕事の邪魔をするならモンスターだろうと消すのみだ! 喰らえ、《ファイアーボール》……!」


 野盗の一人が炎属性の下級魔法をサヤに放ってくる。

 目の前で発動した攻撃魔法に、エルフたちが恐怖で悲鳴を上げる。


 野盗たちが勝ち誇った笑みを浮かべる。

 スケルトンの弱点は火属性と打撃だ。

《ファイアーボール》など喰らえば一溜まりもないもないだろう……そう思っての笑みだ。


 しかし――


「遅いな」


 スケルトン――サヤは涼しい顔……は骨なのでできないが、軽く刀――シグレを振るう。


 するとどうだろうか。

 眼前に迫っていた《ファイアーボール》がスパッ! と二つに切り裂かれ、そのままサヤの後ろへと通過していったではないか。


「ば、馬鹿な!」

「魔法スキルを剣で切った……だと……!?」


 目の前で起こった光景に、野盗どもが狼狽した声を上げる。

 そしてこのままではマズイと判断したのか、何人かの野盗が逃げ出そうとする――が……。


「ペドラ、逃すな!」


 サヤが生い茂る木々の中に向かって叫ぶ。

 そしてその中から『了解です、サヤ様!』という声とともに、一体の蛇竜――ペドラが飛び出した。


 ペドラは野盗どもを囲むように、自分の体で輪っかを作り、野盗どもを包囲する。


「サ、サーペントドラゴンだと!? 一体どうなっている……!」


 騒然とする野盗ども。

 だが、そんな中からもペドラの体を乗り越え逃げ出そうとする者が現れる。

 まぁ、それも無駄に終わるのだが……。


『サヤ様から逃げられると思うなよ!』


 そんな声とともに、今度は木々の間からミノが現れる。

 そのまま逃げだそうとした野盗の頭に斧を振り下ろし、真っ二つにかち割ってしまった。


 もともと、サヤはシグレの提案で野盗も配下に加えることを視野に入れていた。


 しかし、目の前に広がる凄惨な光景を見て――


(許さん……ッッ!)


 ――そんな言葉が頭の中を駆け抜けた。


 気が付いた時には飛び出し、野盗の腕を切り飛ばしていた。

 そしてサヤの意図を汲んだペドラとミノも行動に出たわけである。


 そして数分後……。


 斬――――ッッ!


 鋭い音ともに最後に生き残った野盗が、サヤによって切り裂かれた。


「こ……これで終わると思うな……よ……ッ」


 そんな言葉とともに、野盗は息を引き取るのだった。


(ふむ……サヤよ、容赦なかったな。エルフたちが一方的に蹂躙される光景に怒りを覚えた――というところじゃろうか。もしや正義に目覚めたか……? 魔王のように振舞ったかと思えば今度は正義のような振る舞い……つくづく可愛いやつじゃ)


 サヤの手の中で、彼を思いながら、シグレはそんな言葉を胸の中で呟くのだった。

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