七話 名付けと新たな一歩

【ほれ、バカなことをしてないで、腕を出すのじゃ】


 地面を拳で何度も殴りつけるミノタウロスに、シグレが呆れた様子で声をかける。


『ブモッ、そうでした。俺の怪我を直してもらえるのでしたな! 頼みます!』


 シグレに言われ、ミノタウロスはハッとした様子で我に返る。

 妖艶な美少女であるシグレを侍らせるサヤのことが、本気で羨ましかったようだ。


【よし、ではいくぞ?】


 使い物にならなくなった腕を差し出したミノタウロスに、シグレが手のひらを向ける。

 すると闇色の輝きがミノタウロスを包み込み始めた。


『ブモッ!? 痛みが……痛みが引いていきます! なんと、もう腕が動かせる!』


 ミノタウロスが喜色の混じった声を上げる。

 そしてそのまま、今まで使えなかったはずの腕をブンブンと振り回し始めた。

 見れば、《ロックバレット》で抉られたはずの傷も綺麗に閉じているではないか。


「驚いた。そんなことが本当にできるのだな……」

【ふふん……どうじゃ、サヤよ。ワシに惚れ直したか?】

「ああ、やっぱりお前はすごいやつだ」

【あ、あっさり肯定するのじゃな……そうか、サヤはワシに惚れておるのか……そうか、そうか……♡】


 サヤの答えを聞き、何やら頬を染め太ももを擦り合わせてモジモジし始めるシグレ。

 彼女の艶かしい姿に、ミノタウロスは股間を押さえ、『オウフッ!』と声を漏らし前かがみになる。


 そんな二人の様子を見て、サヤは「…………?」と首を傾げる。

 まだまだ自我を持ち始めたばかりのサヤには、二人の行動に理解が及ばないのだった。


【そ、それよりもじゃ! サヤよ、コヤツに名前をつけてやってはどうじゃ?】

「名前を……我がつけるのか……?」

【そうじゃ。この先、他のミノタウロスも配下に加わるかもしれぬ。そうなった時に呼び名は必要じゃ。そして、コヤツはお前の配下じゃ、主人であるお前が名前をつけてやるべきじゃ!】


 ミノタウロスに名前をつけるべきだと主張するシグレ。

 それに、ミノタウロス自身も『俺もぜひ、サヤ様に名前をつけて欲しいです!』と首をブンブン縦に振る。


「わかった……ならばミノタウロス、今からお前の名前は〝ミノ〟だ」

【な、なんと安直な……】

『ミノ! 素晴らしい響きです! 感謝しますぞ、サヤ様!』


 あまりに安直なサヤの名付けに、シグレは呆れた様子を見せるのだが、ミノタウロス――否、ミノ自身は気に入ったようだ。


 シグレが【お前もそれでいいのか!?】とツッコミを入れるのだが、名前をもらえたことに興奮するミノの耳には聞こえていなかった。



『ブモッ、外の世界ですか……そんなものがあるとも知りませんでしたし、この空間……迷宮でしたか? ここから出ようなんて発想もありませんでした』

「やはり我と一緒か、我もシグレと出会うまでは迷宮から出るなんていう発想はなかったからな」


 名付けが終わってから少し、サヤはミノに自分の目的は強くなること、そして力をつけたら迷宮出て、外の世界で生きたいと思っていることを伝えた。

 すると、ミノもサヤと同じで、外の世界があるということも知らなかったし、迷宮から出ようという考えにも至らなかったことがわかる。


【それで、どうする、ミノよ? サヤはこれから強くなるために迷宮のを進むつもりじゃ。お前が今まで経験してきた以上に熾烈な戦いが待っているやもしれん。それでもついてくる自身はあるか?】

『もちろんです、シグレ様! 俺はサヤ様の強さに感服しました。サヤ様の行く先ならどんな場所だってついて行きます!』

「よし、ならば進むとしよう。我は強くならなければならない」


 改めて覚悟のほどを問うシグレ。

 それにやる気満々といった面持ちで応えるミノ。

 二人のやり取りを見届けたところで、シグレが淡々と言って歩き出す。


【ふふふ……せっかちなヤツじゃ】

『お、お待ちください、サヤ様!』


 シグレは面白そうに笑うと妖刀形態となって、サヤの手の中に収まる。

 ミノは慌てて二人の後を追いかけるのだった。


「む、道が二つに別れているな」


 敵を求めて歩くこと少し――

 サヤが足を止める。

 彼の目の前には二つの分かれ道が現れた。


【ミノよ、それぞれの道の進んだ先に、どんなモンスターがいるか知っておるか?】

『すみません、俺はこの先のエリアには行ったことはないんです。なんで今まで行こうと思わなかったのか……』


 シグレの質問にミノが答える。

 やはり、モンスターは誰かに知識を与えられない限り、特定のエリアから出るということをしないし、そういった考えに至らないようだ。


『だが、行ったらヤバイ方ならわかります。右の道……こっちからは俺よりも格上のヤツの気配をビンビンと感じます』


 静かに右の道を指し示しながらミノが言う。

 その言葉は本当のようだ。

 その証拠に、ミノの額には薄っすらと冷や汗が滲んでいる。


「よし……右に進む」

【うむ! サヤならそう言うと思っておったのじゃ!】

『ま、マジですか……いや、俺はサヤ様について行くと決めた。ならばここで退くわけにはいかないですぜ!』


 明らかに危険だとわかっている方へと進んでいくサヤとシグレ。

 ミノは狼狽えるも、すぐに自分に喝を入れる。


 ミノほどのモンスターが気配で怖気付くほどの敵とは果たして――

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