六話 初めての配下と嫉妬

「シグレ……ミノタウロスは喋ることができるのか?」

【いや、そんなはずはない。上級のモンスターであれば人語を解する個体も存在するが、中級程度のミノタウロスではそれは不可能なはずじゃ】


 喋るミノタウロスを前に、サヤもシグレも動揺した様子だ。


 無理もない、シグレの言った通り人語を喋るミノタウロスなど、その上位種である〝ミノタウロス・キング〟くらいしか存在しないのだから。


 では目の前の個体が、ミノタウロス・キングであるのかと聞かれればそうではない。

 ミノタウロス・キングは巨大であり、通常の個体を遥かに凌駕する膂力と上級スキルを持っている。

 今のサヤが、ここまで追い込むことなどできるはずがない。


『おぉ……ッ、強き者の言っていることがわかる……! それに、まさか武器が話している……? いや、それよりも! 頼みます、俺を強き者の配下に加えてください……!』


 サヤとシグレの会話を聞いて、ミノタウロスが感動した様子で声を上げる。

 やはり人語がわかるらしい。


 そして、ミノタウロスの口にした『配下に』という言葉に、サヤとシグレはさらに動揺する。


【待てよ、確か戦いの最中に新しいクラスに目覚めたのであったな……よし、ステータス展開じゃ!】


 思い出したかのように、シグレがそう言ってサヤの視界の中にステータスを展開する。

 すると次のような内容が記されていた。


==============================

名前:サヤ

種族:スケルトン

ランク:Eランク

所持クラス:【スケルトンセイバー】【スケルトンメイジ】【スケルトンテイマー】

スキル:《エンチャント》《ファイアーバレット》《ウォーターバレット》《ウィンドバレット》《ロックバレット》《異種族言語理解》《敗者隷属化》

装備:妖刀・闇時雨

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「【スケルトンテイマー】のクラスに、スキル《異種族言語理解》、それに《敗者隷属化》……」

【なるほど、《異種族言語理解》の効果でミノタウロスの言葉がわかるようになったというわけか。この状況を見るに、相手と周囲にも効果を及ぼすようじゃな。それと……《敗者隷属化》か、なるほどなるほど……】


 納得といった様子で呟くシグレ。


 彼女の言った通り、《異種族言語理解》はスキル所持者とその周囲に効果を及ぼす言語共通化スキルだ。


 そして、《敗者隷属化》だが……こちらも読んで字の通り、交戦した相手に敗北を認めさせると、自分に隷属させることができるスキルである。


 まさに新たに手に入れたクラス、【テイマー】の名に相応しいスキルと言えよう。

 ちなみに、《異種族言語理解》と《敗者隷属化》は両方とも常時発動型のスキルだ。


【よし、サヤよ。こやつをお前の配下とすることにしよう】

「配下……我の手下ということか……?」

【そうじゃ、この迷宮で己を鍛えるためには、味方がいるに越したことはない。何より、強き者は配下を持つべきじゃ】

「……シグレが言うなら、そうしよう。……ミノタウロス、お前を我の配下にすることとする」


 せっかく手に入れたスキルだ。

 利用しない手はない。

 ミノタウロスほどの膂力を誇るモンスターを配下に加えられれば、様々な戦い方ができるだろう。


 シグレはサヤに知って欲しかったのだ。

 自分だけで戦う以外にも、仲間と連携するという戦い方もあるのだということを。


『おお! 配下に加えてもらえるのですか! ありがたき幸せ……!』


 サヤの言葉を聞き、ミノタウロスは感嘆の声を上げ、さらに深く頭を下げる。

 思わぬ形で、サヤは配下を手に入れるのだった。


「しかし、配下にしたはいいが、片腕が使えなくてはな……」

『ブモ!? 何を言いますか! 片腕が使えなくとも、必ず強き者の役に立ってみせます!』


 サヤが《ロックバレット》でダメにしてしまった、ミノタウロスの腕を見ながら言うと、彼はそれくらい何ともないと言い張る。


 だが、それは嘘だとサヤにはわかってしまう。

 ミノタウロスの顔色はどんどん悪くなっていくし、身体中から汗が噴き出してきているからだ。


【サヤ、それにミノタウロスよ、それについての心配はいらぬぞ】

「どういうことだ、シグレ?」


 シグレの言葉に、サヤが不思議そうに聞き返す。

 そんなサヤに、シグレはこう答える。


【ワシは妖刀じゃ。今まで、お前はこの迷宮で我を振るい、何体ものモンスターを倒してきた。その度に我はモンスターの生命力を吸収し、この体に蓄えてきた。その生命力を、こやつ……ミノタウロスに与えて、傷を治してやるのじゃ】

「ほう……」

『ブモッ……! やはり武器が喋っている! いや、それより本当にそんなことが……?』


 サヤは感心した様子で言葉を漏らし、ミノタウロスは改めて武器が喋っていること、そして驚くべきシグレの能力に驚愕する。


【当たり前じゃ、ワシは妖刀じゃからな。……よし、サヤの配下に加わったことだ。お前にもワシのもう一つの姿を見せておくとするのじゃ!】


 シグレが闇色の霧となってサヤの手の中で散る。

 そして霧はミノタウロスの目の前に収束し、黒髪の着物美少女の形を成す。


『ブモッ!? ぶ、武器が生き物となった……だと?』

【自己紹介をしておこう、ワシは妖刀・闇時雨……この者、サヤの武器にして保護者じゃ。シグレと呼ぶがいい】


 人型となったシグレの姿を見て、目を見開くミノタウロス。

 武器が喋るということでさえ、驚愕に値するというのに、その上人の姿に変わったとなれば、この反応も当然である。


『シグレ……いや……強き者、サヤ様の武器であるなら、シグレ様と呼ぶべきか。…………何とも可憐だ、是非とも交尾したい!』

【うげっ……!?】


 シグレの姿に見惚れたかと思えば、とんでもない発言をかますミノタウロス。

 シグレは引き攣った顔で、ドン引きする。


「おい、あまりシグレに近づくな。シグレは我の武器だ」

『ひ……っ!? も、申し訳ありません、サヤ様……ッ!』


 サヤが静かに、だが少々苛立った声色でミノタウロスへと忠告する。

 ミノタウロスはさらに血の気を引かせて、小さく悲鳴を上げる。


 それにしても、ここまでサヤが感情を出すのは珍しい。


【なんじゃサヤよ、他の雄がワシに近づくのが気に食わんのか? 安心せい、ワシが肌を許すのはお前だけじゃ……♡】


 サヤの反応を見て、シグレは甘い声でそう言うと、彼の腕の骨に自分の腕を絡ませ、まるで恋人のように密着する。

 豊満な双丘のうちの一つが、むにゅん! とサヤの腕の骨に当たり、柔らかそうに形を崩す。


『ブモッ! ブモッ! 羨ましい! 羨ましいですぞ、サヤ様ぁぁぁぁぁぁッ!』


 ミノタウロスは無事な方の腕の拳で地面を殴りつけ、嫉妬を露わにするのだった。

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