一話 サヤとシグレ
「それで、お前は何なんだ。それに我の体はどうなっている?」
ホブゴブリンを討ち倒した喜びに浸ること少し――
スケルトンが刀に向かって問いかける。
何から何まで分からないことだらけだ。
この刀を手にした瞬間、今まで希薄だった自我をハッキリと認識し、さらに体まで強化された。
その上、その力を与えてくれた刀自体が言葉を喋るとくれば、不思議に思って当然だ。
【よし、説明してやろう。……と、その前にワシのもう一つの姿をお披露目するとしよう。お前に触れてもらえたお陰で〝封印〟が解けたからの】
「もう一つの姿……だと?」
【まぁ見ておれ】
そう言った瞬間、漆黒の輝きを放った。
そして刀はスケルトンの手の中で霧散し、彼の目の前に再び輝きが収束すると――
【ふぅ、この姿になるのはいつ振りかのう?】
「……本当に、姿が変わったのか」
静かに、しかし明らかに驚いた声を漏らすスケルトン。
彼の目の前には一人の人間の少女が佇んでいた。
腰まである漆黒の長い髪、同じく漆黒の瞳。
背丈はスケルトンの胸元くらいだろうか。
黒と紫を基調にした着物を着崩している。
胸元がはだけ、豊かに実った胸が谷間を作り、臀部は着物の上からでも分かるほど女性らしい丸るみを帯びている。
片方の脚も着物の隙間から覗いている。
程よくむっちりとした白い太ももが何とも眩しい。
そして何より、彼女の顔の造形が神秘的だ。
ぱっちりとした大きな瞳、ほんのりピンクに染まったキメの細かい頬。
鼻の形も小ぶりで整っており、程よくぷっくりした唇も綺麗な形をしている。
誰がどう見て美少女、それも極上の美少女と呼べる容姿だ。
【くく……っ、驚いておるな。ワシの名は〝
スケルトンが驚きを露わにすると、妖刀――否、シグレは誰もが見惚れてしまうような妖艶な笑みを浮かべながら自己紹介を始めた。
「妖刀……。ただの武器ではないと思っていたが」
【うむ。我は所有者に呪いをかける、その代わりに身体能力の強化を施すことが出来る。その上我自身の武器としての性能も……まぁ、これは後で説明すればよいか。それよりもお前が言葉を話せるようになった理由だが――正直ワシもよく分からん。どうやら長い眠りのせいで記憶を色々と失われているようでな。自分がなぜこのような場所に封印されていたのかも思い出せんのじゃ】
「よく分からんが、話せないのであれば別に良い。我の体が強化された理由も分かったしな」
シグレの話を聞き、スケルトンはひとまず良しとする。
「それよりも、我はお前をこの先も使って良いのか? そちらの方が気になる」
【当たり前じゃ。お前ほどワシにとって都合の良い使用者はそうはいないからの。ワシの呪いを受けぬ体の持ち主がいるなんて思いもよらなかったのじゃ。それと……さっきも言ったが、ワシのことはシグレと呼べ】
「分かった、シグレ。これからはそう呼ばせてもらう」
スケルトンにシグレと名前で呼ばれると、彼女は上機嫌に「ふふんっ」と笑う。
武器にしては随分と表情が豊かな少女だ。
【それよりもじゃ、お前に名前はあるのか?】
「いや、そんなものはない。そもそも自我のようなものすらほとんどなかったからな」
【じゃろうな。よし、ワシが取っておきの名前を授けてやろう。今日からお前の名前は〝
「そのままだな。だがサヤか……悪くない響きだ。よし、我はこれからサヤと名乗ることにしよう」
【うむ、決まりじゃな!】
自分の名付けが気に入ってもらえたからか、シグレはまたもや嬉しそうに笑う。
スケルトン――サヤは、初めて名前で呼ばれるという感覚に、不思議な気持ちを覚えるのだった。
【とまぁ、お互いの呼び名が決まったところで、サヤよ。お前に服を与えるとしよう】
「服……? 何だそれは、敵か?」
【フハハハハ! そうか、その辺の知識は備わっておらんのじゃな。まるで子どもみたいで可愛いではないか】
「可愛い……?」
【ぷっ……あははははは! それも分からぬか。良いぞ良いぞ、ますますもって可愛らしくなってきた。これからワシが色々なことを教えてやるから安心するのじゃ】
キョトンとした様子を見せるサヤが、よほどお気に召したようだ。
彼女の言葉を聞くに、どうやら庇護欲のようなものが芽生えてしまったというところであろうか?
今も背伸びしてサヤの頭に手を伸ばし、その頭をナデナデと撫で回す。
全身漆黒色の美少女が骸骨を撫でるその姿は、何とも退廃的であった。
【言葉で説明するより見せる方が早いじゃろう、それいくぞ!】
そう言って、シグレがサヤに手の平を向ける。
すると手の平から、またもや漆黒色の光が放たれた。
光はサヤの体に纏わりつき、そのまま首から下を覆ってしまう。
「何だ、力を感じる。それに何か……言葉で表せられない感覚が……」
光に包まれて言葉を漏らすサヤ。
彼は今、力の他に何か温かなものを感じ取っていた。
【そうじゃろ、何せワシの優しさを込めておるからの。覚えておけ、その感覚は〝安心感〟というのじゃ】
「安心感……分かった、覚えておく」
【うむ、素直な子じゃ。それ、そろそろ出来上がるぞ!】
光はやがて収束し、形を成す。
光が収まると……そこにはシグレとよく似た、しかし彼女のものとは違い、明らかに男物の着物を着たサヤが立っていた。
【うむ、なかなかに似合うではないか! 骨の体と着物というのもなかなかオツなものじゃな!】
「これは着物というのか……なるほど、何も着ていないよりは良いな」
【そうじゃろ? ワシの力を込めて作ったから、防御力もなかなかのはずじゃ。そこらの武器の刃程度なら弾いてみせるはずじゃぞ!】
「それは良い、シグレは色々なことが出来るのだな」
骨だけの体なので表情は分からぬが、感心したような雰囲気でサヤがシグレを褒める。
そんなサヤに、シグレは褒めらて嬉しいのか、ほんのりと頬を染めながら「こ、これくらい当たり前なのじゃ!」と、どこか気恥ずかしげに応えるのだった。
そんな時だった――
『グギャッ』
『グギャギャッ!』
耳障りな声とともに、二体の異形が現れた。
緑の肌に子ども程度の身長、そして頭に二本の小さな角。
下級モンスターのゴブリンだ。
【ふむ、サヤを鍛えるのに丁度いい相手だ】
「シグレ、我を鍛えてくれるのか?」
【当たり前じゃ! 武器として、所有者には強くなってもらわねばならないからの。そしてお前が強くなったあかつきには外の世界を見せてやるのじゃ!】
「外の世界……? ここ以外の場所ということか、面白そうだ。ならば強くならなければな」
【その意気じゃ、では戦いを始めるとするのじゃ!】
「よし」
サヤの反応に満足した表情を見せると、シグレは妖刀の形に戻って彼の左手に収まる。
サヤはゆっくりとシグレを引き抜き、ゴブリンと対峙するのだった。
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