妖刀に魅入られしスケルトン 〜迷宮を支配し、無敵の軍勢を率いる《最強》の剣魔王〜

銀翼のぞみ

一章

プロローグ 妖刀に魅入られしスケルトン

 深く濃い霧が立ち込める森の中……それは存在する。


 迷宮――


 そこはその名の通り、入り組んだ道がどこまでも続く迷路のような空間だ。


 だが、迷宮の特徴はそれだけではない。

 迷宮の中では外界では手に入れることができない希少な植物、あるいは鉱石などを採取・採掘することができる。


 迷路のような構造を除けば、人間にとって夢のような空間だが、迷宮の危険はそれだけではない。


 モンスター――


 人々の間でそのように呼ばれる者どもが存在する。


 モンスターは人類の敵だ。

 人を見ればその肉を喰らおうと有無を言わさず襲いかかってくる。

 ……と人々の間では恐れられている。


 そんなモンスターを、どこからともなく生み出す特性を迷宮は持っているのだ。

 希少な素材を手にできる迷宮、しかし一度迷えば脱出は困難、その上モンスターに襲われるリスクを伴う。

 迷宮とはそのような空間なのだ。


 カタカカタカタカタ――ッ!


 迷宮の中、硬質な何かがぶつかり合うような音が響く。

 その音の後をドシン、ドシンッ! という音と、『グギャギャギャ!』という耳障りな鳴き声が追随する。

 見れば一体の骸骨型のモンスターと、それを追う緑色のモンスターが確認出来る。


 前者の名は〝スケルトン〟。

 液状型モンスター〝スライム〟などと並ぶ、この迷宮における最下級モンスターだ。


 全身が骨で形成されており、衣服はおろか肉や皮さえもない。

 武器の類も装備しておらず、自我自体も希薄な存在だ。


 そんな彼であっても身の危険くらいは本能で分かる。

 迷宮で生まれてこの方、彼はあらゆるモンスターから逃げ惑い生きてきた。


 他のモンスターが彼を狙うのは、彼の体が目的だ。

 スケルトンの体は硬質で、加工すれば上質な武器になる。

 実際、迷宮内にはスケルトンの骨で作った武器を所持するモンスターも少なくない。


 それが分かっているからこそ、大した攻撃手段をも持たない彼は、他のモンスターから逃げ惑う日々を過ごしているわけだ。


 だが……今日は運が悪かった。


 いつもは〝ゴブリン〟などの下級モンスターどもに追われ、なんとか逃げ延びることに成功するのだが、今後を追いかけてくるのはゴブリンの進化種〝ホブゴブリン〟だ。


 人間の子供程度の身長しか持たないゴブリンと違い、ホブゴブリンの身長は高く足も速い。

 あっという間に距離を詰められてしまう。


 ガシ――ッ!


 とうとうホブゴブリンに肩を掴まれてしまうスケルトン。


 ホブゴブリンの握力は強力だ。

 無駄な抵抗と分かりつつも、ジタバタと暴れる……のだが――


『グギャァァァァァァァッ!』


 抵抗された事に腹を立てたホブゴブリンによって、壁に投げられてしまう。


 激しい衝突音とともに背中から壁に激突するスケルトン。

 どうやら壁が脆くなっていたようだ。

 壁を突き破り、そのまま向こう側へと転がりてゆく。


 ――ここまでか……。


 希薄な自我の中にそんな言葉が思い浮かぶ。

 壁の瓦礫に埋もれ、まともに体を動かすことが出来ない。


 ――死にたく……ない。


 絶対的な危機に立たされ、スケルトンの中に生きたいという願望が強く芽生える。


 そんな時だった……。


【お前は生きたいのか?】


 女の声が聞こえてくる。

 何かと声のした方向を見るスケルトン。

 そこには一本の武器――深い紫色の鞘に収められた刀が無造作に置かれていた。


【なんじゃ、ワシの声が聞こえるのか? これは面白い。スケルトンよ、お前が生きたいと望むならワシを手に取れ。そしてお前の敵を斬り伏せるのじゃ!】


 間違いない。

 声の出所はこの刀のようだ。

 刀が喋るなんてわけが分からない。


 だが、気づけばスケルトンは刀に手を伸ばしていた。


 生きたい――


 たった今芽生えた強い意志に従って……。


『グギャッ!?』


 崩れ落ちた壁の向こうから、こちらのエリアへと侵入してきたホブゴブリンが驚愕の声を上げる。


 自分が投げ飛ばし、ダメージを与えたスケルトン。

 なす術もなく地面に転がっているはずのその存在が、漆黒のオーラのようなモノを纏い、立ち上がっていたからだ。


(なんだ、この感覚は? 頭の中がハッキリする、視界が鮮明だ。それに、体に纏わりつくエネルギーのようなものを感じる)


 今まで希薄だった自我、それがハッキリとしたものに変わっていること。

 そして、自分がハッキリと思考というものをしていることに、スケルトンは気づく。


【フハハハハハハ! これは面白い! 普通であれば、我を装備した者は〝呪い〟で肉体を蝕まれるのだが、なるほど、お前はスケルトンであるから肉体は存在しない、呪いも効力を発揮しないということか!】


 スケルトンが骨だけの左手に持った刀から、笑い声が上がる。


「やはりお前は喋るのだな。呪い……という言葉の意味は分からぬが、まぁいい。それよりも、なぜ我はこうして喋ることが出来きる? それにこの体に纏わりつく黒いものは……」

【ほう、我に触れたことで言葉を喋るようになったか。色々教えてやりたいところだが、まずは目の前の敵を斬り伏せるがいい】


 物言わぬはずのスケルトン。

 そんな存在が言葉を発したことに、刀は感心した声を漏らすも、まずは目の前のホブゴブリンをどうにかすべきだと、スケルトンに助言する。


「そうだな、我は生きたい。それに逃げるのではなく斬り伏せる……か。面白い、やってやろうではないか」

【フハハハ! よく言った、これでお前は〝弱き者〟ではなく〝立ち向かう者〟となった。ならばあとは死合うのみ。さぁ、ワシを抜くがいい……ッ!】


 刀は面白そうに笑うと、スケルトンに自分を使えと促す。


「あぁ、そうさせてもらう……!」


 徐に刀の柄に手を伸ばすスケルトン。

 そして静かに引き抜いた。


 現れたのは漆黒の刃だ。

 どこまでも深いその色は常闇を彷彿とさせる。

 反射し、放つ光さえも闇色であった。


(美しい……)


 刀身を見て、スケルトンはそんな感想を抱く。


 そんな時だった――


『グギャァァァッ!』


 ホブゴブリンが雄叫びを上げ、拳を突き出してくる。


 タンッ――


 静かに、しかししっかりとした足取りでスケルトンはその場でバックステップ。

 難なく拳を回避してみせる。


(……これは、ここまで体が軽やかに動くとは)


 攻撃を回避されたことに、ホブゴブリンが『グギャッ!?』と驚愕の声を上げる。


 だが、驚いていたのはスケルトンも同じであった。

 ここまで考え通りに体を動かせたことはない。

 ……否、自我が希薄だった為、本能に従うことでしか体を動かしたことがなかったのだ。


【クククク……驚いているようじゃな、それもそうか。お前は今まで物言わぬスケルトンであったのだからな。それにワシがお前の体を〝闇霞〟で強化してやっておるしな】


 スケルトンの雰囲気で、彼が驚いていることを感じ取ったのか、刀がまたもや笑いながら言う。


 どうやらスケルトンの体に纏わりつくオーラのようなモノは闇霞というらしい。

 そしてそれにより、スケルトンの動きを強化しているようだ。


(色々気になるが、今は目の前の敵が先決だ。今の我なら……!)


 雑念を振り払い、スケルトンが踏み出した。

 それとともに、右手の刀をがむしゃらに振るう――


『グギャギャギャギャ!』


 心底おかしい! そんな表情で笑いながら、ホブゴブリンは刀による斬撃を避けてしまった。


(くッ、当たらない……!)


 スケルトンは苦い表情……は骨なのでできぬが、苛立ちを露わにする。


【落ち着け、刀というものはがむしゃらに振るえばいいものではない。冷静になってワシの存在を感じろ、そして敵の動きを見切れ。そうすれば自ずと戦い方がわかるはずじゃ】


 再び刀が助言する。


 それに従いスケルトンは思考を研ぎ澄ます。

 刀を感じる、そして敵の動きを見る。


 今度はこちらの番だとばかりに、拳を振りかぶり駆け出したホブゴブリン。

 そんな敵を見据え……スケルトンは鞘に刀を納刀した。


 ――ヤツを倒すにはこうする必要がある。


 自然とそんな考えに至ったのだ。


 そのまま左の腰だめに構え、ホブゴブリンの接近を待つ。


【ほう……】


 感心したかのように刀が声を漏らすが、今のスケルトンにその声は聞こえていない。


 目の前の敵を討つ。

 ただそれだけに全神経を集中させているのだ。


 そして――


『グギャァァァァァァァ――ッ!』


 接近したホブゴブリンが拳を振り抜いた。

 その刹那……。


 斬――――ッ!


 空を切り裂くような鋭い音が鳴り響く。


『グギャ……?』


 ホブゴブリンが不思議そうな声を上げる。

 そしてその視線は自分の振り抜いた右腕――があるはずの空間に釘付けになっている。

 次の瞬間だった。


 ドパッ!


 ホブゴブリンの右腕、その断面から大量の血が噴き出した。

それと同時に、ポトリと音を立てて地面に切断された腕が落ちる。


『グギャァァァァァァァ――!?』


 腕を抑え、泣き叫ぶホブゴブリン。

 そんな敵の姿を、スケルトンは刀を振り抜いた状態で静かに見つめる。


 彼が放ったのは抜刀術だ。

 目にも止まらぬ闇色の一閃が、ホブゴブリンの腕を切り落としたのだ。


【フハハハハ! まさか一発目で抜刀術を成功させるとは、やるではないか! さぁ、トドメを刺すがいい!】

「あぁ」


 まさか、卓越した技術を必要とする抜刀術を成功させるとは思ってもなかった。

 刀は「これは愉快!」と笑い声を上げる。


 激痛で暴れまわる敵を見据え、スケルトンは上段に刀を構えると――斬ッ!


 ホブゴブリンの頭を真っ二つに叩き割った。


【どうじゃ? 初めての勝利の味は?】

「これが勝利……なるほど悪くない」


 刀に応える、そんな彼の声はどこか嬉しそうに聞こえたのは気のせいではないだろう。


 彼はスケルトン。

 迷宮で生まれし最下級モンスターだ。

 いずれ最強の名を冠し、やがて無敵の軍勢の王となる。

 

 そしてこの勝利により、伝説が幕を開ける――。

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