第二幕・三十『巍然たる者 -ギゼンタルモノ-』


 〜 〜 〜 〜 〜



 ――ミツルの見込みは的中し、外にいる騎士は皆王室の中での出来事を知らずに警備に耽っていた。

 絶対主義の皇帝にまさか歯向かう者がいようとは思ってもいないのだろうが、その皇帝に対する悪い意味での信頼があだとなったようだ。今頃あの部屋の中では怒濤の戦いが繰り広げられている。


 加えて騎士達の多くが見張っている場所は一階だ。侵入者は早急に最下層で始末してしまうのがこの城でのモットーとなっているようだが、玉座の間があるのは下民を見下すのがお得意の皇帝にうってつけの最上階。逆説的にどれだけ地団駄を踏もうとも、あの部屋で交戦が行われていようとも地上の騎士まで振動が伝わることはない。


 ミツル達は不審に思われないよう行きと同じように焦らずできるだけゆっくりと歩くことを心掛けて城内を脱出する。途中何度か騎士とすれ違う場面があったが、堂々たる姿勢でいたために事なきを得た。

 慎重さを優先して大幅ではあるが走らず歩いていたことで多少なりとも時間はかかったものの、何事もなく城の敷地内から出ることができた。


「――……とりあえずは安全か。安心はできないけどな」


 詰まっていた息を一斉に吐くローリアとシエラの横で、ミツルはまだ近くにいるであろう騎士に聞こえない程度の声で囁く。


「まったく、冷や汗をかいたぞ」


 額をローブの袖で拭いながらローリアは呟く。


「セリア先生、大丈夫かな……」


「さっきのあの目から察するに大丈夫だろ。それにあの教師は嘘でも手を抜いて手下に勝たせるような甘ったれた性格じゃない。心配すんな、じきに来る」


 出てきた門の向こう側を見つめるシエラにミツルは後ろから言い聞かせる。


 セリアを見た限り、彼女はあれだけの攻撃を受けていながらまだ余裕がある様子だった。生身の人間では限界がありそうなものだが、どうにも彼女からはそれを感じない。このままさらに登り詰めれば、いずれ全人類を相手にしても空欠伸をしそうな勢いだ。


 ――しばらく経つとミツルの言った通り、閉じた門の柵の間からこちらに歩み寄ってくるセリアの姿が窺えた。


「早いな。あれだけの騎士をもう片付けたのか?」


 蝶番ちょうつがいの部分が錆びついているのか、黒い門を軋ませながら出てくるセリアにミツルは驚きを隠しながら問いかける。


「ああ、物足りないくらいだ。そろそろ私といい勝負をしてくれる奴が現れるのを待っているんだがな」


「騎士達の負けが込むのも当然だ。見たところあいつらはあんたに憧れてる。その気持ちを捨てさせない限りは、セシリエ教導官以上には成長しないだろ」


 憧れられている人物というのは、いつだって憧れている人物よりも強く賢く優雅でなければならない。

 つまり言い換えてしまえば、理想像とはでもあるのだ。追い越してしまえば、自分のほうが強くなってしまえばもう憧れではなくなってしまうから。

 だから無意識のうちに心のどこかで強くなり過ぎないよう歯止めをかけているのだろう。憧れや敬いといった情を破棄しない限り、そこより先へは決して進めない。


 ――セリアはミツルの言葉に「そうだな」と軽く言って話題を打ち切ると、ここまで一言も喋っていないぺトラスフィルに身体を向ける。


「ぺトラスフィル、といったか。……何故、あんなことをした。お陰でここにいる五人は見つかり次第絞首台行きだ」


 恩を仇で返してミツル達を巻き添えにしたのを悪気と感じて自重しているのか、ぺトラスフィルはうつむきながらぼそりとセリアの質問に小さく答える。


「我慢、できなかった……。あんなふうにオレたち奴隷を商品にして、その金で美味いもん食ってる奴に頭を下げ続けるのが。――我慢ならなかったんだ」


 怒り、悲しみ、後悔、懺悔。それらを顔に吹きかけたような表情で、ぺトラスフィルは下唇を噛み締める。


「なんで敬ってもいない奴に敬語なんて使わなきゃならねぇんだ。なんで憎らしさしかない奴にぺこぺこ頭を下げなきゃなんねぇんだよ……ッ。これでも必死に堪えてたさ! けどあいつのせいで今までどんだけオレの知り合いが辛い目にってきたかと思うと……!」


「同情はしよう。だがあの場で必要なのは、敬意ではなく常識だ。私とて敬いなど抱いていない。あれではただの蛮勇。罵られても何も言えまい」


 当然ローリアもシエラも、ミツルだって敬意など微塵たりとも抱いてはいない。頭を下げていたのだって、言うなれば形だけのただのパフォーマンスだ。


 学校での嫌いな教師も、職場での嫌味な上司にも、敬意が無くとも口調は丁寧でなくてはならない。それが礼儀であり常識であり、堅苦しく狭苦しい世の中での暗黙のルールだ。


 そして何より、そんな上下関係はこの場の誰よりもぺトラスフィルが分かっているはずなのだ。


「それについては俺もセリアの言い分が正しいと思ってる。確かにあいつはふざけたイカレ野郎だ。不遇な目にあった奴の数だけ石を投げれば、その分感謝する奴も大勢いる。けど後先考えずあんな事しても、奴隷達が解放されるわけじゃない。かえって危険だ」


「……危険……?」


 一番のどころとするミツルに説教されて、ぺトラスフィルは固く握っていた拳から力が抜け落ちる。

 ミツルにしてみれば、これはぺトラスフィルのためを思って言っているに過ぎない。初対面なセリアもおそらくこの子供の事情を察してのことだろう。


「そうだ。あの面倒事を全部家臣に押し付けてる無脳皇帝が、見せしめとして怒りの矛先をほかの奴隷達に向けてでもしてみろ。お前一人のせいで、お前が守ろうとしたお前の仲間が傷つくぞ」


「――――ッ!」


 ぺトラスフィルは自分の犯した事の重大さを理解し目を見開く。痩せ細った顔には絶望が滲み出ており、やがてそれが水滴となって目尻に溜まっていく。


「ま、まあまあ! ぺトラちゃんだって決してふざけてやった事じゃないですし、反省もしてるみたいなのでその辺にしときましょうよ」


「まあまあで済む事じゃないだろ……」


 庇うようにぺトラスフィルを抱き寄せながら、隣で話を聞いていたシエラは強制的に話題を打ち切る。


「城の前で話してても、それこそ危険だ。巡回中の騎士の耳に入る前に、とりあえず一番近いボクの家に隠れようミツル。先生も」


 そう言うとローリアはぺトラスフィルの手を引いて歩き始める。

 ミツルはローリアとシエラの優しさという名の甘さに深く溜め息を吐く。


 気遣い癖のあるミツルも、昔はシエラ達のように他人に優しくを心掛けていた。

 特に怒ることに関しては、怒られてばかりいたミツル自身が沁みるほど体験してきた。


 怒られ、叱られ、そのせいでいかに怒られないように徹するか、びくびく臆病に怯えながら生きてきた。


 だから安心を置いている相手にこっぴどく叱られる時ほど辛いのも、ミツルはよく知っている。


 好いているのに、信用しているのにその相手から怒られるなど心が居た堪れないだろう。それが周りの人に見られているとなればなおさらだ。


 だがしかし、ミツルにとってローリアとシエラが危険にさらされるという事態は決して看過できることではない。


 前の世界に一人としていなかった信頼できる相手がこの世界にはいて、初めてできた信じられる少女は今や死に絶えた。


 絶望し、失望し、突き放し続けてきたそんな自分を、この二人は、アリヤの親友は追いかけ、寄り添い続けてくれたのだ。


 ならばその恩返しとして、彼女らを迫り来る危険から逃さなければなるまい。


 復讐に隠れていたそんな思いを胸に魔人を倒して、ようやく危機は排除できたと思っていたのだ。なのにその矢先に今度は国そのものに刃を向けられた。しかもその発端となったのがミツルの助けた一人の子供の仕業ときたものだ。到底まあまあで済ませられるような話ではない。


 けれどだからといってぺトラスフィルを皇帝の前へと突き出すわけにもいかない。そんなことをするつもりは毛頭無いし、何より、仮にでもすればローリアやシエラがまず間違いなくミツルをひっぱたくだろう。仲間思いの彼女達ならやりかねない。


 ぺトラスフィルだって、これでも我慢してたと言っていた。耐えに耐えて起きた結果なのだ。


 生まれてからずっとわけもわからず知らない人に付き従って、愛情を与えられるどころか拳が飛んでくる恐怖に日々怯え、成果をあげても得られるのは冷めきった残飯の処理のみ。


 奴隷の子として生まれてきてしまったがために、そんな苦渋の生活を強制される辛さが国のトップにわかるものかと、ただただ激情を発散することさえ許されず内側に押しとどめてきたのだ。


 理性よりも感情が働きやすいそんな子供相手に、彼女達を守りたかったからとはいえ、ミツルは何を向きになっているのか。


「言い、過ぎたよな……」


 先方をローリアに手を引かれて歩くぺトラスフィルの小さな背中を見つめて、ミツルは一人そっと呟いて内省する。


 ――慈悲など捨てたと口では言っていても、やはりぺトラスフィルも数少ない仲間だ。起きてしまったからには仕方がないと、そう自分に言い聞かせてミツルは後ろからついていった。



 〜 〜 〜 〜 〜



 何度目かのローリアの家に上がり込んで数十分、ローリアは照明を点けずに部屋の奥で何かを探していた。少しして戻ってくると、


「――気配を消すために明かりはこれで我慢してくれ」


 言いながらローリアはお手製による小型ランプを持って来て机の真ん中にことり、と音を立てて置いた。


「それと、約束通り、ほら」


「私、シエラ・ルレスタ特製熱々マーマラードだよ。火傷しないようにね」


 ローリアの言葉をシエラが継ぎながら、椅子に座るぺトラスフィルの前に置かれた湯気を立てるマーマラードシチュー。以前ローリアが注文して食べていた店のものはクリーム色をしていたが、盆の上にジュースと一緒に置かれたシチューは美味しそうな赤茶色をしていた。


 ぺトラスフィルは平気だとは言っていたもののやはりシチューを前にして空腹感が倍増されたのか、そそくさとスプーンを手に取り食べ始めた。


 セリアにもローリアからシチューを渡されるが、「私はいい」と断られるとペトラスフィルの対面に座って食べ出す。


 ミツルは香ばしい匂いに昼から何も食べていなかったことを思い出し、コートの内側ポケットから携帯食料を取り出した。

 銀の包装紙に包まれたこの携帯食料は粘土のように柔らかく、そのため千切って食べれる上に散れることもない。味は薄く食感もねちゃっとしておりお世辞にも美味しいとは言えないが、日持ちは良く、種類がいくつかあってそれぞれ味が異なるため食べ過ぎない限り飽きることはない。ミツルが重宝している数少ない代物だ。


 ――ミツルが取り出した携帯食料を口に放り込もうとすると、それに気付いたシエラが「あっ」と声を上げて呼び止める。


「ミツルさんもどうせそんな物ばかり食べてるんでしょ、体に毒ですよ。せっかく作ったんですからこっちを食べてください!」


「え、いや、これは栄養価が高いって店の奴が言ってたし、俺はこれで……」


 もう開けてしまったし、と付け足すミツルの主張など意に介さず、シエラは両手で持っていた特製シチューをぐいっと押し付けてくる。


(こいつこんなに強情だったか……?)


 母性出しまくりの栗毛の獣耳少女に、ミツルは無理矢理手渡されたマーマラードのシチューに視線を落としながら顔をしかめる。


 仕方なく渋々シチューをすくって一口食べると、夜中の冷えた身体に温かさが広がっていくのをミツルは感じる。


 思えばこうしたまともな料理を口に入れるのは随分と久方ぶりなような気がする。最近は腹が満たせればなんでもいいと、ぶちのめした悪漢の食べ物を横取りしたり、適当に目についた屋台で軽く済ませたりと食に対しての関心が全くと言っていいほど無かった。


 そういえばいつの日かローリアとご飯を食べに行く約束もしていたなと思い返して、そのうち連れて行くためにも忘れないよう改めて頭の中にしっかりと覚えさせておく。


「――で、これからどうするんだ。ここも安全じゃないだろ」


 ミツルの一言に同じくシチューを頬張っていたローリアは飲み込んでから口を開く。


「スレイヤード城のすぐ近くだし、ここがボクの家だとわかるのも時間の問題だ。せいぜい休憩しのぎにしかできないだろうね」


「ほかの家にかくまってもらうのも駄目ですね。見つかったらその家の人もどうなるか……」


 ローリアとシエラは行き当たりばったりでここまで来たようだがどうやら行き詰まったらしく、ミツルもまた例外無く二人と共に黙考していると、壁に寄りかかって腕くみをしていたセリアがそっと声を出す。


「……ロエスティード学院にもいずれは憲兵隊が探査しに来ると思うが、私の祖父のもとへ向かうのはどうだ」


「学院長のところへですか……?」


 セリアの立案にローリアは聞き返す。


 謁見時にセリアの口から学院長の名前は出てきたが、ミツルは直接出会ったことがない。しかし仮に学院長の所へ行けたならば、マディラム面において最強とするらしい彼からミツルの身に起きている無のマディラムについて何か教えてもらえるかもしれない。


「こんな時間に行って、学院長とやらは居んのかよ」


「ああ。ロエスティード学院こそが祖父の家でもある。ここ数年間は学院より外に出たのを見た者はいないがな」


「大丈夫かそれ。部屋の中でくたばってるなんてくだらない冗談はよせよ」


 食べ終わった皿を運びながら、ミツルは無礼を無礼と思わず平然と攻撃的な声音で言う。


 寡黙なセリアはそんなミツルの直情径行な言葉にも無視を貫く。


「ひとまず今夜はここで寝る。奴らも人間だ。眠いまなこではまともに探し出すことなどできまい。早朝にここを出て学院に向かうとするが、相違あるか?」


 腕を組んだまま、セリアは念のため他に意見がないかを確認する。賛成派のミツルもローリアとシエラ、ぺトラスフィルへと顔を向ける。


「それでいこう」


「最善だと思います」


「……ああ」


 全員合致。反対者がいないことを視認したセリアは言葉のかわりに頷きを一つ入れると玄関の傍に移動する。


「見張り番は私が請け負う。お前達は少しでも寝ておけ。睡魔は厄介だ」


「先生も休んでください。あんな数の騎士と戦って疲れているでしょう。ずっととはいかなくても、せめて交代で見張るとか……」


 ローリアの気遣いに、しかしセリアは首を横に振り、


「私のことは気にしなくていい。あの程度、肩慣らしにもならんさ。一睡しなかったくらいでは私の腕は鈍らんよ。いいから休め」


 気を利かせる蒼髪の少女にやんわりと僅かな笑みをつくると、セリアはそれ以上は何も聞かないといわんばかりに背中を向けてしまった。


「けど……」


「俺が代わりに見とくから。ローリア、お前は休んどけ」


 可愛らしくしゅんとするローリアの頭にぽんと手を乗せながらミツルは小声でそう囁いて落ち着かせる。


 この娘は少し頑張り過ぎだ。心配して気を遣って、それを抜きにしても日々人々の生活を快適にさせるための研究に勤しんでいるのだから――、


「……こういうときくらいは甘んじて大人しく受け入れてくれ。それこそ、ローリアやシエラに口を酸っぱくして言われた頼みだ。だろ?」


 それを言われると痛いのか、ローリアは不満げな顔を残しながらも渋々小さく頷く。


「……わかったよ。何かあったらすぐに起こしてくれていいんだからな?」


「ああ。――シエラ、ぺトラも」


 ミツルが言うと、木製の椅子に座っていた二人もひょいと降りてソファに掛けてあった毛布にくるまった。


 ――皿を片付けている間に三人が寝息を立てはじめると、セリアが前触れもなくぼそっと呟く。


「寝ないのか?」


「あんたの言葉を借りる。俺のことは気にしなくていい。寝たくなったら素直に言う」


「……そうか」


 それきり二人とも言葉を交わすことなく、警戒心を解かずそれぞれ物思いに耽る。


 何としてでもこの娘達は守ると誓った。役立たずの神でも誰にでもない、自分自身に。呑気に寝ている場合などではない。

 眠くなるのは集中できていない証拠。睡魔の魔物にすら打ち勝てなくて何が守れるというのか。


 皮膚をつねって眠いなら口を噛み切れ。

 それでも眠いのなら身体中に付けているナイフで自らを刺せ。それくらいの覚悟がなければ彼女たちを守れはしない。


 ――そんなことばかりを考えていると、不意にいくつかの足音が聞こえるのがわかり、ミツルは無意識に気を引き締める。


 ミツルとセリアが互いに顔を見合わせると、相互がきちんと気付いていることを確認する。近付いてきているのか足音は次第に大きくなって緊張感が高まるが、玄関扉の前で止まることもなく通過すると遠のいていき、やがて再び閑散とした宵闇が戻ってきた。


「…………行ったか」


「……みたいだな。灯台もと暗しってやつだ」


「どういう意味だそれは?」


 極力低く小さな声で聞いてくるセリア。教えを専門とする博識な彼女から素直に問うてくる珍しさにミツルは意外に思いつつも、窓から外を覗きながら答える。


「探しているものは案外身近にあって、返って気付きにくいって意味だ。異国の言葉。あいつらは俺らが遠くまで逃げたと思ってるんだろうな。ローリアの家が城のすぐ隣で逆に良かった」


 言いながらミツルはぐっすりと寝ているローリアを見やる。一日でミツルの救出、凶悪魔人の討伐、門兵との掛け合い、皇帝との謁見、そして逃亡。シエラもそうだが、大人であっても疲れることを文句も言わず当然のようにしてのける彼女たちの寝顔を眺めて、ミツルは一人空虚な苦笑いを浮かべる。


 心から笑うことはできないが、愛想笑いならまだできる。向こうの世界では散々やってきたことだから。


 けれどわがままを言えたなら、忘れてしまった本当の笑顔というのをもう一度してみたい気持ちはある。――いつかできる日が来るのなら。


 時間はすべてにおける薬だと、いつだか誰かがそう言った。

 死者に対する哀切も、我慢ならない憤りも、日が経てば薄れゆくものだと、人とは得てしてそういうものであると。


 ふざけるなと、そう思う。

 俺の人生を歩んでもいない奴が、俺よりも俺を理解できるなんて言えるのか。


 紛れもない事実だ。俺はアリヤの死を今なお昨日のことのように悼んでいるし、殺したはずのレィ・ドワールにだってまだ殺意が色濃く残っている。


 他にもそんな人が沢山いるはずだ。どれだけの時間を費やそうとも、いつまで経っても哀しみや怒りが薄れない連中が、俺以外にも。今回のぺトラスフィルだって同じことが言える。


 なのに『人類の大多数は時間によって解決された』なんてデータに基づいて、勝手気ままな考えでその輪の中にいない少数の者にまで洗脳でもするように分からせる。


 それのどこを捉えて理解などと呼べようか。

 理解することと理解した気になることはまったくの別個だ。イコールで結びつけていいものではない。

 だというのにその本質を人類のほとんどが気付いていない。だからこうした異端呼ばわりされる俺達が生まれるのだ。非常に不愉快で馬鹿馬鹿しいことこの上ない。


「――なあ。あんたの曾祖父はどんななんだ?」


 悪い癖である悲観の沼に入り浸ってしまい抜け出すため、また眠気覚ましとして話題を持ち出すミツル。けれど警戒は怠らない。床下から、天井から襲われることも予測する。


「そうだな。一言で表すのなら――――マディラム使い最強。世間ではそういわれている。武のベリアルドに対して知のクラウディアス、とな」


「凄い奴なんだな」


 ミツルはそれを聞いて驚きはするものの、表情には出さない。


「ああ。この私も尊敬しているよ。しかし彼も随分歳だ。数々の発見もして生ける伝説と化している。そのためか人間国宝として最重要保護人の守護を受けているが、当の本人が拒絶していてな。実際のところそれ無しでも全く問題がないほどにあの人は現役で強い。マディラムにおいてはな」


「ならなおのこと会わないとな。聞きたいこともあるし」


「お前のマディラムについてか?」


「ああ。守りとしては使えるけど、こっちからは肉弾戦しかやりようがない。もっと他に何か使い道があるはずだ」


 どこまでも無機質な声で喋るミツル。今は少女達がすぐ横で眠っているため、声を小さくしてさらに鋭利な声色にさせていく。


 全てのマディラムを消し去るのはとても強みではあるが、それでもこちらからマディラムが使えないのはどうにも使い勝手が悪い。


 マディラムを身体に纏った者自体は消せる。それも捉え方次第では攻撃にもなろう。しかし相手側から攻撃してこない限りは使うことも出来ない。先手が打てないのは状況によっては不利になるところだ。


「私も職業柄、これまで多種多様なマディラムを使う者達を見てきたが、お前のような者は今回が初めてだ。ゆえに私から助言することはできないな」


「分かってる。だから頼みの綱としてあんたの爺さんのとこへ行くんだ。この世で最もマディラムに詳しい奴でも分からないなら、もう自分で見つけ出すしかないからな」


 そう言ってミツルは逸らしていた目線を再び外へと向ける。


 アリヤ亡き今、一番に守るべき大切なものはこの小さな少女達に移り変わった。ぺトラスフィルとはまだ親睦は浅いが、ローリアとシエラには多大なる恩がある。

 信頼に値する友となってくれたし、死にかけたこの命を救ってくれた。ぺトラスフィルだって、嫌われ者のこんな身を案じて慕ってくれている。


 無のマディラムについて聞き出すのは、ただ強くなって自惚れたいからというのではない。この能力をさらに扱えるようになって、強くなって、彼女達を守れるくらいに成長するためだ。


 そのためにもまずはこの家で有事を耐え忍び、明け方無事にロエスティード学院へ辿り着くことを願うしかない――――否、勝ち取るのだ。傍観することしかできない無能な神になど頼っている場合ではないだろう。役立たずな神に祈っている暇があるのなら、貧相な頭で焼き切れるまで少しでも考えるべきだ。


 数少ない仲間が死ぬのなんてもう十分だ。あれ以上彼女らが傷つくのなんて見たくない。


 目をかっ開き、耳を研ぎ澄ませ、拳を堅く握り締める。


 そうしていつしか完全に冴えた頭で、ミツルは夜が明けるまでひたすらに外界から警守し外を睨み続けた。


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