第二幕・二十六『復讐の果てに得たものは -フクシュウノハテニエタモノハ-』
「――何を思いついたんだ」
ミツルはセリアの言葉が気にかかり、それを声へと変えて問う。
「有効とは一概に言いきれないが、――シエラ」
セリアはミツルへ目配りしたあと、落ち着いたトーンで栗毛の少女に再度振り向く。
「全力をもってマディラムを使用した場合、どれほどの威力になるか分かるか?」
教師の質問にシエラは戸惑いに口ごもるが「えっとえっと」と可愛らしく何度か前置きして自分のペースに乗っかると、
「ら、落雷と同じくらいには……なるかと……」
「上出来だ」
たじたじな物言いで呟くシエラにセリアは大きく頷きを入れた。
ミツルがシエラ・ルレスタと初めて出会ったのは、彼女が戦い方を教えてほしいとミツルに
それに自身の本気がいかほどなレベルなのかをきちんと理解している点で言っても、マディラムを使うことすらできなくなったミツルにはやはりシエラに教えることなど何も無いことを再認識させられる。
――セリアはシエラから蒼髪の少女へと視線を移動させると、
「そしてローリア。君にもひと仕事してもらおう」
至近距離まで近寄ったレィ・ドワールを剣で突き放しながら、セリアはローリアにそう言った。
――疑問の目で見るシエラとローリアにセリアは近付いて思いついた策を説明する。
その間ミツルは囮となってレィ・ドワールをセリア達から遠ざける。
人骨の灯篭が無くなったために辺りは一時的に暗闇と化したが、すぐにマディラムで明るい光球を創り上げたセリアによってそれも難なく解決した。
自己修復しなくなったレィ・ドワールは両目が使い物にならないため、音と気配のみを察して四つん這いで気味悪く蠢いている。
再生速度の高い治癒能力をも有していたと思われる強敵だったが、それには思考が働いていないと使えないといった風な条件でもあったのか、今はどこの部位も治ること無く痛々しく傷ついたままだ。
「おい、まだか」
少女二人に話しているセリアに、ゆっくりではあるが着実に詰められているミツルは後ずさりながら少し強めの口調で呼びかける。
「
そう言うと、三人のうちローリアが一歩前へと歩み出てきた。
――ローリアは少し長めの杖を両手に持つと、祈りを捧げるかのようにしてすっ、と浅く目を閉じる。
想像力に作用するマディラムにおいて、目の前で動いて自分を殺しに来ている標的は彼女にとって正気の度合いを著しく低下させる恐怖体でしかないのだろう。恐くなればそれだけ思考力も落ちるし、いつもは冷静で知的に見える彼女も何だかんだ言ってもまだ十代半ばの少女だ。そしてそれは、ローリアだけでなくシエラにも該当する。
ローリアは深く一度深呼吸して緊張をほぐすと、閉じていた目をゆっくり開いた。
「ミツル。そいつから離れてくれ」
その言葉を聞いて、ミツルは大きく飛び退いてレィ・ドワールから距離をとった。
ローリアは手に持つ杖を空中に文字でも描くように小刻みに、そして複雑に動かす。
するとレィ・ドワールの周辺半径二メートルほどに水が発生しはじめた。水は下からレィ・ドワールを覆い隠すように徐々に球状を形作っていき、やがて縮小された地球のような透明の水体となって狂人を丸々包み込んだ。
狂人を覆った水玉はいつぞやの街中での喧嘩でローリアが見せたのよりも確実に強く、例えるならば見た目は静かに浮遊しているだけだが、中身は暴風が吹き荒れている木星のそれに似ている。現在進行形でレィ・ドワールは水玉の中で荒れ狂う水流に巻き込まれている真っ只中だ。
地面から一メートルほどの空中でふわふわと巨大な泡のように浮遊する水玉に向けて杖を掲げ続けるローリアは、
「いいぞシエラ。やってくれ!」
視線を前に固定したまま顔をできるだけ後方のシエラに向けて、そう言い放った。
この中で一人作戦を知らされていないミツルは、何をしようとしているのかと少し離れた位置でただ傍観する。ここで考え無しに援護しても、逆に邪魔となる確率の方が高い。
おそらくこの作戦の最重要人であろうシエラは、緊張をほぐすため、また己に気合を入れるために大きく空気を吸い込む。
息を溜め込んで体全体に力を加えると、シエラの身の回りでぱちぱちと静電気がはじけ始めた。それとほぼ同時進行でシエラ自身も白く輝きを纏い、対照的に暗い洞窟内をほんのり照らしていく。
「――行きますッ!」
言いながら細く息を吐き、シエラは勇敢に狂った屍の入っている大きな水玉へと突進した。
そこまでの流れを見て、いち早くミツルはこの作戦の内容を理解する。
落雷と同程度の高圧電気を纏ったシエラがもがいて抜け出そうとしているレィ・ドワールよりも先に水へと触れ、電流を送り込む。
ミツルの投げた人骨爆弾によって皮膚は焼け
――そう思いミツルはレィ・ドワールを傍観していると、レィ・ドワールの身体は突如として風船のように目に見える早さで膨張し始めた。
よく伸びるゴム製の風船とは違い人肌は伸縮性が無いに等しい。よって誰が予想するまでもなく、たちまち狂った怪人は水中でひと暴れした後、爆散した。
大きな丸い水が洗濯機のように水流で血をかき混ぜることで一瞬にして赤黒く染まり、その中で飛び散った大小様々な肉片がいくつも泳いでいた。
ミツルのいた世界では、稀に雷が木に落ちることがある。自然現象である以上このメルヒムの世界でも周知されている事象だろう。
だから雷雨の日には木に近付かないようにすることというのは、子供含め誰もが知っている常識だ。
落雷する木の真下にいればどうなるかなど、その裂かれた木を見るだけで充分馬鹿でも頭に叩き込むことができる。
燃えるだけでなく水分をも蒸発させ、沸騰した内側から破裂することは言うまでもなく、そしてそれは今目の前で起こった出来事と完全に合致する。
正常な人間ならばそこまで酷い有り様にはまずならないだろうが、それもこのような脆く成り果てた人間であれば例外にもなるだろう。
「――――破裂、した…………?」
ローリアはレィ・ドワールが破裂するまではどうやら予期していなかったらしく、狂人が飛び散った瞬間にびくりと身体を強ばらせていた。
ローリアがそっと杖を下げると、四人の前で浮遊していた大きな水玉はばしゃりと音を立てて真下へと落下し地面に浸透した。水が地面にぶつかるとともに
「シエラ・ルレスタの放出した電流が、莫大な熱となって内側から奴の水分を蒸発させたんだ。木に落雷した時に生じるものと同じ原理だ」
ミツルが投げて突き刺した剣を拾い上げながら、セリアはミツルに代わって説明する。
セリアが手に持ったミツルの剣はシエラの放った電撃を浴びてあちらこちらが刃こぼれし、今にも崩れてしまいそうな造形をしていた。
セリアが拾ってから数秒が経つと、剣は刀身に亀裂を広げていく。
そして高威力の電撃を帯び、形状を維持できなくなったミツルの剣は粉々となって飛散した。
もともとは最安価で買った安物の剣だ。どこぞの下手な鍛治職人が失敗作として造り上げた
「……よく頑張った。ゆっくり眠るといい」
しかしセリアにしてみればどんな出来の悪い剣でも己を強くし守ってくれる優劣しがたい物のようで、飛び散って
――もはや元が何だったのか分からないほどに細切れとなったレィ・ドワールを、ローリアとシエラはじっと見つめる。
年相応の少女達からしてみれば、目の前に飛び散っている生々しい血肉は非常にグロテスクな物でしかなく、ごくごく一般的な人であればその大半はまともに見つめることすら難儀だろう。だというのにローリアもシエラも、そんな吐き気を催す物体を見ても何ら動じること無く眺め続けていた。
ミツルは心身ともにしっかりしている彼女達にいっそ感心を抱いていると、ローリアがそっと開口する。
「やっとだな」
詰まった息を大きく吐き出しながらローリアがそう言うと、シエラもまた「うん」と頷いてから、
「ほんと、どうなることかと思ったよ――……」
言ったと同時に、その場にへたり込んでしまった。
「おい、大丈夫か?」
「へへ。い、いつものことですよ。無理矢理強化してるから、後から負担となって反動が返ってくるんです。けど……」
ミツルの気遣いにシエラは笑って誤魔化すが、その声と手は小刻みに震えている。事実言葉尻に彼女は付け加えて、
「……人を、死なせちゃった。私、が……。自分から――ッ」
顔を覆い隠すように両手で抑えながら、シエラは紅涙を絞り始めた。
ミツルが予期していたとおり、心優しきシエラは罪悪感に苛まれていた。
この四人の中で死や殺戮などという言葉から一番かけ離れているのは間違いなく彼女だろう。辺境の村で毎日を平穏に過ごしていそうな容姿の少女が、この世の理不尽で醜悪な生態系とは無縁そうな少女がおのれ自身の力を振るって一人の男を粉微塵にしたのだから、こうなるのは目に見えている。
そんな無理をさせてしまったミツルとローリアは咄嗟に栗毛の少女へと駆け寄ると、その小さな身体を包み込むようにぎゅっと抱きしめる。これ以上この娘に、あの忌々しくおぞましい者の最期を見せるのはいけないと、そう思って。
「違う。お前は殺してなんていない。あいつはもともと死んでたんだ」
「そうだシエラ。キミは殺めるどころか、ボク達を救ってくれたんだよ。キミがあそこで頑張ってくれたからボク達は今もこうして無事に生きている。むしろ誇るべきだ」
相対した恐怖とそれに立ち向かい打ち勝った安堵で泣きじゃくるシエラに、子守唄を聞かせるように和やかに語りかける。
「分かってます。分かってるけど…………。でも、恐かったよぉ――……」
嗚咽混じりに泣くシエラの声が、静まりかえった広々とした薄暗い洞窟の中でこだまし続ける。
セリアはそんな三人の姿を、遠目から見守るように見据えていた。
〜 〜 〜 〜 〜
気分を変えるべく、吐き気を催す独特の臭いを充満させつつある秘密の部屋から四人は来た道へと歩いて出る。
セリアは討伐した証拠になるからと、レィ・ドワールの着ていたローブの切れ端を数枚回収した。
「落ち着いたか?」
「はい。だいぶ楽になりました。……あの、ミツルさん。さっきはありがとうございました」
一段落して平常心を徐々に取り戻してきたシエラは、まだ残る目尻の涙を拭いながらミツルに礼を言う。次いで、
「ローリアも、ごめんね。ローリアだって辛いのに、私ばっかり……」
「ボクとの仲じゃないか。今さらそんな気遣いはよしてくれよ。――それにボクは謝罪が欲しいわけじゃない。ミツルに言ったようにお礼の一つもあれば充分さ」
いつも通りの調子で意気揚々と応えるローリアにシエラも眉を窄めながらも「ありがと」と感謝する。
――薄暗い洞窟を抜けると思っていた以上にレィ・ドワールとの戦闘に時間は費やされていなかったらしく、日はまだ高い位置で世界を照らしていた。
激闘での疲れもあって身体と脳は長時間洞窟内にいた感覚に陥り、デキア洞窟から出た途端誰もがその眩さに目を逸らせた。
ミツルは日光を遮るように手で陰を作りながら、
「まだ明るいけど、どうするんだ? 俺はともかく、ローリアとシエラは休んだほうがいいだろ」
セリアに視線を向けつつ少女二人の顔色をうかがい、ミツルはここから一日半もかかるリー・スレイヤード帝国への道のりを歩くのは苦難だろうと判断する。が、セリアはどこまでも落ち着いた様子でうっすらと笑みを浮かべると、
「問題ない。お前達三人は休んでいるといい」
そう言って丘陵地帯を目指して森を抜けて行く。
ミツルはどういう事かと訝しみながらもとりあえずセリアについて行くと、森を出たところに佇んでいたそれに目を奪われた。
前の世界でも何度か目にしたことはあるものの、間近で見ると存外大きい。頭から背中に沿って生えているしなやかなたてがみは丘陵の草原を
細身だが筋の見える筋肉質な四肢の先には硬い
そして何よりもミツルの目を引いたのは太い首から上の頭に飛び出ている、架空でしか描かれることの無かった一本の突起。
それが有るのと無いのとで、こうも気高く優雅に印象深くなるものなのかと感嘆を抱きながら、
「……ユニコーン……?」
目の前の生き物を一言で言い表してミツルがそう呟くと、数歩先で立っていたセリアが口を開いた。
「手綱を握るのは私だ。お前達は後ろに乗ってゆっくり休憩をとっていろ」
一角獣の首を撫でながらセリアが目で後方へ視線を促すと、そこには木製でできた荷車があった。
雨天時でも中が濡れないように、木の骨格の上からテントのように布が張り巡らされている。
見ると、一角獣の顔や身体には荷車を引っ張るために紐や金具が装着されていた。数本後方の荷車まで伸びている紐は手綱だろう。車輪が四輪ついている荷車の先には操縦席として座る部分もある。
「一頭立ての四輪貨車……。四人も乗れるのか?」
ミツルは一頭では馬力が足りないのではと疑問を持ったがそれも愚問だったらしく、
「通常の馬ならば、この荷車の大きさも含めてせいぜい二人が限度だろう。だがこいつはただの馬ではない。四人など軽々と運んでくれるさ」
そう言ってミツルとセリアが話をしている横で、ローリアとシエラの二人はそそくさと後部へ乗り始めた。
「どうしたミツル? さあ、キミも早く乗らないか」
言いながら、ローリアは荷車の中から上体を乗り上げてミツルへと手を差し伸べる。
「私も早く帰って、身体を洗いたいです」
目尻を赤く腫らしたシエラもその横から顔を出し、こちらに微笑みかけてくる。
ミツルはそんなローリアの小さな手を握って、荷車の中へと足を踏み入れた。荷車の中には文字通りひとつの荷物も乗っていない。少女二人が居座るだけだ。
ミツルはローリアとシエラが並んで座っている反対側――つまり対面するようにどさっと座ると、肩の荷がおりたようにため息をつく。
「……少し変わったな」
ミツルよりひと足先に操縦席に座っていたセリアは、後ろに腰掛けるミツルをちらりと見てぼそっと呟いた。
「何が」
それにミツルは一言短く返す。
「君がだよ。少し前の君であれば手をとったりなどせず、自分の手で上がったことだろう。ローリア達と共にして、少しは気が楽になったか」
「馬鹿言え、偶然だ。たった一つの動作だけで改心したなんて思われてたまるかよ。それに、人間そう易々とは変われやしない。あんたの目は節穴か?」
ふざけるなとでも言うようにミツルは
「……ああ。そうかもしれんな。――――行くぞ」
セリアはそんな冷たい態度をとるミツルにも臆することなく口元に微かな笑みをひとつ浮かべると、再び前へと向き直り手綱を掴んで出発し始めた。
小石や砂利を踏んで上下小刻みに揺れる視界の中でミツルが後方を見やると、悪い意味で思い出深い森がかけ離れていくのが見てとれた。
復讐の相手を見つけると共にアリヤも捜してはいたものの、
彼女の死後もその輝きは絶えることなく、陽の光を吸収した南海のようにどこまでも澄んだ色彩を放っていた。
つまり、可憐で綺麗だった彼女の身体はあの憎き狂人、レィ・ドワールの手によって解体されたということだ。
今度来たときはたとえ骨になっていようと必ず連れて帰ると決めていたのに、それすら見つかる気配が無かったのだ。
初めて信じられる人に出会えて、初めて大切にしようと思えた人と出会えたのに、その人の墓場も作ってやれない。
気晴らしに拷問しようと思っていた奴も死に、全ての出来事が上手く運ばない己の人生を振り返って情けなくなってくる。
せめて嫌な記憶を今見ている森に捨てていくことができたなら――。
そう思いながら、ミツルは徐々に遠のいていく森を見据えて、復讐を果たし喜ぶどころか独り密かに憔悴に絡まれていた。
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