第二幕・二十五『弱さの秘訣 -ツヨサノヒケツ-』



「――かつて、私の実力と対等に渡り合えた一人の剣士がいた。マディラムを使えない身でありながら、たった一振りの剣のみで剣聖と呼ばれるまでに至った男だ」


「剣聖って……、最強の称号を持つ、あの剣聖ですか!?」


「そうだ。名はベリアルド・シュヴァイツェフ。様々な依頼を共にこなし、とあるその日も討伐任務にあたっていた」


 ローリアの驚愕混じりの返答に、セリアはどこか思い詰めたような態度で治りかけのレィ・ドワールの腕を踏み抑えながら警戒して語る。ミツルたちは念には念を、いつ反撃されても対処できるよう体制を改めながら彼女の話に耳を傾ける。


「内容は悪霊使いの魔人討伐。危険な依頼任務であることに変わりはないが、一端の騎士くらいならばごく簡単に成せるものだと思っていた。……その日までは」


 そう言ってセリアはうつ伏せに倒れているレィ・ドワールを見下ろしながらも、思い出すようにその目をぼやけさせる。


「リー・スレイヤード帝国から東に出て四日三晩ひたすらに進んだ場所――――距離で言えばこのデキア洞窟よりも遥かに遠方だ。山々に囲まれた廃村と化した霧深い村で、依頼にあった魔人と相対した」


「…………」


 ミツルほか二人の少女はただ沈黙を貫き、セリアの話を聴取する。


「そいつ自身はさして強くはなかった。直前まで村には仕事で鍛えられた筋骨隆々な男も数人居たそうだ。――だが全滅した。……そんな弱いはずの奴がなぜその村を全滅させることができたのか、疑問に思った」


 ミツルもセリアの話を聞きながら、自分なりの推測を立てていく。


 ベリアルドというかつての仲間と共に依頼を受け旅立ったのならば、ベリアルドが犯人であることはまず無かろう。何せ二人の目の前には魔人がいたのだから。

 そして二人が村に着いた頃には、その村は既に壊滅していた。


「答えは単純にして明快だった。そいつが強いわけではなく、そいつの使役していた悪霊こそが強かったんだ」


 あくまでも冷静に、セリアは落ち着いたトーンで話を続ける。


 悪霊を使役しているつもりの魔人が、実は悪霊に操られていたとは皮肉な話だ。魔人がそれに気付いていたかそうでないか、重きを置くべきはそこでは無い。が、そう考えるとセリアの言ったとおり魔人そのもの自体はさほど強くはなかったのだろう。

 魔人がどこからか入手してきた悪霊が、たまたま強過ぎたのだ。飼い主を手玉に取るほどに。


「……怨讐、憤怒、嫉妬に憎悪。そういった理性的でありながら羽目を外し続ける愚かな生物たる我々人間の数々の負の感情が集合体となり、具現化し自我を持ったものこそが、この悪霊――――レィ・ドワールの正体だ」


「負の感情……」


 目の裏に、ミツルの見てきた数多の滑稽な人間の言動が蘇る。


 生前――このメルヒムの世界に転生する前の一度目の人生で、ミツルは人間特有の醜さを身に染みるほど見聞きしてきた。

 子供であれば理屈も話も通じぬ無能、大人であれば屁理屈や濁りきった偽善のオンパレード。

 自分の国の住民に限らず、他国にも似た人間が必ず存在することを知っているからこそ、なおのこと辟易していたのだ。


 だからもし仮にそんな奴らの負の感情のみが凝縮した物体が出来たのならば、身も凍るような話だ。

 元の世界と比べて幾分かマシなこの世界ですらこんな狂気の悪霊を創造してしまうのだ。あっちの世界の穢れた者共がレィ・ドワールのようにでもなってしまったら、もはや手の施しようがない。


「私とベリアルドは戦いながら互いに増援を呼ぶことを提案した。それぞれ私は俊敏性に長け、ベリアルドは攻撃もさることながら忍耐力も人並み外れていた。それゆえに言わずもがな、ベリアルドがその場に残ることとなったのだが……」


 誰しもがそうするであろう決断を、しかしセリアは否定する。


「それが間違いであると気付いた頃には時既に遅し、だ。……通常歩いて四日はかかる道のりを往復一日で増援部隊を引いて戻った時には、もうベリアルドの姿はどこにも無かった。ただひとつ、魔人の死体だけを残してな」


 足元で未だ微かに笑い声をあげるレィ・ドワールに「黙れ」と一言、セリアは話の続きを声に出す。


「実に様々な場所を探したよ。数百か所には及ぶだろう。何せ最強の剣士だ。失うのは痛い。――しかしそれでもなお見つかること叶わずに、六年ほどが経過した時だ。此奴こやつの噂を耳に入れたのは」


 そう言ってセリアは構えていた剣先をレィ・ドワールの後頭部に突きつける。


「まさか、こんな愚か者に成り果てていたとはな」


「……それで、その悪霊がベリアルドって奴に乗り移ったと」


 ミツルの問いにセリアは「ああ」と短く返事をし、


「剣鬼、ないし剣聖とまで謳われたベリアルドだ。奴の首をはねて勝ちはしたのだろう。……だが、その後油断でもしたのか、ベリアルドは身体を乗っ取られた。その時点で勝ちとは呼べんがな」


 違う。それほどまでの腕前ならば、油断なんてしないはずだ。ぺトラスフィルのようにマディラムが使えないということは、本当の意味で物理的な勝負しかできなかった。だから魂や霊体、魔法といったスピリチュアルなレィ・ドワールの存在に対処しきれなかったのだろう。


「……でも、そうすると乗っ取られただけであって、その身体はまだ生きているのではないですか――……?」


 杖を持っていない方の手を顎に当てて、落ち着きを取り戻したローリアは知的に問題を掲示する。その少し前で立つシエラも同じことを思っていた、とでも言いたげに首を縦に振っていた。


 しかしセリアは肯定するばかりか、その細く整った眉の間にわずかな皺をつくりローリアを横目で見る。


「そこだよ。ベリアルドは乗っ取られはしたがまだ生きていた。だがこいつは無理に四肢を捻じ曲げ、自らの手で皮膚を引っ掻き、先ほどのように首も反対へと捻るなどと度を過ぎた自虐行為を貪り尽くしている。あちらこちらの骨は折れ、多量に血を流し、それで生きているほうがおかしな話だ。それに――」


 言葉尻に一言付け加えて、セリアは階段の上で突っ立って話を聞いていたミツルへと鋭い視線を向ける。


「仮に、仮にだ。この悪霊を振り払い、ベリアルド自身がまだ生きていたとしても、このようにズタズタに切り刻まれ両の目をくり抜かれていては、もう生きているなどと口には出せまい」


「…………」


「生前は剣一振りで金を稼いできた男だ。五体満足に剣を握るどころか、立って歩くこともできんだろう。ならば今この瞬間にレィ・ドワールもろとも殺した方が、私としてもベリアルドとしても楽に片がつく」


「……それで……いいんですか――……?」


「いい、だと? いいわけ無いだろう。無二の友を、今から手にかけるんだ」


 ローリアの言葉をセリアは否定してほんの僅か小さく呟くが、それでも彼女の言葉は一貫して震えることなくいつも通りの声色だ。


 顔は強ばっていないし、声質に何ら影響はない。手足が震えているわけでもなければ、思う事など何も無いというように内側もごくごく平常値にある。

 けれどミツルには、否、ミツルもシエラもローリアも、そんな冷静沈着なセリアにどこか揺らぎを感じていた。


 無二の存在であればミツルにだって覚えがある。そもそもその復讐のために奴を、レィ・ドワールをここまで追いつめて来たのだ。


 そんなこれまでの並々ならぬ努力を目の前で破砕されるくらいなら。

 そんな唯一の存在を消し去るのにその突きつけた剣先を友の血で汚すくらいなら。


 何も持たない俺が今、この手で終わらせてやる――――。


 そう胸中で呟きながら、ミツルは背中から抜き取った剣をレィ・ドワールの頭目掛けて投槍の要領で力いっぱい投げた。


 ミツルの投げた剣の刃先は皮膚を裂き、肉を開き、脆くなった頭蓋へと到達すると最も重要な脳を守るその白骨をも音を立てて砕いた。それでも剣の勢いは留まらず、刀身はうつ伏せとなっているレィ・ドワールの後頭部を貫き通し地面に刃先をめり込ませ、そこまで来てようやっと止まった。


「――――っ!?」


 突如見つめていた友の動く死体の頭に剣が刺さり、さしものセリアも驚きに目を大きく開けた。


 長々と話をしている間にも、レィ・ドワールは回復し続ける。


 半殺しにし、痛めつけることに固執していたミツルだからこそ、こうやってむざむざと逃してしまった。


 こだわることを捨て、諦め、早々にただの肉片へと変えたほうが心残りも少なくなるというものだ。

 あんなにも優しげな少女を殺めるような奴と同じ空気を吸っていること自体がもはやおぞましいというのもあるが。


 自分の元いた世界でこんなことをすれば、シリアルキラーとして即牢獄行きへのチケットを渡されるだろう。悪霊がとり憑いているからと言って、人間の頭に剣を突き刺す輩が一体どこにいようものか。


 精神を患っているならまだしも、向こうの世界でそんなことを口走れば陶酔し過ぎた自称悪魔祓いか、ただの頭のおかしい異常人のどちらかとしか捉えられないはずだ。


 馬鹿真面目に生き恥を晒し、機械的な人生を送り、なぜこうまでして生きなければならないのかと常々思ってはきたが、それでも犯罪に手を染めるような真似だけはしなかった。殺人となればなおさらだ。


 けれど、今ではごく当たり前のように刃物を握り、命を絶っている。

 他人より遥かに悲観的なことを除けば、普通の人間と何ら変わらない。普通であるならば、おそらく人に刃物を向けるだけでも心臓の鼓動がすこぶる早まっているに違いない。


 普通の人と同じように何度となく妄想の中で世界を救ってきたし、沢山の人々にたたえられもしてきた。民に愛される王様とやらに褒美として娘を与えられ、末永く幸せに暮らす夢だって布団の中で何度も何度も見た。


 しかし、ミツルは普通であって普通じゃない。だからこそ苦しい。


 現実はいつだって嫌になるほど厳しいものだ。

 実際は領土問題も金で解決できるし、悪の魔王だって軟弱な自分がわざわざ出向かなくとも勇者に任せておけば勝手に始末して平和にしてくれる。良かれと思って迷子の子供に話しかけでもすれば、周囲から受けるのは賛美の声ではなく、誘拐ではないかという疑心と偽善者だと言わんばかりの憐れみの目。


 男性が悪事を働けば見た者を口封じに袋叩きの刑に処し、女性であれば誘惑と媚び売りで無かったことにする。


 線路で自殺を考えようものならば、そこに生じるのは同情や悲しみなどでは断じて無くて、遅延に苛立つ社会人と死体の後始末を余儀なくされる請負人。死ぬならば一人で死ねと、私達を巻き込むなと、哀しみに涙を流すどころか面倒事を持ってきてくれたなという嫌悪の視線と、一部に至る興味のカメラの視線それのみ。


 空想とは正反対の衆愚の社会でしかないこの世界をどうして救おうなどと思えようか。

 いっそ極大隕石でも降ってくれれば楽だろうにと、何度自分に思わせてくれただろうか。


 どこぞの世界に召喚された勇者のように何もかもが秀でているわけでもないし、かと言って悲劇の主人公面をしてただ泣き喚いているだけの馬鹿でもない。


 最弱であることを認知し、弱者であることを恥じること無く、弱者の身でありながら強者の真似事をすることで、知性を持っていても程度の低い周囲を騙し通してきたのだ。


 冷汗は服の下に隠蔽し、怯えて震える手足は武者震いだとうそぶき、人並み外れるほどの蛍雪を積み重ね、人の醜さを観察し、そこの弱さに漬け込んだ。そうして虚勢を張り続けて虚構の強者である自分として偽ってきたから、こうして今だって躊躇うことなく刃を人肌に突き立てられる。これこそ、強者の真似事こそが弱者の強みなのだ。


「…………なんのつもりだ」


 セリアは姿勢を崩さないまま、ミツルに鋭い眼光を向けた。


「義憤に駆られたんだよ。あんたにとっては友でも、俺にとってはアリヤの仇でしかない。あんたに迷いが見えたから俺が殺った。それだけの話だ」


「見くびるのも大概にしろ。私に迷いなどあるものか。貴様より私の方がよほど強いことは、この場の誰もが明確だ。こいつは私にとっても仇だ。そしてそれ以前に抹殺対象でもある。……やってくれたな」


 下から睨め付けるセリアに対して、階段上からミツルは彼女を見下す。


 せっかく仇討ちをしてやったのにと思う反面、勝手に行動を移したのも事実だ。だがもとよりミツルは孤独の身。誰に命令されるでもなく勝手に一人でレィ・ドワールを殺しに来たに過ぎない。逆に言えば、そこに茶々を入れてきたのはセリア達に他ならないのだ。


「――早い者勝ちだ。べらべらと駄弁だべっていたあんたが悪い」


「……相変わらず気に食わんな。その屁理屈」


 含んだような低い声音でセリアは人骨の灯篭にほんのり照らされる黒尽くめの男を睨む。


「あんただって、洞窟の前で俺がこいつの体力を削っておいたのを良く言ってただろ。何を今頃になってころころと意見を変える必要がある」


「それはこの悪霊がベリアルドを乗っ取っていると知らなかったから口にしたまでだ。――ならば言わせてもらうが、レィ・ドワールがアリヤの身体を使っていたら、貴様はそれでも同じことを言えるのか?」


「……あ?」


 場違いに言い合いをして殺すことを奪い合う異様な二人に、シエラはたまらず口を開く。


「ち、ちょっと待ってください! どうしてそこで喧嘩が始まるんですかッ」


「喧嘩じゃない。そんなのは仲睦なかむつまじい奴らがやることだ」


 それにミツルは、喧嘩をするほど深い関係を持っていない。

 あえてこれに名前を付けるとすれば、それは喧嘩ではなく思惑の差異によって生じる決裂だろう。


「二人ともらしくないぞ。敵を前にして、一体どうしたっていうんだ」


「敵ならもう既に死に絶えて――――」


 ローリアの戸惑う言葉にミツルはそこまで口にして、愕然とした。

 見ると、セリアの足元からのらりくらりと上体を起こすレィ・ドワールの姿。後頭部から顔面にかけて突き破った剣は刺さったまま、それでもなお動いている。剣の刃先は地面に突いたことで欠け、狂人の鼻の辺りから長鼻のように伸びている。両の目は潰れて口は裂け、もはや原型をとどめていないぐしゃぐしゃの顔だ。


 ミツルもローリアもシエラも、セリアも、目の前の生命力の概念を超越した不可解な物体に目を剥いていた。


「……不死身なのかこいつは…………?」


 あまりに受け入れ難い光景に、ミツルはたまらず声を漏らす。


 当然そう思うのも無理はない。なぜならばこの狂気のゾンビはこの戦い以前に、ミツルが半殺しにしているのだ。並の人間ならばとうに十回は確実に死んでいるような状態で、まだこうしてしつこく立ち上がってくる。


 確かに目を失っても生きている人は稀にいるし、何箇所も傷付いていても死んでいない人も世の中にはいる。だがしかし、これはその次元を遥かに超えている。

 脳天を大きな刃物が通過して、間違いなく脳をも破壊しているはずだ。いくら身体は死んでいるものだとは言っても、限度があるというものだ。


「どうすれば止まるんだこいつは――ッ!?」


「もう十二分に手は加えているのに……」


 ローリアとシエラも不死身の狂人を前に絶望している。


「俺はもう殺したことでいい。だからこのイカれた奴をどうにかしろ――!」


「さすがに私ももう死んだと思っていた手前、生憎あいにくと手持ち無沙汰だ。ひとまず距離を取れ」


 そう言って一番レィ・ドワールの間近にいたセリアは大きく後ろへ飛び退いた。それにならって、ローリアもシエラもさらに数歩遠ざかる。


 ミツルは挟み撃ちにするためにその場で待機し、レィ・ドワールの動きを観察する。


 満身創痍のレィ・ドワールは数々の負の感情から構成された悪意ある霊体だ。それゆえにその分人格も増幅している。初めて対面したときに様々な一人称を口にしたのもそれが理由だ。


 しかし、いくら悪霊と言えども元は人間の感情。そして借りている依り代もまた人間だ。だからこそ、今現在目前でぎこちなく四つん這いで蠢くその異様な姿勢には、誰しも恐怖を抱いてしまう。


 人間の知覚では、霊長類の頂点に位置する人間は二足歩行で歩く生き物だとあらかじめインプットされている。犬や猫が二足で立つと違和感を感じるのと同様に、人間もまた両手を地に着け歩き出すと目には不自然に映る。

 しかもレィ・ドワールに関して言えば、四つん這いで歩くその姿は赤ん坊の愛らしい四足歩行や犬や猫のようなしなやかな動きというよりも、百足むかで蜥蜴とかげのようにどこか気味の悪さを感じさせる歩き方だ。いっそホラー映画にでも出せば儲かりものだろう。


「――あgゎyがぎrぁnりuoあわeあ」


 レィ・ドワールは何かを口にしているようだが、脳が破壊された上に呂律も回らないでいるため、四人共々一言たりとて理解できない。


(どこかに弱点でもあるのか――?)


 ミツルはそんな人外となり果てた狂人から目を離さずに、ここまで生き延びるのなら核となる物がどこかにあるはずだと憶測を立てる。


「けど……」


 もしそうならば場所は中央部と相場が決まっている。だが今回、人間の核である心臓と脳は既に破壊されている。仮に核が腕や足など意外な位置にあったとしても、ナイフで何十箇所と刺し続けたがそれらしきものは無かった。


「――ッ」


 気配を察知してじわじわと寄ってくるレィ・ドワールから後ずさっていると、足下に乱雑に転がる人骨の灯篭にミツルは蹴つまづいた。


 くり抜かれた両の穴から橙色の光を漏らして見つめてくる灯篭にミツルは舌打ちをするが、すぐにあることに思い至って軽く目を開く。


 核を探している間にこちらがやられていては元も子もない。存在するかどうかもあやふやな物に掛け事を行う余裕も無い。そしてその選択肢を破棄するとしたら、いよいよもって残る方法はひとつ。


 それを実行するには、ミツルが今立っている足下に無数に散らばる頭が必要だ。触りたくはないが、この状況でそんな呑気なことを言っていられる場合ではないだろう。


 ――ミツルは骸骨の目のくぼんだ部分に人差し指、中指、薬指を突っ込むと、中の火に当たらないよう慎重に持ち上げる。

 前頭骨の辺りにひびが入っているのを見るに、この骨の持ち主はおそらく撲殺か何かで死に追いやられたと思われる。

 さらにこの頭蓋骨は何世紀も前の遺跡から発掘でもされたかのように脆くなっており、少し手に力を加えただけでその部分がぽろぽろと崩れる。


 だが幸いにも、ミツルの思惑ではそのほうが都合がいい。硬ければそれこそ意味をなさないのだから。


 ――ローリアとシエラ、そしてセリアの三人が息詰まる中、ミツルは両手に骸骨を持つとゆっくりと近付いてくるレィ・ドワールへと投げつけた。


 左手から離れた頭蓋骨の灯篭は前回りに回転しながら飛んでいき、レィ・ドワールの向かって右の肩に命中。ぶつけられた頭の骨は狂人に触れた瞬間細かく砕け散り、あらわとなった中の火が身体にまとわりついて軽く炙っていく。


 それを捉えたミツルは間髪入れずに右手の頭蓋骨を投下。さらに足下にまだある数多の頭蓋骨をもすべて投げつけた。

 全部投げたことによってミツルの周りは光を失い、再び暗転する。代わりにレィ・ドワールの周囲が明るく包まれ、一層狂人の姿が仰々しく映える。


 精度よりも早さを採ったがために、途中二つ三つほどレィ・ドワールの手前や真横へと無意に散っていった。


 人骨爆弾となった灯篭により火傷を負ったレィ・ドワールの身体はあちらこちらが赤く腫れ上がっていたが、ミツルの予想とは程遠い結果となった。


「ミツル!?」


 突然の行いにローリアは戸惑い呼びかける。


「不死身なら跡が残らないほどに燃やし尽くせばいいと思ってやったけど……、思ったとおり火力がまったく足りてない」


 ダメ元で愚策を行なったが、目に見える失敗にミツルは歯軋りする。


 だがそれをヒントに得たのか、セリアははっと目を少し開くと後ろのシエラへと顔を向ける。


「――シエラ・ルレスタ。お前ならば奴を、レィ・ドワールを倒せるかもしれん」


「――――えっ」


 そんな意外な台詞と打開策を編み出したらしいセリアの凛々しい眼光に、シエラ自身はおろか、ミツルもローリアも疑心に満ちた顔をしていた。


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