掌編小説・『サイクリング』
夢美瑠瑠
掌編小説・『サイクリング』
(これは去年の「サイクリングの日)にアメブロに投稿したものです)
掌編小説・『サイクリング』
おれは山間サイクリングが大好きだ。緑の森林の中を全速力で疾走しているときの、爽快感は他ではちょっと味わえない、しびれるような愉悦とエクスタシーの世界である。
坂道をえっちらおっちら登っていくときは大変だが、その分下り坂を急降下していくときには、全身を煽る強風の臨場感と、目くるめくようなスピード感で、自分自身が風そのものになったような、そうした錯覚に襲われる。「風の精」というのがいたとしたら、きっとこういう感覚かな?などとちょっとファンタジックなことも考えたくなる。シルフとかいったかな、ロープレとかにはそういう名前の「風の精」がよく出てくるが、透明で薄青くて、いかにも軽やかで、好きなキャラクターだ。
おれはオープンカーやバイクにも乗るのだが、よりマニュアル的で身軽に感じる分、自転車のほうが好きなのだ。
その日も休日を利用して、郊外の人里離れた深い山の中に乗り入れて、サイクリングを楽しんでいたのだが、ふと前方に全身が真っ赤のウエアで固めた、サイクリング仲間の姿が見えた。近寄っていくと、長い茶髪をなびかせているので、女らしい。サングラスをしていて、顔立ちは何だかエキゾチックに見えた。
追い越しざまに「ハーイ!」と声をかけると、女はニコッと微笑み返した。
そのまま進んでいこうとしたのだが、ふと横を見ると、女がペダルを急回転させて、おれを追い抜き返そうとしている。(ははあ。レースを挑むつもりだな)と、勘づいたので、おれもペダルを踏む足に力を込めて、抜かれまいとした。
しばらくはおれが優勢だったが、女は見かけによらず体力が強靭らしく、次第に追いついてきて、並走する形になった。
おれは少しへばってきたが、女に負けるのもしゃくなので、全力を振り絞って、女を振り切ろうとした。しかし、相当に経験を積んでいるのだろうか、女は疲れた様子もなく、平然と追尾してきて、時たま俺の前に出たりする。
女は小柄だが、胸元が堆(うずたか)く盛り上がっていて、その気で見るとかなりセクシーで魅力的な外見をしている。
おれはますますファイトを燃やしたが、女は余裕があって、時たまこちらを見て微笑んだりする。
…小一時間もそうしてデッドヒートを繰り広げて、あげく、山間道路の舗装が途切れて、山道に続いている、普段終点にしているデッドエンドにたどり着いた。
勝敗はというと、結局両者とも譲らずに、ほぼ同時にゴールインした。
おれは、自転車を降りて、ヘルメットを脱いで、汗をぬぐった。
おれは息が上がって、しばらく口もきけない状態だったが、女は息一つ乱さずに、「すごいわね。今まで私にレースを挑まれて互角に走れた人はあなたが初めてよ。
もうサイクリングを始めて長いのかしら?」と笑顔で話しかけてきた。
サングラスを外すと、なんと青い目の外人女性で、茶髪かと思ったのはきれいな金髪だった。魅力的なボディにはメリハリがあって、全身が柔軟そうで、ゴムまりみたいに弾みそうな印象を受けた。
「いえーまだ3年半ですよ。このコースが慣れているので、どうにか走れたんだと思います。あなたはどういう方なんですか?ただものじゃないですね」
「私を知らない?あなたは競輪とかはしないのね。私はコーデリア・ナカノと言って、去年の全国競輪を総合した賞金ランクで3位になった女よ。女性としては歴代最高の成績を取ったんだからね。新聞とかにも載っていたはずだけど・・・」
「えええ?あの?有名なコーデリア・ナカノ?もちろん知っています。そういえば見覚えがあるお顔のような気がします。レースなんかできて光栄の極みです」
「うふふ。ここで会ったのも何かの縁だから、今度我が家に招待しようかしら。私の
ケータイ番号をあなたのスマホに登録してあげる。いつでも電話していいからね」
・・・こうしておれたちの交際が始まった。
二人ともすぐお互いに夢中になって、半年後にはめでたく結婚の運びとなった。
サイクリングが結んだ縁だから、新婚旅行ももちろん二人しての自転車旅行になった。
二人とも足腰が鬼のように強靭なので、初夜のベッドが軋みすぎて、スプリングが壊れてしまった。
(サイクリングでトラベリングするとスプリングが壊れた、という「脚」韻を踏んだ話である。w)
それはご愛敬だが、とにかくサイクリング万歳で、おれは今最高に幸せである・・・
<終>
掌編小説・『サイクリング』 夢美瑠瑠 @joeyasushi
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