第16話 「ああん…」はじまっちゃったよ。今どき世代の女性では、こんな上品でエッチな声は出ないな。「あん、やだ…」「お世話になります」

 「育児は、道徳のないバーチャル界だ」

 次の日も次の日も、亡霊のようにベビーカーを押し続けた。

「ネット通販で、新しいベビー用品を買うしかないのか?」

 いつしかスナガは、ネット通販のビジネスモデルについて、考えはじめていた。

 ネット通販の特徴は、実際に在庫をもっていなかったとしても、販売を促進してできた点だ。

 「こんなもの、いかがっすかあ?」

 ネット上では、そこにはない品でも、誰かに見せることができた。

 客は、そんなバーチャルの画像から、購入したい商品を、選択。

 実際に在庫があったとしても、商品は、スナガの眺めていた画像上にはない。ほとんどは、本部などの物流センター倉庫に、眠っている。

 「送料無料です」

 その言葉も、バーチャル。

 「あれって、おかしな宣伝だ」

 「そうよね?本当に無料なら、トラック運転手たちが、ただ働き」

 「ああ。実は、無料じゃないのにな」

 「うん」

 「タカクラが、言っていたよ」

 「タカクラ?」

 「学習塾時代の、同僚」

 「ああ。タカクラさんね」

 「タカクラは、どうしているかなあ…」

 と、同時に…。

 どこかで、ツバキの頭が、くらっと、震えた。

 「ねえ、お客様?」

 「あ…」

 女性が、彼の胸に顔を埋めた。

 「お客様?」

 「…はい」

 相変わらず、上品で、エッチな声。今どき世代の子たちでは、こんな声は、出せないだろう。

 余裕のある女性の、強み。

 「ああん…」

 「相変わらずの、声だなあ…」

 「お客様は…」

 「…」

 「どんなスマホが、お好みなんですか?」

 「…」

 「タカクラ、ですか?」

 「…」

 「やっぱり、私の身体なんですか?」

 「…」

「エッチ」

 また、はじまっちゃったよ。

 「な…」

 「ああ、お客様?」

 「はい」

 「そこは、触っちゃ、いや!」

 「どういたしまして…」

 「エッチ!」

 「すみません」

 「もう!」

 「お世話になります」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る