第5話 キャッチボール

翌日6時にグラウンドに向かうと

沢村さんはすでにアップを済ませて待っていた。


「田辺さん、おはようございます」

「今から、キャッチボールをするんですけど、いいですか」

そう言われて、グローブを受け取った。


沢村さんからのボールを取って、投げる。

3往復した時に、沢村さんから、

「やってました?」


「小6の時に3か月ぐらいですね」


「なんでやめちゃったんですか」


「チームの中で、俺の実力が10番目だったんで」


「意味が分からないです」


「野球は9人ですよ」


「頑張って、あと1人に勝てば、レギュラーになれたかも

 しれないじゃないですか」


「なれないかもしれないですよ」

「レギュラーになれなきゃ意味なんてないです」


「・・田辺さんって変わってますね」


「そうですか、普通ですよ」


「ちょっと聴くんですけど」

「私がソフトボールを続けてることって、どう思いますか」


「前にも言いましたけど、

無駄な事をしてるなって思ってますよ」

「俺は10番目の実力でしたけど、

 沢村さんは、チームの中でダントツの最下位です」

「沢村さんが試合に出れる確率はかなり低くて、

 レギュラーになれる確率なんて、ほぼ0です」


沢村さんは俺が投げたボールを顔面でキャッチした。

鼻から血が流れている。


「大丈夫ですか?」


「ちょっと心に刺さっちゃいまして」


沢村さんを見ると、白目をむいていた。

俺の言葉がショックみたいだ。

でも、本当の事を言わないと、沢村さんのためにならない。

沢村さんもそれを望んでいる。


「田辺さんっていつもそうなんですか?」


「何がですか?」


「その、なんていうか、私は正直に言ってもらった方が

 練習になるんですけど、他の人にもそんな感じで言っちゃうんですか?」


「言うわけないですよ」

「ケンカになっちゃいますし」

「そんなの無駄でしかないです」


「分かってるんですね・・」


「それより、沢村さんもこの前みたいに、

急にキレたりするんですか?」


「イラッとすることはありますけど、我慢しますよ」

「でもあの時は、あまりに上から見られた感じがして、

 我慢できなくて」


「仕方ないじゃないですか」

「あれだけ下手なら、誰でも見下しますよ」


再び、沢村さんはボールを顔面でキャッチした。

鼻からさっきの倍の量の血が流れている。


「もう、なにやっているんですか!」


沢村さんは鼻にティッシュを詰めながら言った。

「今日の肉まんはなしですね」


「なんでですか」


「田辺さんがひどいことを言うからです!」



誰かとこんなに話したのは久しぶりだ。

どうでもいい会話ばかり。

これが将来の何かにつながるとは思えない。

でも、嫌ではない。

無駄な事にも意味があるのだろうか。



それから、沢村さんとの朝練は毎日続いた。

練習の手伝いをしてみて、改めて分かったが、

沢村さんは俺が想像していたよりも下手だった。

真面目に練習しているせいか、

体力はそれなりにあるが、それ以外は、

野球ゲームのパラメーターで言えば

オールZ、最底辺だ。

何を目指して、やってるのだろう。



「田辺さん、今日もありがとうございました」

「ハイ、いつものジュースと肉まんです」


沢村さんからジュースと肉まんを受け取り、

ベンチに2人、距離をあけて座りながら、

一緒に肉まんを食べる。


「沢村さんは、なんでソフトをやってるんですか?」


「なんですか急に」


「いや、こんなに真面目にやって、これだけ下手って

 ある意味すごいと思うんですよ」


「肉まん返してもらっていいですか」


「でも、ソフトを続けてるのって、なんでかなぁと思って」



「小学生の時にテレビのバラエティで

女子ソフトでオリンピックに出た投手が、

プロ野球選手から三振を取っているのを見て、

すごいなぁって思ったんです。」


「それから、地域のスポーツ少年団に入りました。

最初は、バットを振ってもボールに当たらなかったり、

フライも取れなかったんですけど、

段々できるようになったりして・・」


「気付いたら、ソフトのある生活が

当たり前になっていったんです。」


「好きだからやってるんですよ」



「沢村さんって、ソフト歴何年ですか?」


「9年目ですけど」


すごすぎる。

9年目でこの下手さ。

ギネスに練習しても上手くならないソフト女子部門があれば、

余裕で登録になると思う。


さすがに、フォローしないといけないと思った。

「きゅ、9年も、つ、続けるなんて、

 お、おれにはできないなぁ↑」


「今のなんですか?」


やっぱり、正直に言わないと。

「いや、9年やって、この実力ってマジですか?」


「ジュース返してもらっていいですか」

沢村さんの頬がふくれている。

怒っているみたいだ。


「失礼な事を言って、すみませんでした」


「謝られると余計傷つくんですけど」


「9年やって、この実力って、ある意味才能ですね」


「そんな才能あるか!」



才能がないことを続けても意味はないって思っていた。

今でもそう思っているけど、

沢村さんみたいに、好きだから続けて、

それが生活の一部になって、

楽しいと思えるなら、そういう考え方も

あるのかもしれないと思った。



「田辺さんって、3者面談はいつですか?」


「来週ですよ」

そういや、担任が3者面談までに、

進路希望を出せって言ってたな。


嫌な事を思い出してしまった。


「私は今日なんですよ」

「田辺さんって、進路って決めてますか?」


嫌な質問だな。

適当に流そう。

「・・・地元の大学です」


「そうなんですね」


なぜか後ろめたさを感じた。


「沢村さんは?」


「私も地元の大学です」

「大学に行ってもソフト続けたいです」


「冗談ですよね」


「そろそろ、本気で怒りますよ」


沢村さんはギネス記録を更新するみたいだ。



「あれっ、2人とも何やってるの?」


振り向くと、黒木がいた。

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