第4話 理由

あれから1週間

朝のグラウンドであの女子を見かけることはなかった。

放課後のグラウンドにもいなかった。


俺のせいで、部活をやめたんじゃないか。

全部俺が悪いわけじゃない。

でも、俺にも悪いところはあった。

謝らないといけない。


1年から3年の教室を見て回るが、

女子の姿はなかった。


やっぱり学校を休んでいるのか。


「田辺君、なにやってるの」


黒木が俺に話しかけてきた。

黒木が女子の事を知っているかは分からないが、

自分で探すのは限界だ。

ダメもとで黒木に聴いてみた。


「沢村さんのことかなぁ」


黒木が話す、沢村さんの特徴は、

俺が知っている女子そのものだった。

黒木は沢村さんと小中の同級生で、

同じクラスになったこともあるという話だった。


「沢村さんに何か用なの」


「あっ、いや・・」


「沢村さんの家、知ってるから行ってみる?」


意外だった。

俺は、黒木と友達じゃないし、

真面目に美術部の活動をしている黒木にしたら、

幽霊部員の俺なんて、嫌っていると思っていた。


「なんで」


「田辺君、すごく悩んでるように見えたから」

「大事な事なんじゃないかって思った」

「違うかな」


黒木が俺より大人に見えた。

黒木のことを見た目で下に見ようとしていた

自分が恥ずかしく思えた。


本当は否定したかった。

「なんでもないって」言って

いつも通り流して、

いつもの日常に戻りたかった。

でも、それをしてしまったら、

取り返しがつかなくなる。

そんな気がした。


「沢村さんの家を教えてほしい」


放課後黒木と沢村さんの家に向かった。



「あれが、沢村さんの家だよ」


2階建ての家で、築20年といった感じで、

新築ではないが、古いという感じもない。

庭は手入れができていて、

全体的にぬくもりを感じるような家だ。


黒木がチャイムを鳴らすと、

少しして、スウェット姿の沢村さんが玄関から出てきた。


「沢村さん、ゴメン急に家に来ちゃって」


沢村さんは不思議そうな表情をしていた。

「黒木君?どうしたの」


その言葉の後、俺に気づき驚きの表情をする。

「えっ・・どういうこと」


「田辺君とは同じ美術部なんだよ」

「田辺君が沢村さんに話したいことがあるって言うから

 一緒に来たんだ」


少し沈黙があった後


「じゃあ、僕は帰るね」


「あっ」

沢村さんは黒木を引き留めようとしたが、

黒木は、去って行った。


そりゃそうだよな。

俺と2人なんか気まずいよな。

早く謝って帰ろう。


「この前は、すみませんでした」


俺は頭を下げ、言葉を続けた。


「あの日から、沢村さんを見かけなくなって」

「もしかして、俺が言ったことが原因なんじゃないかって」


沢村さんはすぐに否定した。

「違いますよ!風邪をこじらせただけです」


沢村さんの言葉を聴いてホッとしたが、

すぐに気を引き締めた。

俺が傷つけたのは事実なんだ。


俺が話すより少し早く

沢村さんが話し始めた。


「あの日、田辺さんから言われて、正直ムカつきました」


やっぱりそうだよな。


「でもムカついたのは、田辺さんが間違ってなかったから」


「えっ」


「ソフトを始めてからずっと劣等感がありました」

「なんで私はこんなに下手なんだって」

「でも、チームのみんなは優しいから、悪くなんか言われたことなくって」

「いくら練習しても上手くならなくて」

「自分が情けなくて」

「そんな気持ちを田辺さんに見透かされた気がして、

八つ当たりしちゃったんだと思います」


「いや沢村さんは、そんなこと・・」


話し始めた俺の言葉を、沢村さんは止めた。

「気を遣ってもらわなくても大丈夫です」

「それより、私の方こそ、にらんだり、何もやってないなんて

ひどいことを言ってすみませんでした」

沢村さんは頭を下げた。


「別に大丈夫ですよ。実際何もしてないですから」


顔を上げた沢村さんと目があって、

お互いすぐに目をそらした。


少し間があった後、沢村さんから


「じゃあ、これで」

家に戻ろうとする沢村さんに


「ちょっと・・」

反射的に言葉が出た。


振り返った沢村さんは不思議そうな顔をしている。

当然だ。用事はすべて終わり、和解もできた。

沢村さんからしたら、これ以上話すことはないし、

俺と関わる必要はない。


でも、俺には知りたいことがある。

才能がないのに努力を続ける理由。

なんで好きとか上手くなりたいだけで

無駄な努力ができるのか。


理解できない。

だから沢村さんの事を知りたいって思った。


でも、次に続く言葉が出てこない。


「なんですか?」


このままでは終わってしまう。


頭をフル回転させて出た言葉は、


「練習手伝いましょうか?」


沢村さんはポカンとした表情をしている。


何言ってるんだ、俺は。

気持ち悪すぎだろ。

3秒前の俺を消したい。


「何でもないです」


走って帰ろうと、後ろを振り向いた時


「・・お願いします」


意外過ぎる答えに、

沢村さんの方を向いて、言葉がこぼれた。

「ほへ?」


「ほへってなんですか、アハハ」

初めて、沢村さんの笑顔を見た。


「田辺さん、正直に言ってくれるし、他にそんな人いないんですよ」

「それに、1人の練習に限界を感じてたんです」

「でも、田辺さんにはとっては、私なんかに付き合っても、

無駄な時間にはなってしまうんですが。」


「そんなことないですよ」という根拠のない

フォローの言葉を飲み込んで

「見返りがあれば、無駄にはならないです」


「じゃあ、1回の練習ごとに、私がジュースを1本おごるっていうのはどうですか?」


「肉まんもつけてもらえるとありがたいです」


「分かりました」


沢村さんと契約を結んだ。


人生は何が起こるか分からない。

少し前まで名前も知らない、

怒りや憎しみの対象だった女の子の練習を

明日から手伝うのだ。

こんなこと、どう考えても

無駄なはずなのに・・

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