第6話 無駄の極み

沢村さんが答えた。

「田辺さんに、練習手伝ってもらってるの」

「でも、田辺さん何でも正直に言うから、

 一番鍛えられてるのは、メンタルなんだけどね」


俺は沢村さんに

「沢村さんは、決してソフトが上手くならない

 才能を持ってるんですよね?」


「そんな才能はないです」

「黒木君どう思う。田辺さんひどいよね」


黒木は驚いた表情をした後、笑顔で言った。

「二人は仲が良いんだね」


沢村さんは速攻で応えた。

「黒木君は何を聴いてたの!」

「良いわけないじゃん!」


黒木は笑いながらさらに

「なんで、2人は敬語なの。同じ2年なのに」


俺が答えた

「別に友達じゃないから」

沢村さんも続けて

「ただの契約関係なんだよ」


「契約?」


「田辺さんに練習を手伝ってもらう代わりに、私が肉まんとジュースをおごる契約」

「でも、今日の田辺さんの態度を見て、契約を変更したいと思います」


俺は突然の話に少し動揺した。

「どういうことですか?」


「正直に言ってほしいですけど、

何でも言っていいわけじゃないです」

「明日から肉まんなしです」


そんな勝手な事を言うなら、俺にも考えがある

「・・分かりました。練習の手伝いは今日で最後にします」


沢村さんはちょっと困ったような顔をした後、

「じゃあ、肉まんをあんまんに変えます」


「何の意味があるんですか?」


「少しでも田辺さんにダメージを与えたいです」


「あんまんも好きなんで、ノーダメージです」


「それなら、私がわさびまんを作るんで、食べてください」


「直接体にダメージを与えるのは、違いますよ」


「そんなルールはないですぅ」


2人のやり取りを見ていた黒木は

「僕も契約して、沢村さんの練習を手伝ってもいいかな?」


朝練の手伝いなんて、しんどいし、

俺には何のメリットもなくて、

無駄な事だと思ってるけど・・

黒木が沢村さんの手伝いをしているところを想像すると

なぜか、嫌な気持ちがした。

なんて言ったらいいか迷っていると


「黒木君、ありがとう」

「でも、黒木君に迷惑はかけられないから」


「そっか」


俺には迷惑をかけてもいいのかと思ったが、

なぜか、ホッとした気持ちになった。


「フフフ、じゃあ僕は行くね」

黒木は立ち去って行った。



「田辺さん、明日はわさびまんですからね」


「分かりましたよ。沢村さんも一緒に食べてくださいね」


「私は食べないですよ、何言ってるんですか」


「いつも一緒に肉まんを食べますよね」

「食べないのはルール違反ですよ」


「自分で作って、食べて、吐くなんて、

バカじゃないですか」


「わさびまん食べたら、ソフトが上手くなるかもしれないですよ」


「田辺さん、私ソフトは下手ですけど、

バカじゃないんですよ」


結局この後、朝練はせずに、バカ話を続けた。

朝練すら無駄なのに、さらに朝練もせず雑談するなんて

真の無駄だと思う。

でも、楽しかった。

これは無駄なんだろうか。



次の日の朝、グラウンドに行くと、

沢村さんはいなかった。


ずっと、グラウンドで待っていたが、

結局、沢村さんは来なかった。


夕方のグラウンドにも沢村さんはいなかった。


次の日の朝、グラウンドにいつも通り、

沢村さんが待っていた。

いつもと違うのは、ジャージではなく、

制服姿ということ。


「昨日はすみませんでした」


「ホントですよ」

「沢村さんには、わさびまんを食べてもらいますからね!」


「・・・そうですね」


いつもと違う。

明らかに元気がない。

聴いた方がいいのかもしれない。


「何かあったんですか?」


「あっ、すみません、気を遣わせて」

「あ、あのですね」

「えーっと、その・・あれなんですよ・・・」

「私は・・なんていうか・・・だからですね・・」


俺の方を向いたり、下を向いたりしながら、

何かを言いかけては、やめてを繰り返している。


「言いたくないなら、言わなくてもいいですよ」


「違うんです、田辺さんに聴いてもらおうと思ってて」

「ごめんなさい、あの・・ちゃんと言います」


沢村さんは深呼吸をした後


「ソフトボールをやめようか悩んでるんです。」

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