第2話 才能と努力

スイングスピードは遅く、

足と腰と手が連動していないので、

ボールに当たっても力が伝わらない。

良くて外野フライだ。

いくら振っても、レギュラーにはなれない。

3年の最後の試合で、同情で代打に出るぐらいだろう。


心の中で見下した時、

女子は俺の存在に気付いた。

俺の顔をにらみつけながら、近づいてくる。

俺の目の前で止まった女子は俺に対して


「文句があるんなら言ってください」


なんだ急に。

確かに見てたけど、別に文句なんかない。

あるのは疑問だけだ。

才能がないことをなぜ続けるのか。


でもさすがに、思っていることは言えなかった。


黙っていると、女子は続けて

「こんな練習したって無駄だって思ってるんですよね」


俺の気持ちを見透かしたような発言に、

少し驚いた。

否定しないと、認めたことになって、俺が悪者になってしまう。

否定の言葉を探し、返事をしようとしたが、

女子の方が先に話し始めた。


「私、分かるんです」

「相手が私のことをどう思っているか」

「ずっと見下されてきましたから」

「ソフトボールだって、先生や親からも

向いてないことはやめて、

勉強した方がいいって言われてます」

「下手だったら、ソフトやっちゃダメなんですか!」

「好きな事をやっちゃダメなんですか!」


なんなんだよ、この被害妄想の女は!

アンタの事なんか知らねぇって。

と思いながら、俺は学校に早く来たことを後悔した。


何も言わない俺にあきれたのか、

「もういいです」

「気が散るのであっちに行ってください」

と言って、練習を再開した。


俺は早足で、その場から離れ、教室に向かって歩き始めた。


一歩踏み出す度に、女子への怒りが増幅される。

なんで、あんなことを言われなきゃいけないんだ。

そうだよ、俺はあんたの事を見下したよ。

でも、心の中でどう思おうが自由だろうが。

勝手に妄想して、キレて、ふざけんなよ。

才能のない奴がいくら練習しても意味ねぇんだよ。


イライラしながら、廊下を歩いていると、

後ろから、何者かに肩を2回叩かれた。

手を払いのけるように、勢いよく振り向き、

誰かも分からないそいつを、にらみつけた。


「お、おう、田辺、ちょっといいか」

担任だった。

手には何か、パンフレットのようなものを持っている。

「まだ進路が決まってないなら、とりあえずこれ読んでみるか」

大学のパンフレットだった。

「別に大学に行けってわけじゃないんだ。何か考えるきっかけになればと思ってさ」

笑顔で話してくる。

昨日までなら、良い先生だと冷静に見れたかもしれない。

でも、今は冷静には見れない。


俺一人じゃ、進路は決められないって言いたいのか。

俺みたいな才能のない奴は、とりあえず大学に行けってことか。

お前みたいな、学生時代クラスの中心にいたような奴に、

俺の気持ちなんか分かるかよ。


自虐と偏見と妄想が入り乱れて、次々と嫌な感情がわいてくる。

ぶん殴ってやりたいとさえ思ったが、

心の声を飲み込んだ。


「・・・ありがとうございます」

そう言って、パンフレットを受け取った。


パンフレットを握りしめながら、

俺の限界はここなんだって言われている気がした。



最近クラスでは、進路の話でもちきりだ。

俺は仲のいい友達はいないので、

休み時間は、スマホでゲームをするか、

マンガを読んで過ごす。


「鈴木君は進路決まった?」

「俺は、県外の大学に行って、1人暮らしをしようと思ってる」

「へぇ、そうなんだ。私は地元の大学かなぁ。佐藤君は?」

「料理が好きだから、料理の専門学校に行くつもり」


こんな会話が毎日繰り広げられている。

俺は何を目指せばいいんだろう。


分からない・・・



5時限目の授業が終わった後、

「田辺君、ちょっといいかな」

美術部の黒木が話しかけてきた。


黒木はレンズの厚いメガネをかけて、細い体で、

シャツのボタンを一番上まで止めている、

ガリ勉風のパッと見、さえない男。

しかし、絵の才能はあった。


俺と黒木は、1年の春頃、美術部に入部した。

黒木は初めて描いた絵が、県の展覧会に入選した。

それを見て、俺は自分に才能がないことに気づき

美術部に行くのをやめたんだ。

黒木はその後も作品を作り続け、

噂では、美大を目指しているらしい。


「先生が、人物画の課題を提出しないなら、

田辺君を退部させるって言ってるんだよ。

田辺君どうする?」


なんだよ、今まで何も言わなかったくせに。

退部になったら・・・面倒だ。

「とりあえず、出すよ」


「分かった、先生に言っとくね」


黒木は立ち去ろうとしたが、

もう一度俺の方を向いて、

「あのさぁ」


何か言いたい様子だ。

「何?」


「・・いや、なんでもないよ」

そう言って立ち去って行った。


また一緒に美術部で描こうよ。

なんて言いたかったわけではないだろう。

別に友達ではないし、俺は幽霊部員だ。

俺は黒木と違って、描く理由がない。

俺には才能がないから。


さっきまでのイライラとは違って、

憂鬱な気分になった。


放課後になり、教室を出た。

下駄箱へ行くには、美術部の部屋の前を通らないといけない。

いつもは無視して通り過ぎるが、

今日は立ち止まり、

廊下側の窓から部屋の中を見た。


黒木は集中して、黙々と描いていた。

1年の時から、すでに上手かったが、

1年半が経ち、素人目でも分かるぐらい

上達していた。


俺の一年半はどうだったかと

比較しそうになり、考えるのをやめた。

考えても意味はないのだ。

過去に戻ることはできない。


才能があるから努力する。

逆はないんだ。


静かにその場を離れ、家に帰った。

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